むすんでひらいて

はすみらいと

第1廻

 目的地を目指して歩くきながら、何も考えないようにしている。いったい俺は、誰のため何をしているのか、と。


 ──足が重い。


 心理的要因か?

 はたまた、物理的理由か?


 頻繁にスマホに届くメッセージの指示通り、歩いているのにどこへ向かわされているのか、まるでわからない。



 かろうじて電波がつながっている、レベルの山すそで移動を停止する。そうしろとメッセージが来たからだ。


 まるで見えているみたいな指示。


 指示に従ってポストに渡されていた謎の手紙を取り出し、手を一瞬、止めた。手紙そのものから水分が染みだしてきているようで、なんだか気色が悪い。


 

 さっさと投げ捨てるように入れるとその場をあとにして、駆けるように戻ることにした。


 


 それは朝のことだ。

 

 突然○○さんに呼び出され、かと思えば有無を言わさず「メッセージ通りにしろ」と、言い出した。よくわからないことを言うのは今に始まったことじゃない。


 言われた通りに、従っていれば、少なくとも安全に暮らせる。「両親の借金をチャラにしてやる」と言うんだから、おとなしく聞いてさえいれば。まあ、普通の仕事や人生から、段々遠ざかっているけれど。




 朝、俺を呼び出す前、○○さんは誰かと仕事の話しをしているようだった。相手を俺は見ていない、帰るのも見かけていない。気づいたらもう居なかった。


 そうしてこの手紙を俺に押しつけ、ポストへよくわからない道を歩かされ、投函させられた。



 ──文句を言うなんて、とてもじゃないができない。


 当初、数日前後の違いはあるだろうが。同時期に新人がこき使われて、辞めると言い出し。○○さんが見せしめのようにそいつを殴ったあと、居なくなったが、「処分しただけだ」と言っていた。


 今のところ被害届けも出ていないから、おそらくそういうことなんだと思う。



 

 事務所に戻ると、いつも通りのメンバーしか居なかった。○○さんと、唯一の女性で○○さんと対等にしている△△さん、先輩の□□さん。


 そしてほぼ同期の××さん。××さんはやたら先輩風を吹かせたがるし、○○さんを尊敬して兄貴と呼んでいて、見た目はチンピラ。


 

 ××さん以外はあまり話したことはない、何よりも話しかけてくるなオーラがあって、低温やけどしそうなほど冷たい。


 ○○さんは一番偉いらしい。


 もちろん、呼ばれた時以外は話しかけたらどうなるかわかったものではない。話しかけようとすら思えない。



「ただいま、戻りました」


 無言で戻り自分の席に座ろうものなら、どんな目に合うか想像したくもない。考えるだけでヒヤッとする。


 □□さんは、一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を元に戻した。素っ気ないというかなんというか、その態度はいつものことだ。


 ××さんはいつものごとく何かと格闘中で、騒いでいる。おかげで先輩面をされずに済むから、俺としては正直助かる。


 △△さんは、○○さんのデスクの上に座り込んで尊大な態度で、俺や××には無反応というか一切見向きもしない。こんな態度が○○さんに許されるのはこの人ぐらいだと思う。


 肝心の○○さんはというと、奥の部屋にいるらしく姿は見えない、これもいつものことだ。


 ──心の中で、ほっと、ひと息つく。


 ○○さんが話しかけてくる時は、ろくなことじゃないことをさせられる時だと、経験則から学んでいる。


 事務所内でこのメンバーの他の人を客以外に、俺は見たことはない。

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