一章 3
「で、だ。ライアはシアンを置いて単独行動の末、敵組織に加入し?シアンは寝不足でその組織にしてやられたと。迷イ人まで危険に晒して?お前らやっぱりバカか?え?」
あぐらをかいた金髪褐色の男が不機嫌を隠さずシアンとライアを詰める。双子は男の前に正座してはいるものの、背筋も伸ばさず気怠げで、形だけとしか言いようがない。それでも、誰が見ようと説教タイムだった。
「つーか、絶対なんかあると思った!あの大陸行ってお前らが問題起こさないわけが無い!」
「出禁の人間がなんか言ってら」
「問題を起こしたのは私らじゃなくて、人攫いの野郎共なんで。……あぁいや、ライアはギルティ。いつがその場で潰してればすぐ終わってた」
「だって〜、あの野郎共裏切るの楽しそうだったから」
「クソが〜〜〜〜〜!」
「そもそも!2人一緒に行動してればこうはならなかっただろうが」
「「終わり良ければ全てよろしい!!」」
「よろしくねえよ!!」
男の名はソラ=ドラッド。ライア、シアンの幼馴染であり、同じく護リ人。つまりは迷イ人を保護する一族である。
ライアは方向音痴故すぐ迷子になり、気づいた頃には今回のようにどこかの組織に潜入という名の遊びを始める。シアンは短気ですぐ怒る。迷イ人保護は彼が行くのが最も穏便に済むのだが、先ほどライアが言った通り、訳あって彼は双子が葉と出会った大陸に出禁とされていた。本人は否定するが、要は根本的な性格はどいつもこいつも同じであるということだ。
「それで?
「とりあえずはトラリアに任せたよ。世界軌道の話とか帰りたいか否かってのは一応帰還道中に説明してある」
溜息をつきながらソラが尋ねた。件の迷イ人、葉はその後双子と共に船に乗ってバルフィレム王国へ来ていた。説教が終わったことを察した双子はそうそうに正座を崩し、なんならライアは寝そべっている。
「まぁ、私と会ったのがこっちに来た直後って感じだったからな。まだ猶予はあるだろうぜ。…………と言っても軌道にもよるが長くてあと三日か?」
「本人に帰るつもりがあるなら早いに超したことはないだろ」
シアンが猶予と口にしたのは、迷イ人が元いた世界に帰ることが出来るのは長くても来界から五日と定めているからである。それは異世界へ帰るための門を開く、彼女ら護リ人の都合でもあり、迷イ人が元いた世界――元いた時代に戻るために必要な措置でもあった。
「それなんだけど!」
ライアが突然飛び起きた。
「葉は弟がいたらしいんだ。いやまー、別居だったらしいけど……。それはいいとして、そいつが半年前くらいに消えちまったんだって」
「行方不明?」
「そ。弟くんと一緒に住んでた母親が必死に探したけど見つかってなくて、手がかりも何もなし。神隠しって言われるくらいにはなー」
「それがどう関係して…………まさか」
「そう、そのまさかを疑ってる。風希
「風希……カザキ……ケイ……………………あー、ねえな」
「ほんとに〜?また忘れてんじゃねーの」
「世界が違うとはいえ半年前だろ?こっちの基準で長く見てもまだアーカイブしてねえよ」
「一応後で記録は漁っとくけどよ、葉が帰る帰らないはそれにもよるかもしれねぇぜ」
もし弟がこの世界にいるのなら、自分は彼を探したいのだと言った葉を思い出すシアン。思い返せば彼女はこの世界を死後の世界と勘違いしていた。それはつまり元の世界で死ぬ直前にあったということだろう。
事故か事件かは知ったことでは無いが、本人がこの場にいるのだから、元の世界に死体はない。それでも、既に“死んだもの”として扱われている可能性が高いだろう。前例がいくつかあったのだ。
それに加えて彼女が母親を語る目は、思い出したくもない己の敵を語る目だった。生死とは別に元の世界に戻りたくない理由があるのかもしれない。だからといって本人が話し始めるまで深く聞くつもりは無いのだが。
三人が葉について話していると、ふいにモニターが現れた。ライアが持っていた通信用デバイスが起動したのだ。これはライアとバルフィレム国軍の機械オタクが結託して作ったもので、
画面の向こうには先程葉を預けた軍属の女。桃色髪に蛍光ピンクのメッシュが入ったお下げ。見た目はどう見ても10代前半の少女だが、既に立派な25歳。片腕が機甲義手の通称「隻甲の虎」。バルフィレム国軍
「3人ともお疲れ様!葉ちゃんの迷イ人登録はちゃんと終わったよ」
「おっつ〜トラリア!仕事が早くて助かるぜ」
「いえいえ〜これくらいは当然だよぅ。それよりも三人ともお休みのところ悪いんだけどね……」
「また迷イ人が来たってんだろ?私も今気づいたよ」
彼女たち
「その通り!誰か見に行ってくれないかな。あ、一人は残って欲しいの。葉ちゃんに説明をもう一回したいから。そのまま帰還ってなったら門開けて欲しいんだよぅ」
「それは結構だけどー、連日って…………なんかおかしくね?」
「おかしかろうと行くしかねえよ。それがオレたち護リ人の仕事だろ」
「うんうんさすが!ソラくんはプロ意識高いねぇ、じゃああとのことはそっちにお願いします!」
「はーいよ」
そう言って、トラリアとの通信が切れた。エインスカイには迷イ人が何人も暮らしているとはいえ、連日来るのは今まで無かったとライア。とはいえ、迷イ人がまた人攫いに合わないとも限らない。それに迷イ人を狙うのは人間だけではないのだ。なるべく早く保護をし、エインスカイを護るためにも門を閉じなければならない。門を閉じることこそが護リ人の本当の使命と言っても過言では無いのだから。
三人ほぼ同時に立ち上がり、各々伸びやら首を回すやらしながら互いに見合せた。
「さて、誰が行く?」
「じゃんけん」
「よし、恨みっこなしな。せーの!!」
☆。.:*
ここは王都から少し離れた草原。澄み切った草木の香りと相反するように、ライアはフードをソラに掴まれながら不服そうに歩いていた。
「あのさー、ソラくん?いくらなんでもこんな何にもねー草原で迷うことは無いと思うんですよ、私は」
「いいや迷う。間違いない。何年見てきたと思ってる?迷イ人探す前にべつの迷子探すのはもう勘弁なんだよ」
「えーっと?確かトラリアが言うには今回の迷イ人は五番世界だっけ?」
「五番ってなんだっけ」
様々な世界と繋がるエインスカイには、同じ世界からやって来る者もいる。ライア達護リ人やトラリア達ベルナイース隊は、そう言った情報とその時門が開く条件などを照らし合わせ、いくつかの世界に番号をつけて把握しているのだ。先日来界した葉は七番世界だったらしい。
「五番はほら、魔法っぽいのはあるけど発動に条件がいるとかじゃなかった?よく覚えてないけど。エインスカイに残ったヤツもほとんどいないし」
「ああ〜そんな感じのやつあったな」
「もう忘れてるよこの人」
世界によって魔法がある世界、ない世界。魔法以外の別の何かがある世界と様々だ。
今回の世界は魔法では無いものの別の異能を使う世界だったはず、とライアが答えた。あまりピンと来てない顔で思い出したと言うソラに呆れていると、盛大な子供の泣き声が聞こえてきた。
「ええぇぇえええん!!かえるぅ!!!!おかあさぁぁぁん!」
声を頼りに辺りを見回すと、顔面をこれでもかと崩しながら大泣きしている女の子供がいた。その周りにはひとつの汚れもない純白の布をはためかせ、同じく純白の羽を広げた
「うっっわ。ギャン泣きの幼女を天使が囲ってる」
「言ってる場合か!あの子だろ、今回の迷イ人」
天使。他の世界では神の使い、人を守護するものとして伝わることも多いが、少なくともエインスカイでは間違いなく人間の敵であった。奴らは人間を無差別に襲うが、中でも迷イ人へ執着するように攻撃を仕掛けてくる危険な存在だ。
「王都外の草原って言うからまさかとは思ったが……!最悪の状況じゃねえか」
「はっ、あんな神の眷属ごときに私らが負けるとでも?ビビってんのかソラ」
「なぜ煽る。それもオレを」
「あはは!そりゃーもちろん、楽しいからかなっ!!」
言いきらないうちにライアが地面を蹴った。今にも迷イ人に何かをしようとしている天使の背後から横っ腹を思い切り蹴り飛ばすと、他の天使の注目がライアに集まった。
「うあぁぁぁぁん」
「大丈夫、ちゃんと掴まってて。オレたちが必ず護るから」
天使の目が逸れた瞬間、ソラが迷イ人を抱えて距離とる。それは先程のライアよりもさらに速い、雷の如きスピードだった。
「ナーイス、ソラ!そのまま護っちゃって!」
「任せていいんだな?」
「当たり前っしょ、昨日はあんまり暴れられなかったから、今日はしっかり暴れるぜ〜!!行くぞ、カグツチ!!」
「あ、そういう理由……」
先程よりも少し増えた天使を前に、ライアは満面の笑みでソラにピースし、己の武器――双剣カグツチを取り出した。 それを見たソラは安心するべきか不安を抱くべきか、なんとも言えない気持ちになった。何より我を忘れたライアの流れ弾がこっちに飛んでくるのが心配だった。既にライアはハイテンションで天使を切っては蹴って、燃やしている。流れ弾も時間の問題だろう。
そんなソラの腕の中でもぞもぞと動き続けていた迷イ人の子供。ソラと共に天使の包囲網から離れた時に一旦泣き止んだが、ソラの顔を見て、暴れるライアと天使を見て、動きを止めた。そして、すぅっ……と、深呼吸するかのごとく大きく息を吸い――――――叫んだ。
「ひどざら゙い゙ぃぃぃぃ」
「オレは違う!!」
「あはははは!」
「そこ、ライア!笑ってんじゃねえ前に集中し……あっ逃げた!」
子供はソラを人攫いだと勘違いしたらしく、一目散に逃げ出した。もちろんその隙を逃す天使では無い。ライアが相手をしているとはいえ、数が多い。なんなら天使は理由は分からないがどんどんと増えてくることもある。三体ほどの天使が子供を再び追いかけた。
「ぐずっずびっ……おがあ゙ざぁぁぁぁん」
「くっそ、させるか!!」
足にグッと力を入れ、魔力を集めるソラ。一直線なら天使よりも先に迷イ人に届くと判断したが、いざ蹴り出す直前、迷イ人の子供が大泣きのまま指を鳴らした。
「えぐっ……ラ……ライトニング!!!!」
涙で濡れた指先が震え、パチンっと言う音が空中で弾けた。
次の瞬間、雷が一直線に――指先から放たれた。しか子供は恐らく天使に向けて打ったつもりのようだが、涙で潤んだ視界では良く見えていなかったらしい。
「ソラ当たる!」
「は?!」
天使とは全く違う方向に向けられた指は、あろうことかソラを指していた。鋭い矢のような
貫くような衝撃はあるものの、電気であるからには好都合。最もソラが得意とする属性である。彼は更に加速し、迷イ人を狙う天使たちの天輪を殴り壊した。天輪を失った三体の天使は、砂が風に攫われるように輝き、消えていった。
「ビビった……雷属性で良かった……!あぁ、ほら落ち着いて。ちゃんと家に返すから。ライアそっちは?」
「あはは、お守りかよ。終わってるよ。さすがに分が悪いとでも思ったんじゃねー?お前が出たあたりでどっか消えちまった」
ライアの言う通り、草原には先程までが嘘のように何もいなかった。これでようやく迷イ人に向き合うことが出来る。ソラは今日何度目かのため息をついた。他のものと違うのは今回は安堵からくるものであったことだ。
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