第3話 シャムのスキル
◆ ◆ ◆
オレは賞金稼ぎたちの追跡から逃れ、いつの間にか深い森へと足を踏み入れていた。森はまるで人の手が入ったことのない原生林で、どこまでも続く巨木が整然と並び立つさまは、まるで異界に迷い込んだかのようだった。
(ここは異世界だから当然か)
幹は大人三人が抱えても回りきれないほど太く、頭上を覆う巨木の葉の天蓋は陽光を遮りつつも、ところどころから木漏れ日が細い柱のように降りそそいでいる。その光は白く揺れ、森の奥へと消えていく霧のようにも見えて、幻想的な雰囲気を一層際立たせていた。
足元にはふかふかの苔が深く広がり、踏みしめるたびに淡い湿り気のある音がする。まるで緑の絨毯の上を歩いているかのようだった。
その静謐な森の中で、シャムはテイムした大虎に乗ったまま、オレを見ている。
(テイムがまだ続いているのか……? やけに長い気がするが)
気になって、オレはゲームシステムのメニューを展開し、シャムのステータスを確認した。
――目を疑うほどのMP。オレの倍近い。
しかも、ビーストテイマーのレベルはカンストの50に達している。
「シャム、ここに来るまで、随分頑張ったみたいだな。ありがとう」
声をかけると、シャムは虎の背の上で片手をひょいと上げる。
「はいニャ!」
その仕草が妙に可愛くて、つい緊張が抜けた。
オレは新たに解放された上級職[ハイテイマー]にシャムのジョブを変更する。スキル欄には今まであった狩猟と新たに追加されたビーストテイマーのスキルがあるため、テイムにも支障は出ないだろう。さらに、レベル1から使える《ストレングス》という強化スキルがハイテイマーのジョブにある。
「シャム、新しいスキルを使ってみてくれ。テイムした獣に向かって《ストレングス》って言ってみるんだ」
「わかったニャ! ――ストレングス!」
唱えた瞬間、大虎の身体が赤いオーラに包まれた。ゆらめく光が虎の筋肉を強調し、獲物を獰猛に狙う魔獣そのものの迫力を放つ。
(おお……本当に強そうだな)
しかし、オーラは一分もしないうちに消え失せ、それと同時に虎は森の奥へと走り去ってしまった。テイムが解かれるような気配はなかったが、まるで急に“力を出し切って去った”ように感じられた。
シャムは息を荒げ、ぐったりとオレに訴える。
「主……このスキル、すごく疲れるニャ……」
メニューでシャムのMPを確認すると、0。
(《ストレングス》は相当MPを食うスキルらしい)
どうやら、新たなスキルがシャムのMPを食い尽くしてしまい、テイムもMPが無くなり解除されたのだろう。
(だが、攻撃力アップの強化系スキルか!良いかもしれない)
オレは改めて自分のステータスも開く。氷の魔法使いのレベルが10に上がっており、新たに防御魔法〈アイスウォール〉を使えるようになっていた。
だが同時に、今までの戦闘で自分の弱点も痛感していた。
――遠距離攻撃への対応力が低い。
――魔法の射程が短い。
(射程の長い武器……弓を扱えるジョブを目指すべきだな)
そう判断したオレは、まず武力系の[槍兵]へジョブチェンジする。扱える武器が広がる可能性を探るためだ。
アイテムボックスから鉄の槍を取り出し、鉄の盾はそっとアイテムボックスにしまい込んだ。
(レオックとの決闘の時、槍兵では全く歯が立たなかった。槍術が未熟な以上、両手で扱ったほうが良い)
バックパックを取り出すと、シャムに声をかける。
「シャム、いつものところに入るか?」
「入るニャ!」
シャムは器用にバックパックへ潜り込み、ちょこんと顔だけを出して落ち着いた。
(……うん。やっぱり可愛い)
そんなことを思っていると、シャムが急に表情を変えた。
「主、トレントが一体……近づいてくるニャ!」
「え?」
シャムのMPは0のはず。にもかかわらず敵を察知できるということは⋯⋯。
索敵能力は“パッシブスキル”なのだろう。野生動物の本能的警戒能力をスキルとして昇華したものかもしれない。
(なるほど、シーフの〈スキャン〉とは違う。あれはアクティブでMPを消費する。シャムの索敵は敵が範囲に入ると自動発動するんだな)
ほどなくして、地響きのような重い足音が近づいてきた。
「ドーーン……ドーーン……」
木々の間から、巨体のトレントが姿を現す。
太い幹に無数の枝を揺らし、ひとつひとつの踏み込みで苔むした大地が震える。
オレは距離を測りつつ、槍の射程に入る前に魔法を放った。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール!」
炎の刃が枝葉を切り裂き、炎の矢が幹に突き刺さり、火球が炸裂する。
煙が立ち昇り、焦げた木の匂いがあたりに広がった。
だが、トレントは倒れない。巨木の体躯は揺れたものの、確かな足取りでこちらへ迫り続ける。
(前に大虎と一緒に倒した時は、十発の魔法で仕留めたはずだが……。魔法耐性が高いのか!?)
焦る気持ちを抑えつつ、さらに魔法を連射する。
「マルチファイアブレード!
ファイアアロー!
ファイアボール!」
十発、いやそれ以上――。
それでも巨体は崩れ落ちない。
ついにトレントが槍の射程圏に入った。
「くっ……なら!」
オレは槍を構え、幹めがけて突き出した。
――一突き。
――さらにもう一突き。
――三度目の突きで、手応えが変わった。
幹の中央に亀裂が走り、トレントはうめき声のような木鳴りを残して霧散した。跡には淡い光とともに中魔石がひとつ転がり出る。
オレは深い息を吐きながら魔石を拾い、ゆっくりと立ち上がる。
(魔物にも、それぞれ特性がある……)
魔法に耐性を持つもの、空を飛ぶもの、炎の魔法に弱いもの――。
この世界の生き物たち、魔物までもが、ただ倒すための存在ではなく、それぞれ固有の“性質”を備えている。その当たり前の事実が、今さらながら胸に深く刻み込まれた。
オレはその真理を噛みしめながら、深い森の奥へと目を向けた。
そしてオレは学ぶ。
〈生き物には固有特性がある〉
と言うことを。
異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 〜 カズー @KAZUYAsan
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