第7話 地下のバー
「それで、妖魔について教えてくれない?」
やってきたのは、路地の外れにある酒場だった。
どうやら龍彦の行きつけの店らしい。
鉄夜がいた大衆的な店とは異なる佇まいの店で、あやめたちが入店すると店主と思しき初老の男が奥にある個室を案内してくれた。ちなみに、その男にもふわふわの獣耳が生えている。やはり、この世界の住民はどこか佇まいが不可思議だ。
「いつも悪いね、マスター」
「いえ。楢崎さんにはお世話になっておりますので」
薄暗くてひんやりした地下のバー。カウンターの奥にはずらりと酒瓶が並んでいる。どれも見たこともないラベルが貼ってあるが、『輸入品・ワレモノ・取扱注意』と書かれた棚にはあやめも見たことのあるラベルがあった。
「ここはウツシヨの品を置いているんだ」
個室のテーブルはよく磨き込まれていて、ワックスで光る木目に天井で回る木製のファンがぼんやりと映りこんでいる。
「あやめさんも安心して飲んで大丈夫だからね」
「あ、ありがとうございます」
カクリヨの食物を口にしすぎると、向こう側に帰れなくなる。
あやめを気遣って、店を選んでくれたらしい。
「マスター、僕はボトルを出そうかな。茉莉花茶割りで。よく冷えたのを」
「かしこまりました」
「あ、じゃあ私は……えっと、苦くないものを、お願いできますか?」
「はい、もちろんでございます」
マスターが上品い微笑んで頷いた。
鉄夜は「生一つ!」と場にそぐわない威勢のいい注文をしていた。
「それで、鉄夜さん。妖魔のこと、何か掴んでいるんだろ」
「まぁ、慌てるなって」
大きなジョッキになみなみ注がれた生麦酒を半分ぐらい煽って鉄夜が口を開く。
一言喋るたびに、ぐいぐいと麦酒を空にしていく鉄夜。
ちなみに龍彦の前に置かれたグラスは、すでに空になっている。静かだけれど、いける口らしい。
あやめの前に置かれているのは、例の『輸入品』の棚にあったものだ。龍彦が指定してくれた品だ。アマレットという酒で、とろりと甘い杏仁豆腐の味がする。それをソーダ水で割ると濃厚でさわやかな味わいのカクテルに変身した。
「悪いね、あやめさん。信頼できる輸入品は酒くらいで」
「いえ、飲めないわけじゃないですし……甘くて美味しいです」
積極的にあちら……あやめが無職で、地味で、脇役の世界に帰りたいかといえばそうではない。そうではないけれど、問答無用で帰れなくなるとなると話が変わってくる。帰れなくていいと新しい世界に飛び込んでいけるのならば、それは脇役ではないのだ。
「みなさんの飲んでいるのも、普通の食べ物に見えるのに……食べたら、元の世界に帰れなくなっちゃうんですよね」
あやめがゾッとしていると、鉄夜がぽつりと呟いた。
「ヨモツヘグイ、ってやつだな」
「よもつ、へぐい」
呟いたあやめに、龍彦が捕捉してくれる。
「世界中にある伝承だよ。あの世の食べ物を口にすると、この世に帰って来られなくなる。イザナギ神が死んでしまった奥さんのイザナミ女神をあの世に迎えに行ったのに、すでに黄泉の国の竈門で煮炊きした食べ物を口にしてしまっていたから連れて帰れない……なんていう下りが日本神話にもあるだろう。ギリシア神話にも似たようなエピソードがあるらしいけど、あちらでは口にしてしまったものは冥界の柘榴だったりするみたいだね」
「龍彦さん、くわしいんですね」
「ははは、探偵ってのは色々見聞きするから。あとはまぁ、カクリヨに住む者としてこれくらいはね」
「……ふん」
鼻を鳴らした鉄夜。彼も粗暴に見えて、色々と知識があるらしい。
二杯目の麦酒を半分空にしたところで、鉄夜が本題を切り出した。
「さて、ここんところ目撃されてる妖魔についてだ。……まず、これを見ろ」
鉄夜は黒羽織の懐から何かを取り出して、テーブルの上に置いた。
壊れているが、ペンダントのようだった。細いチェーンがついている。テーブルを照らすオレンジ色の明かりを鈍く反射して、なんだか上等なものに見える。
「安物だぜ、そのへんの露天で売ってるようなロケットだ」
「ロケット?」
「このペンダントの中に、小さな写真を入れられるんだ。大切な写真をいつも肌身離さず持っておきたいんだろうね」
なるほど、とあやめは頷く。
スマホの待ち受けのようなものだろうか。会社の同僚の中にも、スマホの待ち受けを家族の写真や恋人とのツーショットにしている人がいた。あやめの待ち受けは、買ったときのままの、どこともわからない抽象的なイメージ画像だ。
「それが、写真は入ってねぇんだ。これが妖魔が出たあたりに落ちていたらしい」
「ふむ。何かの手がかりになるかな」
龍彦がポケットから取り出した手袋をつけて、ロケットをそっと拾い上げた。
「……調べたところ、たぶん今回暴れているのは、カクリヨに来て間もない廃れ神っぽいんだよな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます