第2話 本日は晴天なり

 ステータスオープンは、冒険者として活動するために必要不可欠な要素である。

 このホログラム的な画面を出せなければ、戦いはおろか、冒険者協会にすら認めてもらえない。

 言わば冒険者への第一歩と言えよう。

 少年時代の俺はステータスを呼び出せなかったが故に冒険者への道を諦めたのだが、禿げ親父となったこの歳で、まさかの人生の転機が訪れた。


 そして、晴れて冒険者となった暁には、個人の特性に見合ったジョブが各々に与えられる。

 初期のジョブによって冒険者としての命運が分かれると言っても過言ではない。


 ……しかしだ。

 とは一体全体なんだ。

 冒険者協会から禿げをディスられてるとしか思えないようなふざけ切ったジョブである。

 念の為、スマホで"ダンジョン ツルテカ"と検索してはみたものの、何一つとして有益な情報は得られなかった。


「先ずは実践あるのみか」


 目の前で襲われかけている幼なげな少女でも助けるついでに、ツルテカの能力を確認してみよう。


 迎え討つ敵はゴブリン。

 最近街中でもよく目にする、棍棒を片手に持って人に近い姿形をしたCランク級のモンスターである。

 それなりに場数を踏んだ冒険者であれば瞬殺出来るくらいのレベルの敵で、初心者の登竜門的な位置付けに該当する。


 俺はすかさず装備画面を開いた。


————————

『鉄のナイフ』

————————


 うむ、コイツが初期の装備品か。

 基本手に入れた装備の類は一覧に表示される。

 名前からして明らかに弱そうな武器だが……背に腹は変えられん。

 "出よ、鉄のナイフ!"

 

 常日頃から持ち歩いているビジネスバッグから鋭利なナイフが飛び出してきた。

 同時に溢れんばかりの力が体の奥底から漲ってきて、戦おうという強い意思が芽生える。

 普段からの不摂生が祟り運動不足感が否めない俺ではあるが、ステータス画面を呼び出したその瞬間から、攻撃力やら防御力やらの能力値が勝手に付与されていた。


 ……なるほど。

 この異次元の力で他の冒険者はモンスターとバトルしてたってことだ。

 そりゃ"ドラゴン"とか"ユニコーン"みたいな化物を生身の人間が倒せるわけないしな。


『グルァァァァアアア!』


 うぉ、こっち来た。

 俺の冒険者としての覇気を感じ取ったか。

 果たして、このちっぽけでカスみたいなナイフでやれるのか、俺!


「覚悟しろっ、おりゃぁぁっ!!」


 俺は問答無用で突貫した。

 ゴブリンの振るう棍棒とボロナイフが相殺してバチバチと火花を散らす。

 木で構成された棍棒は意外にも強度が高く、やはり初期装備では相打ち程度にしかダメージを与えられない。

 怒ったゴブリンは隙を見計らい、俺の腹部へと蹴りをかましてきた。

 俺は戦闘に関しては初心者同然、ガラ空きだったレバーを叩かれ一瞬だけ呼吸が止まる。


「い、いてぇぇぇ、やっぱり痛みはゲームと違って本物か……!」


 こうなったらアイテム画面を開いてダメージを癒してやるぜ。


 俺はサッと一歩下がりアイテム一覧に目を通す。


————————

ポーション

————————


 ナイフと同じく俺のビジネスバッグにはアイテムと呼べる代物は無かったはずだが、ゲーム世界でお馴染みの"ポーション"がブワっとバッグから飛び出してきた。

 どうやらステータスを開いた時点で、私物は全てダンジョン仕様となってしまう模様。

 何という新時代的なシステムなんだろうか。


「グビグビ、ゴクンっ……」


 薬のイメージが強いポーションだが、思ったよりも薬っぽくなくて中々に美味だ。

 見た目は青くて少々気味が悪いが、バナナをミキサーにかけてジュース状にして砂糖をまぶしたような甘ったるい味がする。


 服用したら即座に腹の痛みは消え去った。

 回復の早さからしても、Cランクのモンスターの攻撃は思ったよりも大したダメージではなかったようだ。

 

 そうこうしている内に、再びゴブリンが臨戦体制を整えて俺を睨みつけている。

 何やら気合いを溜め始めたな……これは必殺技を放つ前触れ、強力なスキルを撃ってくるに違いない。

 ヤバいぞ、ゴブリンの足元の土が宙へと舞い上がり一つに密集して大きな岩の塊となっている。

 これは間違いなくゴブリンが得意技とする土属性のスキル"岩落とし"だな。

 土に対して相性の良い属性は確か火だったか。

 今の俺では火を吹くなんて芸当はひっくり返っても出来ないぞ。


 ……仕方ない、こうなったら一か八か。

 どれだけググっても出てこなかった謎のスキル『後光の輝き』を唱えてみるしかあるまい。


「何が起こるか分からんが……後光の輝き!!」


 ピカッと禿げ頭が光り、細胞が蠢く。

 俺の頭から後光が差し込んで……眩しい!


 うぉぉぉぉ……喝ぁぁぁつ!

 頭から神々しい光が一直線にぃぃぃ!!


 俺の禿げた頭は太陽の明かりに照らされ九十度の直角に反射、ゴブリンの岩目掛けて照射した。

 まるで虫眼鏡のレンズを使用して光をかき集めたかのように、ジリジリと岩諸共ゴブリンを焼いていく。

 ツルテカにしか発揮できない卓越した技術力によって、頭の中心部分の一点にだけ光を収束させることが可能。

 常日頃から石鹸シャンプーとタワシでゴシゴシと磨き上げた頭、太陽光線反射鏡である。


「本日は晴天なりぃぃぃぃ!!」

『グルァァァァ……ガフっ……』


 肉塊と化して力尽くゴブリン。

 無様にも地にひれ伏す。


 街に被害はない。

 被害があるとすれば、俺の頭にピョコンと可愛らしくも生えていた一本の毛が塵となったくらいである。

 熱線の方向をきちんと調整、管理して首を動かしながら上空へと向かうよう誘導したからな。

 ふっ、明後日方向の雲が見事に割れてやがる、我ながら絶大な破壊力と射程距離だぜ。

 の消費が半端じゃないのが玉に瑕だがな。

 

 ……よし。

 とりあえずゴブリンの討伐には成功だ。

 愛用のメッシュキャップを被り、無用な太陽光の乱反射を防がねば。


 そして、丸焦げとなったゴブリンの魂が空中へと雲散され天へと浄化する。

 同時に金属製の石のような物質が地面に散らばっていた。


 これが所謂ってやつだな。

 今の地球全体で巻き起こるダンジョンブームの最中においては、現金以上に価値が高まりつつある鉱石だ。

 取り残さずに全部拾わねば。


 銭ゲバみたいに必死の形相で魔石を拾う姿を見ていた少女は、そそくさと近寄ってきたので注意を促す。


「ちびっ子、ここいらは危ないから一人で歩いてると俺みたいな変な奴に襲われちゃうから早く帰りなさい」

「…………あ、禿げのおっさん、助けてくれてありがとね!」


 カッチーン。

 言わせておけば、この糞餓鬼ぃぃぃい!!

 今から強制的に連れ帰って手取り足取り調教してやってもいいんだぞ!!


 それに一つだけ言っとくがな、俺はまだ三十になったばかりの男なんだ。

 おっさんではない、お兄さんと呼べ。



 ……と、数分前の俺ならば、少女の言葉を聞いた瞬間に説教を始めたかもしれないが……今となっては子供の戯言、蚊に刺された程度のちっぽけな出来事だ。

 なんせ、やっと悟りを開いたのだからな。


「幼女ちゃん。ほら、飴玉でもやるから、真っ直ぐお家に帰りなさい」

「ウチは幼女じゃないし。歴とした淑女だし」

「な、なぬっ!?」


 子供扱いするなと顰めっ面をしつつも、貰える物はしっかり貰うスタイルらしく、ロリッ娘は上機嫌になり帰っていった。


 子供を助けた挙句にお守りまで完遂した俺もまた、帰路へ着く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る