間話休題 青木茂の逆襲

 後日、俺は帽子を被らずに頭をキラキラと輝かせながら、社員として働いていたスーパーマーケットへと足を運んでいた。


「しゃぁっ、パワハラ店長に最後の嫌がらせをしてやるぜ!!」


 もう二度と訪れることはない。

 そう胸に強く刻み込んでいたが、溜め込んでいた"社員専用何でも半額クーポン券"を使い切ってから後腐れなく辞めてやろうと踏んだからここへ来た。


 ————ざっと二十枚だ。

 俺が五年もかけて手に入れた血と汗と涙の結晶である。

 ちなみにダンジョン探索は明日の早朝から始まるので時間的な問題はない。

 長旅になる可能性を考慮して、食料の調達を敢えてスーパーで済ませてやろうって魂胆だ。


 このスーパーにはダンジョンに潜るためのアイテムも売られている。

 最近のダンジョンブームに取り残されまいと売り場に置くようになったのだが、俺は店長肝入りの目玉商品の存在を知っていた。


 ちなみに狙う商品はと言うと。

 店長が死に物狂いでどっかから安値で仕入れてきた最高級食材、レア度Sランクとして美食家の間で流行っているベヒーモスの霜降り肉。

 今日はプレミア級のコイツと比較的高めなアイテムを買い漁って店の売り上げに貢献してやるから覚悟しておけ。


「……あぁ、思い出しちまった」


 店長はケチ臭いおっさんだからな。

 社員がクーポン券を使って高い商品を買おうとすると"次のボーナス無しかもよ"ってわざわざレジまで来てボソッと耳打ちしてくるから、皆、遠慮がちに安物を買うんだったっけ。

 仮にもお店のトップに居座ってんだからさ、たまには従業員を労わるべきだろ。

 

「ま、俺は辞める身だから関係ないがっ!!」


 雀の涙程度のボーナスとか魔石で充分補填できるしな。


 そういえば退職届を提出するの忘れてた。

 確か提出期限は昨日だったか。

 晴れて冒険者となった俺にとっては期限など取るに足らない約束ではある。

 どうせ自己都合による退社になるんだから、遅かろうと早かろうと円満退社じゃなかろうと大差ないわな。


 さて、そろそろ行動を開始しよう。

 現場で働いている他の社員やパート職員には退職の件は知られていないはずだ。

 よって今はまだ何不自由なく動き回ることができる。


 俺は仕事着であるワイシャツ姿でウロウロと店内を物色し、ベヒーモスの肉を探し回っていた。


 と、同期の社員で禿げ仲間の袴田はかまだ裕司ゆうじが声をかけてきた。


「今日はヤケに表情が明るいけど、何か良い事でもあったのか?」

「あぁ、もう俺に怖いものはないからな。あの店長ですら俺の躍進を見たら羨ましがるぞ!」

「最近の茂は情緒不安定だったから心配してたんだけど、復活したみたいで何よりだ」

「店長のハゲ弄りには嫌気が差してたからね」

「はは、違いねえ。その点、俺らは同志だからな!」


 裕司とはある種の同盟みたいな関係性だ。

 入社日が同じな上に、髪が薄くなって禿げてきた時期すらも同じ。

 禿げ方もクレーター満月禿げと、まさに似た者同士といったところ。

 唯一の違いと言えば、ある日突然丸刈りにしてしまったことくらいである。

 まぁそんなこんなで、俺たちは意気投合して度々飲み会を自宅で開くようになり、仕事の愚痴を言い合ったりする親しい友になったのだ。


「もう出勤の時刻過ぎてるから、早くしないとまた店長にドヤされるぜ」

「その点は問題ない。俺はもう退職が決まってるから、今日は最後に買い物しに来ただけだ」

「マジかよ……やっぱ噂は本当だったんだな」

「悪りぃな相棒。俺は一足先に新たな世界へと旅立つからよ」

「そうか、そうだよなぁぁぁぁ。俺の知らない間に色々と進退考えてたんだよなぁぁぁ……!」

「明日は休日だし今日暇だろ? 夜、飲み明かそうか」

「おけっ! 最高のゴブリンステーキを退職祝いに持ってってやるからな」

「えーっとね、その必要はないから何も持ってこなくていいよ。逆に俺が最高級の霜降り肉をご馳走するんで!」

「茂ってそんな余裕あったっけ?」

「まぁ夜になってからのお楽しみってヤツだ」


 俺は裕司と約束を取り付けて別れた。


 やはり持つべきモノは友人。

 荒んだ心が暖かくなるぜ!


 じゃ、裕司のためにもベヒーモスの肉を探すとしましょうか。


 俺は再び数分間店内を探しまくった。

 が、マジで何処にもない。


 …………うーむ。

 精肉コーナーにもない。

 特売品コーナーにもない。

 売り場を全体的に歩いてみたけど、それらしき商品が見当たらないな。

 今思えば俺が働いてた時も見た記憶がないし。

 先月自慢気に仕入れの話をしてたから間違いないと思うが、ただの戯言だったのかもしれない。


 店長の野朗、どこに隠した!

 さっさと俺に買わせろってんだ!


『ピンポンパンポーン』


「お客様にお知らせ致します。当店ではまもなくベヒーモスの肉を時間限定で販売します。売る場所は会員様にメールでお知らせするので、この機会に最高級の霜降り肉を是非是非お買い求め下さい!!」


 この放送は店長が独自に立案した特売セールの案内だ。

 一日に一回だけ店の会員限定で売り場を教える手法であり、会員登録を促す目的として催されている。


 通りで探しても見つからないわけだ。

 今まで温存していた肉をここにきて放出するとは……俺が客として来ているとも知らずに。

 社員は半ば強制的に会員登録をさせられるので、俺のスマホにも届いているはずだ。


『屋上』


 しめたっ!

 待ってろよ、俺の肉ぅぅぅぅ!!


 階段を突っ走ること数分。

 三階建ての屋上に到着すると、たくさんの人でごった返していた。

 しかし、その高過ぎる値段を見るや否や、一人、また一人とその場を去っていく。

 確かにプライスレスとは程遠い高額の値段が付けられている。

 今回のセールは一般庶民を対象としていないらしく、比較的お金を持っている客に焦点を当てている模様だ。


 屋上に売り場スペースを構えて客寄せを行っているのは、あのにっくき店長。

 祭り屋台の輩みたいな顔付きで客を煽り散らしている。


 腐った性根である奴の考えはお見通しだ。

 だてに五年間も部下をやってきていない。

 あの肉、賞味期限的にも今日高値で売れなかったら、帰って自分で食べる腹づもりだな。


 そうはさせん、俺が食す!


「店長! 俺、ベヒーモスの肉買います!!」

「毎度ぉぉ……って、青木君じゃないか」

「えぇそうですよ。アンタがついこないだ首にした青木茂です」


 本日は生憎の晴天だ。

 故に俺のヘッドの調子は万端で、いつも以上にテカり輝いている。

 周りの客は俺の異様な雰囲気に気押されて続々と店内へと戻っていったか、実力を見せつけてやろうと思ったのに。


 さて、店長との睨み合いだ。

 沸々と煮えたぎる逆襲心を胸に、ベヒーモスのお肉を賭けた熱くも下らないバトルが今、繰り広げられようとしている。


「君にこの額が払えるのかね」

「半額クーポンを二十枚全部使えば払えますよ」

「む、何を馬鹿なことを……これは一商品に一枚しか使えないんだ」

「何処にも書いてないじゃないですか」

「常識的に考えてみたまえ。商品一つに複数枚の半額券を使える訳がなかろう」

「元々俺に常識は通じませんよ?」

「ちっ、今まで散々社会人としてのマナーを指導してきてやったというのにこのドアホが……今すぐにここから立ち去れ、そして散れ!!」

「ボクは死にましぇん!」

「…………ええぃ、悪ふざけも大概にしたまえ————この禿っ!!」


 ……カッチーン。

 とうとう禁句を口にしてしまったな。

 ボクを嫌いになってもいいが、禿げを馬鹿にするのだけは我慢ならん!!


 店長の揶揄を機に俺は敬語をやめて、過去にいじられ続けたストレスを発散するかのように声を荒げる。


「おい貴様、冥土の土産として最後に一つだけ教えといてやる。禿げではない、だ」


 禿げを馬鹿にする奴は、禿げとなる。

 世界中の無毛信徒に詫びながら、散れ!


「特殊スキル、"バーコード(禿げ)化"!!」


 俺はサイドに生えている毛と前髪を折りたたみ、右へ左へ前へ後ろへと流す。

 一本一本の髪の毛が徐々にバーコードの形へと変貌を遂げ、商品に貼り付けられているバーコード以上にきめ細かな模様となって出来るようになった。


「生意気な若造め……いいだろう。買うと言ったからには確実に買ってもらうぞ! 当然半額券は無効! 本来の税込み金額で購入して借金まみれとなり破産するがいいわ!」


 ムキになった店長がおもむろにベヒーモスの肉のバーコードをスキャンしようとした瞬間、俺は即座にバーコード化した頭を寄せた。


『ピッ……』


「な、なに?! 頭をスキャンできただと?!」

「鏡で自分の頭を見てみろ!」


 店長が恐る恐る手鏡を取り出して自らの頭を見ると……。


「は、は、は、禿げとるぅぅぅぅ!?!」

「今日から貴様もバーコード禿げの仲間入りだ」


 俺のバーコードをスキャンした者は、同じくバーコード禿げと化す。

 ちなみにこのスキルはスキャナーで打つことでしか効果を発揮しないので、対人戦の特定の場面でしか意味のないゴミのような技。

 言わば、対スーパーの店長専用のユニークスキルである。


 店長は非常にナルシストな人間だ。

 常に肌身離さず自分の髪型を気にして手鏡を持参する程にだ。

 そんな男が、急に見るも無惨な容姿へと変わってしまった時のショックは計り知れない。


「さぁ、半額券を使わせてもらうぞ」

「このみっともない頭を元に戻してくれたら、許可しよう」

「男に二言は無いな」

「頼む……この頭では娘に顔向けできんのだ」

「ふっはっはっ、これに懲りたら二度と人様を馬鹿にしないことだ!!」

「約束する」

「ん、言葉遣いがなってないようだが?」

「も、申し訳ございません! 神に誓って二度と致しません!!」

「よろしい。では、もう一度俺の頭をスキャンしなさい」


 俺は再びニヤけ面で頭を寄せる。

 

『ピっ……』


 店長の頭に元のフサフサな髪の毛が戻った。


「紙屑同然の半額クーポン券はくれてやる」

「は、はぃぃ……!」

「ほらよ、金は置いてくぜ。釣りはいらねぇ」


 俺は半額クーポン券×20を使い切り、超安くなったベヒーモスの霜降り肉を購入した。


「包め。包装紙代は貴様のポケットマネーでな」


 店長はビビり散らしながら涙目となり、悔しがりつつも肉を包んでその場をあとにした。


 ったく、この程度でショック感に打ちひしがれるとは修行が足りないのだよ。


 俺も本数少ない髪の毛を櫛で戻してバーコード化を解いた。

 一階のレジでパートのおばちゃんが間違ってスキャンしてしまったら大惨事だからな。


 クーポン券は残念ながら使い果たしてしまったので、余ったお金でポーションと安上がりな装備品を購入して自宅へと戻る。


 その後、裕司と深夜まで酒を飲み明かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特殊ジョブ【ツルテカ】 蓮根 @0wc2k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ