第51話 現場に行くまでもコンテンツですよ

 夏の夜の街は、昼の熱をまだ抱え込んでいた。


 アスファルトから立ち上るぬるい空気が、足元にまとわりつく。

 昼間は騒がしいであろう大通りには人通りは少なく、湿った静けさだけが残っている。


 街灯の光には、虫が群れていた。

 白い光の周囲を、羽音を立てながら無数の影が円を描く。


 ふと、背中に汗が伝った。

 暑さのせいなのか、それとも、誰かの視線を感じたからなのか、判断がつかない。


『エイ、今回は活動時間が夜なので0時を越えた瞬間に性別を変えてあの人間を驚かせましょう!』


 こいつのせいだったわ。


 今までは山と海だから良かった。

 大自然という環境のおかげでその被害を最小限に抑えることが出来ていたのだ。

 災主級が暴れたときに周りに人が大量に存在してはいけない。

 潮目村はその点、適していたと言っていいだろう。


 それに比べて、果たして今はどうであろうか。


『エイ! あそこの本屋めっちゃ当たりです! 丸ごと天移したくなるくらいには品ぞろえが良いですよ!!!』

『うん、天移はやめようね』

『店長もお礼として連れて行ってあげましょうかね……』

『話を聞いてね。やめてって言ってるからね』

『あっ、この付近にアニ〇イトありますよ! 後で人間を誘導していい感じに買い物しましょう! 今日はもう店じまいでしょうから、明日行きましょう!』

『ぜーんぜん話を聞いてくれない』


 御空様は街に繰り出すと元気なオタクになるようだ。

 よくよく思い出してみれば、前も本屋でアホみたいに袋ぎちぎちに単行本を詰め込んで購入していた気がする。

 

 こうして見ると無邪気なオタクロリなのだが、周りの人間には知覚できていないようだし仮に出来ていてもそれはそれでマズイ。 


『そんなにはしゃぐなんて珍しいね。こういうのってソラは好きに行き来しているものだと思ってた』

『コンテンツは一期一会。最初から全てを識っていては味気ないですよ。全てをネタバレされた状態で見るのと、完全初見で見るの、どちらが良いですか?』

『それは確かに……』

『あ、すみません今の例えはやっぱりなしで。ある程度前提知識があった方が楽しめる作品やネタバレされても魅せられる作品はありますからね!』


 上位存在ってコンテンツの在り方に配慮とか出来るんだ……。

 じゃあ人間にももっと配慮して欲しいね!


 一応、今は俺達は仕事で来ているからね!


「――任務が終わったら、少し街を散策してみましょうか」

「……え?」


 目的地へと向かっている最中、俺へとセナノちゃんはそう言った。

 その目は慈愛に満ちている。


「色々と興味があるんでしょ? 視線があっちこっちに行っているわ」

「えへへ……バレちゃいましたか」


 視線の先にいるのは御空様です。


 オラの村の神様だっぺよ……。

 上位存在特有の次の瞬間には別の場所に移動しているやつで買い物楽しんでいる御空様を一応は監視しているんだっぺ。

 ……あっ、一番くじ引いてるっぺよ! 店員の認識歪めて一番くじを引いてるっぺ! しかも欲しい景品じゃなかったからもう一度引こうとしてるっぺ!


「バレバレよ。貴方ってばわかりやすいから」

「それはきっとセナノさんがいつも私を見ていてくれるからですよ」


 俺はそう言ってセナノちゃんにずいっと近づく。

 例え男でも俺の身長はセナノちゃんより低い。なので、覗き込むように上目遣いで首を傾げるのだ。

 例え監督が別の用件で席を外していても演者に休みはないのである。


「っ、そ、そんな事はないわ。エリートの務めよ」

「ふふ、流石セナノさんですね。エリートです」

「むっ……セナノ先輩! ちょっと今回の異縁存在で確認したい事があるんですけど!」


 俺とセナノちゃんの間に割り込み、わざとらしくハカネちゃんがスマホを見せる。

 君の恋を邪魔してごめんね……でも上位存在相手でも負けない愛があれば勝てるからね……。


「これから対応する異縁存在は誤信仰生成型に分類されるって学園では判断したんですけど、セナノ先輩はどう思います? S階位の意見を聞きたいです!」

「わあっ、私も聞きたいですセナノさん!」

「ふふん! 自尊心が満たされるわねぇ! いいわよ! ……と言っても、どう考えても誤信仰生成型なのよねぇ。死に意味があるという思いそのものを窓にして生まれた異縁存在でしょうね。こういうのは、人間の意識を変えた方が早いわ」


 そう言ってセナノちゃんは近くのコンビニを指さした。


「とりあえず、お菓子をたくさん買って行きましょう。明るく、心配させず、可能なら異縁存在を忘れる時間を増やす。これだけで大概の誤信仰生成型は処理できるわ」

「……ちなみに蒐集出来ると評価が上がるんですけど」

「無理ね」


 セナノちゃんははっきりとそう言った。


「誤信仰生成型はあくまで人の脳内に宿る異縁存在。一見して社や木像に宿っているように見えても破壊が意味をなさないことが多いわ。そういうタイプを蒐集するには、被害者そのものを構文処理がされた部屋に永遠に閉じ込めることになるでしょうね。縁理庁ならやるかもしれないけれど、学園じゃむしろ減点よ」

「うぅ、ですよね。すみません、少しでも早く上の階位に行きたくて焦っちゃいました」

「焦る事は無いわ。知識と経験を積み重ねていきなさい」

「でもでも、セナノ先輩はすっごい速さでS階位になったじゃないですか!」


 ハカネちゃんは羨ましそうにそう言い返す。

 いつもの様に強気な発言が帰ってくるかと思われたが、セナノちゃんは曖昧に笑って顔を逸らした。

 まるで何か後ろめたい事がある様に。


「……私は、そうでもしないと――」


 それ以上は何も聞き取れなかった。

 が、聞き返そうとしてもセナノちゃんはさっさとコンビニへと向かって歩き出す。

 ハカネちゃんはそもそも最初から聞こえていなかったようで、セナノちゃんに笑顔で追従している。


「さ、コンビニ寄るわよ。依頼主は私と同い年なんでしょ? お菓子のセンスが合うと良いけれど」

「あっそうだ! セナノ先輩、サングラスを買って行きましょうよ。仕事のプロフェッショナルって感じで安心感を与えられるかもしれません!」

「買わないわよ……」


 まるでついさっきの言葉など無かったかのようにセナノちゃんはいつも通りの対応をしている。

 あの顔はとても悲しそうに見えた。

 俺だけがセナノちゃんの中にある何かの片鱗を感じ取ったようで、見てはいけないものを見てしまったような妙な罪悪感すら生まれ始めていた。


 しかしそんな事を告げた所でどうにもならないだろう。

 俺はいつも通り、明るい生贄を演じることしか出来なかった。


『ああ、今のは「私は、そうでもしないと自分が許せないから」って言っていたんですよ。いかがでしたか?』


 そういうのは聞き取れない方がいいんだよぉ!







 家は、遂に二人になってしまった。


 どれも事故や病気として処理され、書類は整い、葬儀は簡素に滞りなく終わっている。

 セイカだけが取り残されたままだった。


 彼女は今も残された弟とその家で暮らしている。


 親戚は週に何度か顔を見せる。

 冷蔵庫の中身を確認し、洗濯物の量を見て、必要以上に明るい声で「大丈夫?」と聞く。

 そのたびにセイカは頷いた。

 大丈夫ではないことを、説明する言葉を持っていなかったからだ。


 神などという荒唐無稽な話を親戚に打ち明ける勇気はなかった。

 そうしたら、今までの家族の死が酷く滑稽なものと思われるかもしれない。

 だから、彼女は取り繕った。


 夜になると、家は静かすぎる。

 外の音がやけに遠く、時計の針の進む音だけが耳に残る。


(次は……私だ)


 そう思わない日は、もうなかった。


 弟が先に眠りについた後、セイカは一人で台所に立つ。

 蛇口を閉めたはずなのに、水の気配が残る。

 誰もいない廊下の奥から、床が軋む音がする。


 振り向いても、何もない。

 ただ、空気だけが重い。


 そしてある夜、仏間の前を通り過ぎたときに線香の匂いがした。


 火は点いていない。

 供え物もそのままなのに、確かに焼けた匂いだけが漂っていた。


 別の夜には、弟の部屋の襖が内側から引っかかれる音を立てた。

 慌てて開けると、弟は深く眠っていて小さな手は布団の中にしまわれていた。


 セイカは、何も言わなかった。

 言えば、それが始まってしまう気がした。


 だから覚悟を決めた。


 自分の番が来たのだと。

 この家がそういう家なのだと。


 せめて弟だけは、そう思いながら夜の居間で一人座っていた、その時だった。


 ピンポーン。


 場違いなほど、はっきりとした音。


 セイカの肩がびくりと跳ねる。

 時計を見る。夜九時を少し回ったところだった。


 もう一度、インターホンが鳴る。


 心臓が早鐘を打つ。

 一瞬、出てはいけないと思った。

 だが同時に、その音には安心感があった。


 家の中で起きている異変とは、質が違う。


 玄関に向かう足取りは、震えていた。

 ドアスコープを覗く。


 そこに立っていたのは、見知らぬ少女達だった。何故か全員がサングラスを装着している。そしてその手にはコンビニのレジ袋が吊り下げられていた。


 真っ白で穢れの無い制服を身に纏った彼女達は、セイカが扉を開けるのを静かに待っている。


 セイカは思い出す。

 数日前、夜中に震える手で送った依頼文。

 誰にも理解されないと思いながら、それでも送ったあの一通の事を。


 インターホンが、三度目を告げる。


 その音は、死を知らせるものではなかった。

 セイカはゆっくりと鍵を開けた。


「こんばんは。貴女を助けに来ました」


 玄関の生暖かい風の向こうで、希望が静かに立っていた。

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