資料集 ハイルベン王国―中央研究院 図書保管庫―c
「ハイルベン王国」
中央研究院図書保管庫内
収蔵された公式調査資料
《中央研究院保管資料・禁閲指定》
文書番号:HB-ΛR-317/PH-09
区分:思想分析/民俗危険歌謡/五行関連資料
保管階層:第四封鎖書庫・副本
備考:本文には複数の研究官による私的注釈、削除痕、異説が含まれる。
閲覧には第三級以上の許可を要す。
件名
「アルベール地方に伝わる五部族舞曲群に関する思想的危険性評価」
概要
本資料は、アルベール大陸各地に伝承される儀礼歌謡・舞踏歌、通称「五部族舞曲」について、その思想的性質および国家秩序への影響を分析したものである。
当該歌群は、かつて自然信仰期に成立したとされ、
炎・潮(水)・雷・風・大地の五要素を象徴する部族ごとに異なる旋律・詩節を持つ。
これらは表向きには「民俗舞踊」「祈年歌」「古習」として扱われているが、
精査の結果、紋章との関係を示唆する極めて危険な思想的構造を内包していることが判明した。
第一節:共通祖歌部分の分析
五部族に共通する冒頭詩句(以下「共通祖歌」)には、次の特徴が確認される。
世界を「管理・支配される対象」としてではなく
相互に応答する存在として描写している
人間を「秩序に従う主体」ではなく
自然と並列の一要素として扱っている
「名」「祈り」「舞」といった非制度的行為を、
世界との接続手段として肯定している
特に問題視されるのは、以下の思想である。
「それらは神ではなく、共に在る“しるし”だった」
この一節は、
理念的上位原理の否定、ならびに紋章の道具化・管理思想と根本的に相反する。
(※余白注:
「“神ではない”という点は我々の理念と一致するが、“共に在る”という表現が危険。
上下関係が曖昧になる」)
第二節:五部族別歌詞に見られる思想的偏向
以下、それぞれの舞曲が内包する思想傾向を整理する。
1. 炎の部族(カルナ族)舞歌
炎を「破壊」ではなく「選ぶ存在」「心を見るもの」として描写。
特に問題とされる句:
「炎は選び、宿りを告げる」
「良い
この表現は、
紋章が人間を審査・評価する主体であるという誤った観念を助長する。
(削除線)※※人が紋章を扱うのではなく、紋章が人を選ぶという倒錯※※(削除線)
→ 訂正:思想的倒錯の恐れあり
なお、炎が「怒り」ではなく「守る意志」に反応するとする点は、
戦意高揚ではなく情緒的自己正当化を生みやすく、統治上きわめて不安定。
2. 潮(水)の部族 舞歌
水は「癒し」「赦し」「祈り」と結びつけられている。
問題点は以下の通り:
苦痛を制度ではなく“祈り”で処理しようとする姿勢
失われたものを「受け入れる」ことを肯定する態度
過去の喪失を否定しない語り
これらは、
支配・矯正・再教育と相容れない価値観である。
(注釈:
「水の歌を好む者は反抗的ではないが、命令への忠誠が弱い傾向がある」)
3. 雷の部族(トゥレン族)舞歌
雷は「試練」「選別」「断絶」として語られる。
注目すべきは、次の構文である。
「進むか、折れるか」
「恐れを抱いたまま前へ出よ」
これは外的命令ではなく、
内面の決断を至上とする思想であり、
国家的命令体系と直接衝突する。
(研究官注:
「命令より“自ら選ぶこと”を尊ぶ思想は危険度が高い」)
雷の舞は、特に若年層に強い影響を与えることが報告されている。
4. 風の部族 舞歌(断片)
風に関する歌は断片的にしか残っていない。
共通する特徴は以下:
定住を否定する
名を持たぬことを肯定する
境界を越えることを祝福する
(追記:
「この思想は統治そのものを空洞化させる。完全削除を推奨」)
5. 大地の部族 舞歌(断片)
大地に関する歌は極めて古く、文献化が困難。
内容は以下の傾向を持つ:
記録より記憶を重んじる
歴史を“積層”として捉える
変化を拒まず、ただ保持する
研究班内では意見が割れている。
(私的注:
「これは思想というより、世界の癖に近い」
「消すことはできないのでは?」)
第三節:総合評価(公式)
五部族舞曲は、
以下の点において高度に危険な思想遺産である。
紋章を主体化する
人間の内面を判断基準とする
命令より“選択”を重視する
世界との相互関係を肯定する
分断より循環を志向する
これらはいずれも、
理念統治・管理文明と根本的に相容れない。
よって本研究院は次の措置を提言する。
【勧告】
五部族舞曲の公開演奏・舞踏を禁止
歌詞の口承を違法化
楽譜・記録の分割保管
研究目的以外の閲覧を制限
特に「雷」「炎」系歌詞の厳重監視
付記(削除予定・研究官私記)
それでも、あの歌を「危険」と断じきれない自分がいる。
あれは命令ではない。
誘惑でもない。
ただ――
「生き方を思い出させる」歌だ。
もし紋章が再び目覚めるなら、
それは兵器としてではなく、
この歌に応える形なのではないか。
(※この注記は正式記録から削除予定)
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