第2話 新たな幕開け

 オレがこの異世界へ来てから、もう一年半が過ぎ去り、秋になる。

 名をカズーという。かつていた世界でのオレは、心が壊れていた。

 ただの病ではない。精神の奥底がひび割れ、光の差さぬ井戸の底に沈むような日々だった。


 学校では、理由もなく、ただ “そこにいる” というだけでいじめの標的にされた。

 希望を抱いて就職した会社はブラック企業で、上司の罵声と暴力まがいのパワハラは日常。

 家族も、友もいない。気づけば世界のすべてが、冷たい霧のようにオレを包んでいた。


 ―――そんなある日、突然だった。


 オレは“神”と名乗る存在に召喚された。

 気づけば知らない草原に立ち、聞いたことのない鳥の声と、澄んだ風に包まれていた。


 異世界。


 言葉では知っていたが、それは現実としてオレの目の前にあった。


 最初こそ戸惑い、戦い方も分からず、ただ必死に生きるだけの日々だった。

 だが、神から授かったゲームシステムと《幸運》のスキルが、オレの人生を少しずつ変えた。

 運命に拒まれ続けたオレに、初めて“幸運”が微笑んだのだ。


 そしてさらに―――

 オレは、生涯の仲間をすぐに得ることになる。


 最初の仲間は、一匹の猫。シャム。

 無邪気で、気まぐれで、けれど人の心に寄り添う不思議な温かさを持っていて。

 孤独だったオレの心に、小さな火を灯してくれた。

 シャムが側にいてくれたから、この異世界はほんの少し優しく見えた。


 やがて旅の途中で出会った師匠クルワン、奴隷のチャン。

 彼らと共にオレが“始まりの地”と呼ぶ、城塞都市へ向かった。


 城塞都市では、驚くほどの幸運が続いた。

 公爵様の娘を魔物から救うと公爵様から突然、子爵の地位と一つの島を与えられ、

 さらにダンジョンマスターの討伐に成功し、騎士団にその力を認められた。

 そして何より―――ルイアナとレオックという、かけがえのない“真の友”に出会えた。


 孤独だったオレが、友を得た。

 その事実だけで、この世界に来た意味があると思えた。


 …だが、物語は順風満帆のままでは進まなかった。


 冒険者を名乗る盗賊に騙され、オレは死の縁まで追い詰められた。

 その後、奴隷として鉱山へ連れて行かれ、そこでサジ、女中のヴィスカ、そして―――ナリアに出会う。


 ナリアは、オレの全てを受け入れてくれた。

 醜い過去も、折れた心も、母への郷愁も。

 まるで春の陽だまりのような笑顔で、ただ“カズー”という一人の人間として見てくれた。

 オレたちは、互いの未来を誓い合い、オレは愛を知った。


 しかし、その未来は唐突に奪われた。


 鉱山の領主―――男爵の息子。

 彼は、何の罪もないナリアを殺した。


 世界が暗転した。

 心の中で何かが音を立てて折れた。

 復讐以外のすべてが薄れていった。


 オレは怒りに突き動かされ、男爵の息子を追って鉱山都市へと乗り込んだ。

 新たなスキルを覚え、情報を集め、ついに仇を目の前にしたとき―――

 オレの手は、彼を確実に殺せる位置にあった。


 だが、その瞬間。

 青い蝶が舞った。

 ナリアの瞳と同じ、澄んだ青。


「自分が正しいと思うことをするように」

 ナリアが最後に見せた、あの優しい目を思い出した。


 オレは剣を振り下ろすことをやめた。


 しかし―――皮肉にも、現れた魔物が男爵の息子を殺し、街はスタンピードにより壊滅寸前に陥る。

 オレは他の冒険者たちと協力し、スタンピードマスターを追って何とか討伐した。

 その功績で、オレは街を救った英雄と呼ばれるようになった。


 だが同時に、男爵の目に留まり、オレは息子殺害の罪で、指名手配されてしまう。


 兵士に追われ、賞金稼ぎから逃げ惑うオレを救ったのは、

“真の友”レオックだった。

 命を懸けて助けてくれた。

 そして賞金稼ぎとの死闘の中では、仲間のシャムがオレの元に帰って来てくれた。


 オレは一人じゃない。

 いつの間にか、そう思えるようになっていた。


 そして今。

 オレはシャムと共に、新たな旅路へと足を踏み出す。


 神様から与えられた使命―――魔王討伐。

 それは果てしなく遠く、困難な道のりだろう。


 だが、オレはもうあの頃のオレではない。

 仲間がいて、友がいて、愛した人の想いがある。


 オレの異世界ライフはまだ終わらない。

 むしろ、ここからが本当の始まりなのだ。


 そしてオレは学ぶ。


〈新たな幕が上がる〉


 と言うことを。

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