第52話 おっ、棚からコンテンツ

 玄関の鍵が回る音は、やけに大きく響いた。


 扉が開いた瞬間、外の夜気が家の中へと流れ込む。

 生ぬるく、湿った空気がわずかに揺らいだだけで、家はそれを拒むように軋んだ。


「……継乃木つぎのぎセイカです」


 セイカの声は小さく、掠れていた。

 少女たちは無言で一礼し、靴を脱いで上がる。


 セナノが一歩、敷居を越えた瞬間だった。

 彼女は反射的に足を止め、眉をひそめる。


「……これは」


 言葉にしなくても、理解してしまった。

 玄関を境に、空間の意味が変わっている。


 家の中は整っていた。

 掃除も行き届き、生活の痕跡もきちんと残っている。

 だが、その全てが妙に整いすぎているのだ。


 エイもまた、サングラスの奥で目を細めていた。


「……ここ、があります」


 セイカが息を呑む。

 そして諦めたように肩を落とした。


「……やっぱり、ですか」


 その一言で、

 彼女が何を疑い、何を恐れていたのかが伝わってきた。


 居間に通され、全員が座る。

 コンビニ袋が畳の上に置かれると、その音に反応するように、天井のどこかでコトンと、何かが鳴った。


 セイカの肩が強張る。


「今の……」

「大丈夫」


 セナノは即座に言った。

 声は落ち着いているが、その視線は鋭い。


「確認されただけよ。まだ、実行段階じゃない」


 エイが続ける。


「この家にいる異縁存在は、すぐに殺すタイプじゃありません」


 その言葉は、

 安心よりも先に、別の恐怖を呼び起こした。


「……じゃあ、どういう……」


 セイカの問いに、セナノは一度、部屋全体を見回す。


「この家にいるのは神でも幽霊でもない。理由がある死を作ろうとする存在」


 その瞬間、空気がわずかに沈んだ。

 エイは床に手をつき、そっと目を閉じる。


「……やはり、家自体が迷宮になりつつありますね」


 セイカの喉が鳴る。

 彼女達の言葉の全てが理解できるわけではない。

 しかし、その迷宮と呼ばれるものが恐ろしいものであることは十分に伝わった。


 仏間の方から、かすかに線香の匂いが漂ってくる。

 今夜は、誰も焚いていないはずなのに。

 セナノは、はっきりと頷いた。


「確定ね。この家には、信罰が根を張っている」


 セイカは、震える手を膝の上で握りしめる。


「……助けてくれますか?」


 それは祈りに近い問いだった。


 エイとハカネは即答しなかった。

 代わりに、二人はセナノを見る。


 セナノはセイカと目を合わせゆっくりと、だが確かな声で言った。


「助けるわ」


 その言葉に、家のどこかでギィと床が鳴った。


 まるで、それを聞いていたかのように。


 セナノは立ち上がり、ヒバリのケースに手を掛ける。

 信罰自体に構文焼却は意味をなさない。

 しかし相手に自身を意識させるには、NARROWという存在は大きい。


 セナノは自信満々に笑顔を作り、胸を張る。


「安心しなさい! 私達がいるからにはもう大丈夫よ! 今夜から、ここに泊まって守ってあげる!」


 セイカが驚いて顔を上げる。


「え……?」

「信罰は部外者を嫌うわ。だから、次に襲われるとしたら私達三人よ」

「えっ」


 ハカネが顔を上げてセナノを見る。

 その顔は、明らかに知らされていない顔だった。

 対してエイはレジ袋の中にあるお菓子をいつ食べられるのか気になってソワソワしている様子である。


「急でしょうけど、受け入れて頂戴。事前に知らせたら、貴女達への裁きが早まる可能性があったよ」

「成程……わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」

「任せなさい!」


 居間の灯りが、一瞬だけ、揺れた。


 だがそれは、これまでの異変とは違う。


 家が初めて、抵抗される側に回ったその合図だった。







 という事でお泊りが始まった訳である。

 滅茶苦茶に心配なのだが、大丈夫だろうか。


『エイ、今は男なのですからそれをここぞというタイミングでお見せするのですよ?  一見して女だった子が男の娘だった時の衝撃は異縁存在すら生み出しかねません!』

『じゃあやっちゃ駄目なのでは?』

『^^』

『やります』

『よし!』


 部屋の隅で足を延ばしてぐでっと座っている上位存在に誰も気が付かないの怖いよぉ……。

 なんなら今一番脅威なのってアイツだからね? 信罰とかいう異縁存在よりもあいつの方がやばいからね?


『ソラ、ここの異縁存在はパパッと殺せないの?』

『そんなのつまらないですよ。無双系にも作法というものが存在します』


 ほら、これだもんね。

 殺そうと思えばいつでも殺せるものを放置しておくなんてやっぱり倫理感が欠如してやがるよ。

 死人が既に出てるんだぞ!


『それに、それじゃああの人間の心が傷つきませんよ?』


 ……ん?


『あ、あのそれってどういう意味ですかね……』

『あの人間の心が摩耗し、やがてエイとのずぶずぶ共依存可変百合へと堕ちていく。その為の仕込みはかかせません!』

『やばい事言ってるなぁ』

『後輩の前ではより強がってしまうでしょうし、その分心の柔らかい所をエイが支えてあげましょう! その為なら信罰の改良も辞さない覚悟です!』

『絶対に止めてね』

『【異縁存在アップデートのお知らせ】環境における信罰の使用率が他異縁存在と比べて著しく低いため、能力を一部上方修正しました』

『えっ、したのぉ!?』


 俺は辺りを思わずキョロキョロ見渡す。

 その姿を見て、ソラは俺を指さしケラケラと笑っていた。


『焦ってますねぇ。もう、すぐ私の言う事に反応するんですから』

『な、なぁんだ冗談か』

『……^^』

『えっ、冗談だよね?』


 怖がっている所を見て楽しんでいるだけだろう。

 まさか、本当に異縁存在を勝手に強化しやがった訳が無い。


 ……ないよね?


「エイちゃん、どうしたの。そんなにキョロキョロして」

「あ、いえ、その……視線を感じるような気がして……」


 ハカネちゃんに気が付かれた俺は咄嗟に誤魔化すための嘘をつく。

 まあ異縁存在ハウスだし、そう言う事もあるやろ!


 そう思って適当な事を言ったのだが、それに応えるように扉がガタリと音を立てる。

 見れば扉の隙間から誰かがこちらを覗いていた。


 俺の視線の先に気が付いたのか、セナノちゃん達もそれを確認する。

 その瞬間の彼女達の行動は早かった。

 ハカネちゃんは守る様にセイカちゃんの前に立ち、セナノちゃんはギターケースに手を掛けていた。

 俺だけが遅れて反応してしまい、とりあえず首を傾げる。

 

『監督、異縁存在の上方修正はデマじゃなかったんですか!』

『あれは異縁存在ではありませんよ』

『え?』


 全員の視線が扉に向かったその一瞬の隙を突いてお菓子を一つレジ袋から抜き去ったソラは封を開けながら告げる。

 改めて俺は扉の向こうにいるそれに目を凝らす。

 ……視線が低い、子供だろうか。


「あ、ユウト。起きちゃったの?」


 セイカちゃんはそう言って立ち上がる。

 そしてセナノちゃんとハカネちゃんに申し訳なさそうに笑った。


「ごめんなさい。あれ、うちの弟です」

「ああ、確かに依頼書には弟もいるって書いてあったな。じゃあ、あの扉の向こうにいるのがそうなんだね。おいでー!」


 ハカネちゃんはそう言って笑顔を向ける。

 

『続きなさい』

『はい』


「怖くないですよー。出て来てくださーい」


 俺は笑顔でユウト君を呼ぶ。

 後輩系美少女と可変式無垢美少女(おすのすがた)に笑顔で呼ばれたのが効いたのか、扉が開く。

 そこには、モジモジしながら俺達をちらちらと見るちっちゃな男の子が立っていた。


『おっ、来ましたね。コンテンツが』

『勘弁してやってください……』

『美少女ばかりの部屋に連れ込まれる男の子。さあエイ、ここからは速度勝負ですよ。あの人間共よりも早く初恋を奪うのです……!』

『それは流石に非道だよぉ!』

『いいえこれが王道です!』


 可変式が王道なわけねえだろ。


 

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2026年1月20日 20:00

因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 不破 ふわり @hrl

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