資料集 ハイルベン王国―中央研究院 図書保管庫―a


        「ハイルベン王国」

      中央研究院図書保管庫内

      収蔵された公式調査資料


《中央研究院保管資料・禁閲注釈写本》

文書番号:HB-ARC/PH-03a

区分:閲覧禁止/内部研究用

備考:本文に複数の個人注釈・削除痕・異説が含まれる

【注記】

本写本は、正規保存文書「PH-03」に対し、

複数の研究員が私的に書き残した補足・異論・覚書を含む。

内容の正確性は保証されないが、公式文書では抹消された思考の痕跡として保存価値が高い。


《追記Ⅰ:大陸分断について》

公式記録では「氷河期に伴う地殻変動」とされているが、

その説明では説明できない点が多すぎる。

特に――

分断線があまりに“整いすぎている”。

地層断面、霊流の断裂方向、紋章片濃度の境界が、

まるで“意図的に切り分けられた”かのように一致している。

※個人的仮説:

大陸分断は自然災害ではない。

何者か、あるいは“何か”による強制的な再配置である。

この仮説は公式には却下されている。

理由は明白で、「原因」が存在するなら、それは紋章級災厄を意味するからだ。


《追記Ⅱ:大地の紋章について(削除指定箇所)》

第二文明期において、大地の紋章には宿主が存在した。

これは複数の断片史料が一致して示している。

にもかかわらず、名前・性別・活動内容の一切が残っていない。

不自然である。

通常、紋章宿主は必ず伝承・歌・呪文・墓標のいずれかに痕跡を残す。

だが「大地」に関しては、完全な空白だ。

仮説A:

宿主が意図的に記録を消した

仮説B:

記録した者が消された

仮説C:

記録という概念そのものが成立しなかった

最後の仮説は荒唐無稽に見えるが、

「世界の形が変わった」という事実と矛盾しない。


《追記Ⅲ:氷河期と“世界の疲労”》

理念文明側の文献には、氷河期を次のように記すものがある。

「星が疲弊した」

「世界が重くなった」

「応答が鈍り、遅れ始めた」

これは比喩ではなく、感覚的な報告に近い。

理念側研究者は、世界そのものが演算負荷に耐えられなくなったと推測している。

特に以下の記述が問題視された。

「世界は、観測されすぎた」

この一文は後に削除されている。


《追記Ⅳ:五行信仰と理念分岐について》

氷河期以前、五行信仰はルルゴア側にも存在していた。

ただし、アルベールとは決定的に性質が異なる。

アルベール:

 五行=生きるための“関係性”

ルルゴア:

 五行=分析すべき“構造要素”

この差異が、後の分岐を決定づけた。

理念文明は、

五行を「理解できるもの」「再現できるもの」へと変換し、

ついには理念紋章という抽象構造へ昇華させる。

その過程で、世界は次第に“疲弊”していった。


《追記Ⅴ:人類の消失について(非公開指定)》

公式記録では、

「理念文明は完成したが、人はその役割を終えた」

とされている。

だが、より正確にはこうだ。

人は、理念の完成に“不要になった”。

都市から人影が消えた理由について、

戦争・疫病・災害の痕跡はほとんど見つからない。

代わりに確認されるのは、

生活痕の急激な停止

途中で放棄された記録

継続中だった装置群

破壊されていない住居

まるで「ある時点から、人だけが世界から外れた」かのようである。


《追記Ⅵ:アルベール側の例外性》

アルベール大陸では、状況が異なる。

理念が完全には浸透せず、

五行信仰が生活の中に残り続けた。

特に以下が顕著である。

儀式が“形式”ではなく“行為”として残存

祈りが効果を持つと信じられていた

紋章を「使う」より「共に在る」感覚

このため、理念文明崩壊後も人類は完全には消えなかった。


《追記Ⅶ:炎に関する私的覚書(極秘)》

炎の紋章は、他と明らかに異なる。

宿主を強制しない

宿主不在期間が存在する

自発的に沈黙する

血統との結びつきを持つ

特にカルナ族との関係は異常に深い。

文献にはこうある。

「炎は、そこに“在る”ことを選んだ」

宿主の死後も、炎は離れなかった。

次の器を急がず、長く待った。

まるで――

“まだ終わっていない”と知っているかのように。


《追記Ⅷ:未解決事項/研究者私見》

・大陸分断と大地紋章の関係

・理念文明が「完成」した本当の意味

・人類が消えた理由

・炎が沈黙を選ぶ理由

・なぜカルナ族なのか

・なぜ後に「戦争」が不可避となるのか

これらはすべて繋がっている。

そして、おそらく――

誰かが、意図的に世界を「分けた」

その痕跡は、あまりにも綺麗に消されている。

【備考・最終行(削除指定)】

「世界は壊れていない。

ただ、“意味”の置き場を変えただけだ。」

――匿名研究員・手記より




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