第3話:蘇る
深夜の第二工作室。
普段は生徒たちの賑やかな声と、魔導具を加工する音が響くこの場所も、今は静まり返っている。
窓から差し込む月明かりだけが頼りの薄暗い空間で明かりを灯しながら、俺――カイルは作業台に向かっていた。
目の前には、廃棄ダンジョンの中から探しだした鉄塊。
コルト・シングルアクション・アーミー(SAA)。通称ピースメーカー。
「……さて、修理をはじめるか」
俺は誰に聞かせるでもなく呟き、作業用の手袋をはめた。
道具は学園の備品を拝借した。ドライバーセット、木槌、真鍮ブラシ、布、そして油。
最低限の装備だが、【器用:B】のスキルと、前世の記憶があれば修理できるはずだ。
まずは現状確認。
外見は赤錆に覆われているが、指で軽く叩いた時の音は悪くない。中身まで腐り落ちてはいない証拠だ。
問題は、固着したネジと、泥が詰まった可動部。
「焦るなよ……。無理に回せばネジがなめてしまう」
俺は固着したネジの隙間に、たっぷりとオイルを垂らした。
油が錆の隙間に浸透していくのを待つ。
その間、グリップ周りの泥を細い棒で丁寧に掻き出す。腐り落ちた木製グリップの残骸を取り除くと、グリップフレームの美しい曲線が露わになった。
数分後。
俺はドライバーをネジに当て、慎重に力を込めた。
力任せではない。押す力を七割、回す力を三割。
呼吸を止める。
――パキッ。
乾いた音と共に、ネジが僅かに回った。
勝った。
「良かった……。ネジがなめずにすんだ」
一本、また一本。
俺は、銃を解体していく。
まずは銃身の脇に沿うエジェクターチューブを外し、その下で弾倉を貫いているベースピンを引き抜く――いや、抜けない。
錆で動かなくなっている。
俺は木槌を取り出し、コンコン、コンコンと、リズム良くベースピンの頭を叩いた。
衝撃で錆を砕き、少しずつ押し出していく。
ポンッ、とピンが抜け、ぽっかりと空いた本体(フレーム)の空間から、重たい鉄塊であるシリンダーがごろりと外れた。
これで主要部分の分解は完了だ。
次は、サビ落としだ。
俺は真鍮ブラシを手に取り、パーツの一つ一つを磨き始めた。
ガリガリ、シュッシュッ。
静寂な工作室に、ブラシが鉄を擦る音が響く。
単純作業だ。だが、苦ではない。
醜い赤錆が落ち、その下から鈍い鉄の地肌が見えてくる。
まるで、宝石を磨き上げているような高揚感。
かつて黒染めされていた表面は剥げ落ち、ところどころ銀色に変色しているが、それがまた歴史を感じさせる風格を醸し出している。
致命的な腐食――深い穴も、シリンダーやバレル内部には見当たらない。
奇跡的な保存状態だ。これなら撃てる。
「……よし。次は機関部だ」
俺はフレームのサイドプレートを開け、心臓部であるトリガーメカニズムを確認した。
そして、手が止まった。
「……あ?」
そこには、無惨な光景が広がっていた。
ハンマーを動かすための動力源。
弓なりの形状をした板バネ――『メインスプリング』が、真っ二つに折れていたのだ。
俺は折れたバネの破片をピンセットで摘み上げた。
断面は錆びてボロボロだ。経年劣化と金属疲労だろう。
「嘘だろ……。ここが死んでたら、それこそただの鉄屑だぞ」
リボルバーにおいて、メインスプリングは命だ。
こいつがハンマーを跳ね上げ、その打撃力が雷管を叩くことで弾丸は発射される。
バネがなければ、ハンマーは起きないし、落ちない。
当然、メーカー純正の交換パーツなんて、この異世界には売っていない。
詰んだか?
いや、諦めるな。
◇
深夜二時。
俺は作業台の横に広げた、袋の中身をひっくり返していた。
廃棄ダンジョンから一緒に拾ってきた、ガラクタの山だ。
「バネだ……。適度なテンションと、厚みのある鋼材が必要だ」
俺はガラクタを漁った。
壊れた時計のゼンマイ? 薄すぎる。
扉の留め具? 硬すぎて加工できない。
罠の部品? 形状が違いすぎる。
手当たり次第に分解し、素材を吟味する。
指先は泥と錆で真っ黒になる。
だが、そんなことは気にならない。
この銃をを生き返らせるための「心臓部」が必要なんだ。
「……これは?」
俺の手が止まった。
拾い上げたのは、壊れた『魔導式ライター』の残骸。
魔力を込めて押すと着火する仕組みだが、その着火レバーを押し戻すために使われていた板バネ。
錆びてはいるが、厚みと弾力は理想に近い。
「素材の質も悪くない。……いけるか?」
俺は折れた純正のスプリングと、ライターのバネを並べてみた。
長さも幅も違う。そのままでは入らない。
だが、削れば?
俺はライターのバネを万力(バイス)に固定し、金属ヤスリを握った。
ここからは【器用:B】の本領発揮だ。
ミリ単位以上の加工が求められる。
削りすぎれば強度が落ちて折れる。厚すぎればフレームに収まらない。
ギコ、ギコ、ギコ……。
神経を削るような作業。
鉄粉が舞い、汗が目に入る。
何度もピースメーカーのフレームに合わせては、当たりを確認し、微調整を加える。
純正よりも少し硬いか? いや、これくらいの強さがちょうど良い。
「……できた」
一時間後。
俺の掌には、ピースメーカーのフレームに収まる形状に生まれ変わった、新しいメインスプリングがあった。
不格好だが、力強い弾力を持っている。
「頼むぞ。これで動くはずだ」
俺は祈るように、バネをフレームに組み込んだ。
◇
窓の外が白み始める頃。
全てのパーツの洗浄と加工が終わり、組み上げ作業に入っていた。
逆の手順でパーツを戻していく。
トリガー、ボルト、ハンマー。
それぞれの接触面に、たっぷりとオイルを塗る。本当なら専用のガンオイルを使いたいところだが、今は工作室にあった汎用の機械油で我慢だ。いつか絶対に、ぴったりのオイルを探してやる。
最後に、グリップフレームをネジ止めする。
木製グリップは腐って使い物にならなかったので、とりあえずは代わりに布を巻いた。
無骨で、痛々しい姿。
だが、俺にはそれが歴戦の証に見えた。
「……よし」
俺は作業台の上のピースメーカーを持ち上げた。
ずっしりとした重量感。
滑らかになった金属肌が、掌に吸い付く。
動作確認。
俺は親指を、ハンマーにかけた。
ゆっくりと起こす。
チッ。
ハーフコック。シリンダーがフリーになり、回転させることができる位置。
軽やかな音と共に、シリンダーが滑らかに回る。タイミングのズレはない。
さらにハンマーを起こす。
チッ、チッ。
シリンダーの回転が止まり、ボルトがノッチに噛み込む音。
そして、ハンマーが射撃位置で固定される音。
カチリ。
フルコック。
計四回のクリック音。
まるで、銃が「C-O-L-T」と名前を名乗ったかのような、完璧な作動音。
「……ははっ」
笑いが込み上げてきた。
直った。生き返った。
あの鉄屑が、今、俺の手の中で、いつでも火を噴けると主張している。
俺はトリガーに人差し指をかけた。
絞る。
パチンッ!
自作した板バネが弾け、ハンマーが力強く落ちる音が響いた。
完璧だ。
「……いい音だ。」
俺は銃身を撫でた。
これさえあれば、戦える。
魔法なんてなくても、この銃さえあれば。
だが、感傷に浸っている時間はない。
銃は直った。だが、これだけではただの鈍器だ。
弾を作らないとな。
◇
朝。
他の学園性が投稿してくる時間帯。
目の前には、試作した一発の弾丸。
薬莢は、真鍮パイプをカットし、底を溶接して作った。
弾頭は、スリングショットの弾(鉛)をハンマーで叩いて径を広げ、シリンダーの穴に無理やり押し込んでサイズを整えた。
精度はガバガバだろうが、圧を受け止める栓にはなるはずだ。
いずれは型を作って量産できるようにしたい。
雷管部分は、この世界にある鉱物の一種、衝撃で発火する石を詰めて代用。
問題は、推進剤――「火薬」だ。
この世界に硝石や硫黄を使った黒色火薬は存在しない。
だから、代用品として「魔石」を使うことにした。
可燃性の高い『Eランク魔石(火属性)』を金槌で砕き、乳鉢ですり潰して微細な粉末にする。
これを薬莢に詰め、ハンマーの打撃で着火させれば、火属性の魔石が爆発して弾を飛ばせるはずだ。
「……よし。試すか」
俺は弾薬を一発だけポケットに入れると、誰にも見つからないよう工作室を後にした。
向かう先は、学園の裏手にある『廃棄ダンジョン』だ。
校舎内で発砲音を轟かせるわけにはいかない。あそこなら、どんな音を出しても崩落と誤魔化せる。
◇
薄暗い廃棄ダンジョンの一角。
鉄錆とカビの臭いが充満する空間で、俺は即席の射撃場を作っていた。
ターゲットは、ガラクタの山から拾ってきた分厚い木の板と、その後ろに立てかけた古びた鉄板だ。
俺は完成した一発の弾薬を手に取る。 ピースメーカーのフレーム右側面にあるローディングゲートを開け、そこから顔を覗かせたシリンダーの孔に装填した。
カチリ、という心地よい金属音。
俺は銃を両手で構えた。
重い。だが、その重さが信頼の証だ。
親指でハンマーを起こす。
フルコック。シリンダーが回り、弾薬が銃身の延長線上にセットされる。
(計算上は耐えられる。だが、もしシリンダーに亀裂が入っていたら?薬莢の強度が足りなかったら?)
最悪、俺の右手は吹き飛ぶ。 ……それでも、撃つしかない。
深呼吸。
トリガーにかけた人差し指に、ゆっくりと力を込める。
ズドン!!
ダンジョンの空洞に、腹に響くような重低音が轟いた。
強烈な反動が手首を襲い、銃口が跳ね上がる。
同時に、赤黒い火花が迸り、甘ったるいような、しかし鼻をつく焦げ臭い匂いが広がった。
魔石特有の燃焼臭だ。
俺は硝煙ならぬ魔石煙を払い、ターゲットを確認した。
木の板は粉々に砕け散り、後ろの鉄板には深い凹みができていた。
「……ハハッ」
乾いた笑いが漏れる。
成功だ。
威力は十分すぎる。これなら魔獣の皮膚も、薄い鎧さえも貫ける。
俺はこの世界で銃を蘇らせたのだ。
漂う煙の中で、俺は熱を帯びた銃身を見つめ、独り、勝利の余韻に浸っていた。
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