特殊ジョブ【ツルテカ】

蓮根

第1話 禿げ散らかったおっさんの転機

 唐突だが————俺は禿げている。

 悲しい程に禿げ散らかっている。


 二十代に突入してからすぐ薄毛に悩まされ始め、三十代に突入した頃にはもう手の施しようがないほどに禿げ散らかっていた。

 禿げの専門医を転々としたり、SNSの広告に釣られて高い育毛剤を買うなど色々と試したものの、残念ながら俺には効果がなく、新たな毛の一本も生えてきた試しがない。


 毛髪の悩みを抱えていない者には分からないだろうが、禿げにも幾つかの種類がある。

 俺はつむじ付近から徐々に範囲を拡大させていくタイプのクレーター型の満月禿げだ。

 前髪とサイドヘアー近辺からは、お情け程度の毛が生えており、前と左右から見る分にはちょっと薄いくらいと認識されがちだが、背後もしくは上から覗いた瞬間、皆は口を揃えて同じセリフを言う。

 "ハゲとるやん!?"…………とな。


 だが、ハゲの俺にもちょっとした強みがある。

 一片の陰りすら見当たらない真ん丸な満月の中央にちょこんと生えた一本の大事な毛、こいつが俺に取って唯一のトレードマークだ。

 とても細くて可愛いだろ。

 "中途半端に残すくらいならいっそのことスキンヘッドにすればよくね?!"などとよく言われるが、全くもって分かってねぇ。

 たった一本厳かに生える毛すらも惜しいのだ。

 これが禿げてる人にしか分からないプライドと愛着ってやつなんだよ。


『親父って何でそんなにみっともない禿げ方してるのに坊主にしないのか俺は不思議で仕方ないんだけど……』

 と、幼き頃、親父の頭を見て馬鹿にしたり落書きしたりと遊んでいた俺。

 まさかとなった今、同じ状況下に置かれるとは思ってもみなかったが。

 遺伝、体質、不摂生、様々な要因が重なり合っての結果だと甘んじて受け入れるしかない。


 そんな俺、青木あおきしげるとて社会人の端くれである。

 ちなみにとしたと書く、俺には勿体無い名だ。


 毎日朝早くに起きて朝食を済ませ、シャワーを浴び、歯を磨き、残された毛をしっかりとワックスで直立させてから、渋々仕事先へと向かう。


 そして朝の難所である電車通勤。

 人でごった返している通勤の時間帯に、必ずと言っていいほど一緒になる厄介な連中がいる。


「またいつものJK軍団と鉢合わせになるな」


 俺の大嫌いな現代を生きるピチピチ女子高生。

 アイツら俺の背後にワザとらしく陣取ってきて、後ろからスマホで写メとか撮りながらキャッキャウフフしてやがる。

 こちとら仕事でこき使われて毎日息切らしながら通勤してるってのによ、全くもって気に食わねぇぜ。


「可愛げがねぇよな、最近の雌餓鬼はっ!」


 少しは年長者を敬いたまえよ。


 と、毎日のように電車と職場でストレスを溜め込んでいたのだが、俺に更なる不幸が訪れた。

 いいや、今回に関しては転機と言った方が正しいか————。




 ◆◆◆




 ————職場のとある一室にて。


「あ、そうだ青木君。君、明日っからもう来なくていいから」

「え、どういうことです?」

「君も察してくれよ、なっ。今の社会では正当な理由無しに首には出来ないのよ」

「それってまさか……」

「自主的に退職してくれってこった」

「俺の頭が原因ですかね」

「君、頑なに坊主にしないよね。そのみっともない禿のせいで最近お客さんが気持ち悪がって売り上げ落ちてるのよ」

「残っている髪は絶対に切りません。で、でもやっぱり五年も勤めて会社自体に愛着もあるし、まだ研修の子にも教え切れてない…………」

「何度も言わせんでくれ。首だ、首っ!!」

「引き継ぎは……!!」

「その件は心配いらないから、君が気にしなくてもいいんだ。今までご苦労だったな」


 ……俺は実質的な解雇宣告を受けた。


 理不尽極まりない。

 今までサビ残しながらヘコヘコと働いてきたってのによ。

 糞会社! ブラック企業!

 最後に店長の生い茂った顎鬚を一本残らず引きちぎってやればよかった。

 もう奴の薄汚い顔面を見ることは二度とないと思うが。


 店長からは明日までに退職届けを提出するように言われている。

 無視して勝手に消えたいのは山々だが、後腐れなく退社した方が気持ち的にも楽だからな。


 こうして一気にニートへと転落した俺。

 唯一の収入源であったスーパーの正社員を呆気なく首になり、日々の生活にも支障が起きかねない事態に陥っている。

 当然ながら次の仕事も全く決まってないので、明日から面倒な再就職活動を行わなければならない。


「禿げってこんなにも生き辛かったんだなぁ」


 珍しく憂鬱な気分となった俺は、トボトボと帰り道を歩く。

 まだ太陽が頭上を通り抜けているくらい真っ昼間の時間帯だ。

 帰宅する前にどっか寄ってくか。

 帰ってもギャルゲーくらいしかすることないし。


 …………ん、これって。

 最近よく見かけるチラシだな。


「ダンジョン冒険者募集中……だとさ」


 自宅のポストにもたまに投函されるチラシだが、いつも碌に見もせずに破って捨てていた。

 だが今日から無職となった俺は、何故だかやたらと興味関心が湧いている。


 ————冒険者、か。


 そうそう。

 ダンジョンってのは数百年前から存在する未知なる建造物のことで、内部には凶悪なモンスターが蔓延ってる。

 たまに人間の生活圏にも現れたりするから危ないっちゃ危ないが、近年では冒険者が実力を付けてきた影響もあってか大事には至ってない。


 ま、世間を知らない餓鬼が憧れるのも頷ける。

 ワンチャン一攫千金、億万長者ってか。


 最近ではダンジョンの様子を生中継で配信する奴もいたりとかで、以前よりも格段に人気が高まってきている職業の一つだ。


 確か子供時代に面白そうだったから冒険者になってみたかったんだけど、当時は両親から強く止められてたし、残念ながら簡易的なテストで適性無しだったから諦めたんだっけ。


 …………とりあえず、試してみるか。

 歳を重ねておっさんとなった今なら、やれるかもしれん。


!!」


 ブワっと冒険者専用ステータス一覧のホログラムが目の前に現れた。


————————

名前:青木あおきしげる

ジョブ:ツルテカ

スキル:後光の輝き

————————


 子供の頃には叶わなかったステータスを容易く表示出来た。

 それ即ち、冒険者としての証明となる。


 だが…………このふざけたジョブ、見たことも聞いたこともない。

 

「ツ、ツルテカって何だ!??」


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