異世界から学ぶライフスタイル 〜第三部 〜
カズー
第一章
第1話 シャム
―――僕の名前はシャム。異世界に生きる、一匹の猫である。
毛並みは夜の闇のように顔、耳、足先と尻尾が黒く、瞳は月光を映す琥珀色。生まれはよく覚えていないが、気がつけば西の森でひとり、木々のざわめきだけが友だった。
そんな僕が「主(あるじ)」と呼ぶ人間、カズーと出会ったのは、霧の濃い川辺でのこと。
川辺で魚を漁っていた僕は、大きな音で驚かされた。恐る恐る、音のした所に行くと、主は、川辺に打ち上げられた魚を取っていた。僕も魚を食べる。主の近くに行くと、主が手を伸ばしてきた。
その時、なぜか僕は主の言葉を理解できた。
そして主も、僕の声を聞き取れた。
理由なんて分からない。ただ、それが当然のように思えた。僕が“名前は無い”と言うと、主が言った。
「……シャムでどうだ?」
そう言って微笑んだ主の顔は、どこか寂しげで、どこかあたたかかった。
やがて主が魔法を使える人間だと知った。火球や火の粉を散らす魔法、炎の壁を使うその姿は格好良かったけれど、ふと隙を見せたときの表情は、森の夜より静かで孤独だった。
そんな主は、僕がうさぎをあげると嬉しそうに目を細めた。
……単純で、優しい人間だ。
主は僕に特別な力を授けてくれた。
《テイム》というスキル――獣を従え、仲間にできる力だ。
「シャム、動物を操ったことってあるか?そのネズミに向かって“テイム”って言ってみてくれ」
「テイム!」
主の言葉を信じ、スキルを使うと出来た。主にネズミを近づけると、主は慌てて言う。
「シャム! 止めてくれ! オレ、ネズミはちょっと無理だ!!」
主は、ネズミよりうさぎが好きだとわかった。
テイムのスキルは、初めはうまくいかなかったけど、最近では自信がつくくらい長く獣を操れるようになった。
◆ ◆ ◆
主は、見知らぬ二人の人間と共に街へ向かった。心配で僕もついていった。知らない人間の匂いは苦手だ。でも勇気を出して主の足元に近づくと、主はいつものように嬉しそうに僕の頭を撫でた。
街は驚くほど賑やかだった。
高い建物、たくさんの屋台、色とりどりの布や食べ物の匂い……そして海。
海には魚がたくさんいて、僕にとっての天国だった。
気づけば主は街で偉くなり、「子爵」と呼ばれるようになっていた。
姿勢も前向きになり、真の友と言う友達もでき、生気が戻ったようだった。
そんな主を見て、僕も嬉しかった。
―――だが、ある日。
主は三人の人間に騙された。
僕には分かる。あいつらは悪い人間だ。
けれど主は気づかず、そのまま彼らと出ていき……帰ってこなかった。
僕は主の師匠と呼ばれている人間のもとへ走った。
僕は主以外とは言葉を交わせない。それでも、必死の表情で訴えたら、その師匠はすぐに主の行方を探し始めてくれた。
僕は近くの犬をテイムして主の匂いを追わせた。
犬は道を嗅ぎ、東へと走る。
しばらくして川原に辿り着いたとき、犬は立ち止まり、こちらを向く。
そこには……主の血があった。
でも、僕は疑わなかった。
胸の奥に、糸のように細くても確かに繋がっている気配がある。
「主は、生きてるニャ!」
だから、僕は歩みを止めなかった。
◆ ◆ ◆
季節は巡り、冬が過ぎ、春が来た。
一年経っても主は見つからない。
でも、僕の中の繋がりは消えない。
主の鼓動の微かな振動すら、まだ感じる。
旅の途中、魔物が増えていた。
人間を襲う凶暴な者たち。
主はこういう魔物をよく倒していた。
そのとき、街の方から轟音が響いた。
空を裂くように、炎を纏った巨大な岩が次々と降り注ぐ。
(これは……魔法ニャ! 主の魔法に似てるニャ!)
翌日、急いで街に着いたが、主の姿はなかった。
あきらめず、さらに東へ進んだ。
―――数日後。
僕はついに“主の魔法”を見つけた。
空気が震えるほどの魔力の残滓。
主が、戦っている。
敵は数えきれないほどいた。
主は森へ逃れ、そこで追い詰められようとしていた。
僕はすぐにテイムできる獣を探す。
近くに、大きな虎――大虎がいた。
虎は猫の仲間。だけど従わせるにはスキルが必要だ。
「テイム!」
光が虎を包み、虎は僕を認めた。
僕はその背に飛び乗り、主の場所へ駆けた。
森の奥、主が二体の魔物(トレント)に攻撃されようとしていた。
「グルルルァ!」
大虎がトレントに飛びかかり倒した後、トレントの木の腕を噛み砕き爪で割く。
僕は周囲の敵を見逃さないよう目を光らせる。
他の人間の敵が押し寄せ、主は魔法で応戦する。
僕も大虎と共に敵を倒す。
そのとき遠くの影が、主へ矢を放とうとしているのを見つけた。
「許さないニャ!」
大虎が矢手を引き裂き、森は静寂を取り戻した。
敵がいなくなったのを確認して、僕はうさぎを一匹狩った。
主は、僕と久しぶりに会うとすぐ泣くから。
泣きながらうさぎを受け取る、その顔を見るのが嬉しいから。
予想通り、主は涙をこぼしていた。
「シャム……ありがとう!」
震える声でそう言う主に、僕は胸を張って答える。
「主、うさぎを取って来たニャ!」
長い旅の果てに、やっと会えた。
僕たちは、もう二度と離れない。
そう強く思った。
そしてオレは学ぶ。
〈仲間との絆〉
と言うことを。
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