第4話 所長、現る
俺は四方面を鏡で埋め尽くす大きなエレベーターに乗り込み、八階所長の間へと向かう。
念の為、鏡で身だしなみを確認。
スーツの汚れ無し、乱れ無し。
ビジネスバッグから愛用の櫛を取り出し手早く髪を整えて、ハンカチで頭頂部の汗を拭き、準備完了だ。
エレベーターの扉が開くと長ったらしい廊下が広がっており、正面奥には一際豪華な扉が鎮座していた。
ここが所長の部屋か。
扉は金ピカで売れば数百万はくだらない。
気安く指紋を付けることすら憚られる。
扉の中央部分に"薬"って名札がかけられているが、まさかこれが名前なのか?
両脇にはバッキバキの屈強な肉体をした瓜二つの見た目のグラサンをかけたスーツ姿のボディガードが二名おり、背中に巨大なハンマーを拵えている。
コイツらが冒険者協会のトップだったとしても驚きはしないレベルで威圧感がヤバい。
と、ゴリマッチョが俺の侵入を制止する。
「怪しい奴め。何用だ」
「所長からお呼ばれした青木茂だ」
「バッヂは持っているんだろうな」
「これが冒険者バッヂだ、確認してみろ」
「貴様、写真と見た目が違うな。メッシュキャップを取れ」
ここでも帽子を取れとプライバシーを侵害されるとはな。
天井には監視カメラがびっしりと敷き詰められており、俺の頭を見下ろしているのが少々気になるが。
…………ここは従うしかない、か。
中々に敵対心が強いボディガードなので『後光の輝き』モードを中程度に設定しておき、いつでも戦闘状態へ移行できるよう切り替えておこう。
帽子を脱いで身分を証明すると同時に、俺を招き入れるように扉が"ズズっ"と開かれた。
「こ、このお部屋は……!?」
機械だらけの部屋だ。
壁の至る所に監視用のモニターが設置されている。
更に特徴的なのが、ウサギやクマ、ネズミなど、可愛らしい動物のぬいぐるみが部屋中を埋め尽くしている点だ。
所長の趣味がお人形さんとの戯れとは、想像とのギャップが凄くて驚きだ。
これでゴリラみたいな見た目の奴が出てきたら大笑いしてやる。
「
コツコツと足音が聞こえると同時に奥の方から小さな人影が現れ、ボディガードに対して物申した。
「早く通せし」
ん、声が随分若々しい……若いどころか子供みたいな声してんのな。
それに、なんか聞いたことある声だ。
色々と状況が読めないで困惑するが、とりあえず扉が開かれたので入ってみよう。
『バサバサバサ……』
今度はレッドカーペットが敷かれたな。
何だこの特別待遇は。
居合わせた関係者が揃いも揃って腰を低くしている。
あのがたいマックスのボディガードが首を垂れる相手とは一体何者……!?
所長はレッドカーペットの上をゆったりと歩き着席、即座に足を組む。
「やっほ、昨日は飴玉ありがとね」
「お前は…………昨日のロリ女!」
身長百五十センチ程の小柄な体格にダボっとした上下のパーカー、ピンク色の床に付きそうなロングヘアーで前髪が右へ左へと跳ねていて、おっ立つアホみたいな頭頂部の毛束をウサギのピンで辛うじて止めている。
お気に入りの飴玉二本を同時にペロペロと舐めながら体の大きさに見合わない椅子に腰掛け、つるぺたな胸を強調するかの如く偉そうにふんぞり返る幼女……。
否、淑女がそこにはいた。
「クスリちゃんか、薬剤師でもやってんの?」
「違うし……てか、また子供扱いしてるし。ウチはもう二十九だから君と変わらないし!」
「淑女幼女淑女幼女…………」
「人を見た目で判断すると痛い目見るし」
……ま、唐突に禿げ呼ばわりしたお前にだけは言われたくないが。
しかし恐ろしいことだ。
クスリは俺の年齢を既に知り得ている。
冒険者登録を行った時点でプロフィールは全て所長に筒抜けなのだろう。
だがまぁ、二十九でその格好はちと無理があるだろ…………と思ったが、顔面は確かに幼女なので服装自体は似合ってるのかもしれない。
いい歳こいて"しーしー"喧しいのはどうかと思うが。
「おいこの禿げ野朗! お嬢様に向かってなんて口の利き方を…………制裁、制裁ぃぃぃぃ!!」
ひどく失礼なボディガードだな。
お前だってスキンヘッドのツルツルなんだから大して変わらんだろうに。
そして、ボディガードが目を血走らせながら俺に襲いかかる。
背中に装着していた巨大なハンマーを振り翳し、俺の頭上へと叩きつけてきた。
さすがにこの距離と攻撃速度じゃ後光の輝きによる光の反射で焼き尽くすには、ちょっとばかし間に合わんか。
……ふっ、だが甘いわ!
普通の人間なら大ダメージを受けて致命症となるところだが、現在、俺の頭頂部の錬磨度は半端じゃない!
アイススケートの盤上並みに滑らかとなって大変滑り安くなっているから注意が必要なのだ!
「————"
俺の頭の摩擦係数は限りなくゼロに近い。
頭頂部を直撃するかと思われた重厚なハンマーは、あろうことかツルんと滑ってしまう。
その反動でハンマーは見事に一回転、勢いそのままにボディガードへと跳ね返る。
「お、俺のハンマーが効かないだと……!」
「ただの禿げと侮ったな!」
残念ながら、俺の頭に物理攻撃の類は効かないんだ。
あらゆる武器を滑らせてしまう能力、禿げを極めた俺だけに許されたユニークスキルである。
「うがっはぁぁぁ…………」
「顔面を狙ったのが貴様の運の尽きよ!!」
ゴリラ風の男を一匹撃退した。
もう一匹のボディガードが臨戦態勢を整える中、ロリっ娘が口を開く。
「はい、そこまでぇ。ウチの部屋で暴れないでもらいたいし」
「し、しかし、お嬢様……この無礼極まりない男を制裁しなければ……」
「いいからもう下がるし」
「ですが……!」
「君、しつこい————制裁だし」
クスリがそう命令を下すと、どこから共なく上下黒服の男達が現れ、もう片方のボディガードを連行していった。
「く、薬様ぁぁぁ、どうかお許しぉぉぉ……!」
必死の形相で主人に懇願するも、強制的に連れ去られてボディガードは部屋の奥深くの闇へと消えていった。
……響き渡る断末魔と共に。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁ…………!」
その後彼がどうなったのかは知る由もないが、菩薩として祈りだけでも捧げといてやるか。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
輝かしくも後光が差し込む。
……特に効果は、ない。
「騒がしくて悪かったし」
「いえいえお嬢様、仕事でお疲れでしょう。何なら肩でも揉んで差し上げましょうか」
「気持ち悪いから普段通りにするし!」
クスリお嬢様は足を組み直し、改めてこちらを見やる。
「ウチの雇った屈強なボディガードをこうもあっさり倒しちゃうなんて、やっぱり君、中々のやり手だったんだ」
「で、俺を呼んだ理由を教えてもらおうか」
「コホン。冒険者の青木茂。君の類稀な能力を見込んで、緊急任務を要請するし」
「なるほど。緊急任務か」
冒険者協会には主に二つのタイプの任務が存在する。
冒険者が自らに見合った難易度の任務を選択できる通常任務。
そして、協会が緊急性有りと判断して突如要請がなされる緊急任務の二つだ。
「ウチが戦いのサポートをしてあげるからさ……一緒に行くし!」
「はぁぁ?!」
俺は予期せず、緊急任務"樹海に潜む巨影"に挑むこととなった。
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