第48話 空VS海VS人間(矮小)

 日本にはいくつかの災主級が存在するが、明確な格付けというものはない。

 それは、災主級同士が本気で互いを滅ぼそうと争った時に観測できる手段が人間に存在しないからに他ならなかった。

 災主級が争えばまず最初に滅びるのは人間である。

 故に、災主級で一体誰が最強なのか、など所詮は机上の空論に過ぎない。


 それは空澱大人と潮哭ノ巫女も同じであった。

 両者ともに人間に管理され、異縁存在を制御するための異縁存在。


 空と海という管轄の違いこそあるが、その役割は同じである。

 故に同格。

 争えばどちらが勝つかわからない。

 それが縁理庁の見解であり、常識であった。


 だからこそ、その常識が覆されたと言われても誰も信じないだろう。


「ふぅ」


 空澱大人はまるで運動後のように額の汗をぬぐい、爽やかな笑顔を浮かべている。

 まるで駆けっこをしたかのように無邪気な表情だが、辺りの光景は恐ろしいものであった。


 戦いが終わった瞬間から、迷宮はまるで呼吸を止めたように静まっている。

 さっきまで渦巻いていた潮圧の波動も深海の咆哮も、現実を歪ませるほどの水位の錯覚も全てが音もなく消えた。


 残ったのは空の裂け目だけである。

 空澱大人の迷宮に支配されたこの空間は本来の大気の色や構造が塗りつぶされたように青白い。

 青は空の色ではない。観測可能性そのものの色だ。

 仮にこの場に人間が放り込まれれば、網膜を焼く程の青にすぐに気が狂うだろう。


 地面は地面として存在していない。

 ただ、必要だからそう見えているだけなのだ。


「……ぅぁ」


 潮哭ノ巫女は、その中心に倒れていた。

 海原ミナコの姿をしているが、彼女の身体の輪郭は今も波紋のように揺れている。

 彼女の周囲には水はない。けれど、水音だけが絶え間なく響いていた。


 空澱大人が与えた打撃。

 それは肉体を破壊するものではなく、潮層そのものを切断したのである。


「私相手に声が通用する訳ないでしょう? 言霊系の能力を使うキャラが格上に勝ったコンテンツなんて存在しないんですよ^^ かませ筆頭みたいな能力の癖にイキるからこうなるんです^^」

「……ぅ?」

「本来なら殺したいところですが、お前にはコンテンツ的利用価値がありますからね^^」


 潮哭ノ巫女の背から漏れるのは血ではない。

 淡い光を帯びた液体の概念がゆっくりこぼれている。

 それが地面に落ちると床が一瞬だけ海底のように揺らぎ、すぐに消えた。


「……はぁ、……っ……何を言ってるのかな……」


 ミナコの息が掠れる。

 声は確かに人のものなのに、その響きは深海からの反響のようだった。


 空澱大人は彼女の前に立っている。

 少女の姿をとっていても、その影は少女のそれではなかった。

 影が落ちていないのに、地面の模様がそこだけ欠損している。


「死体を手に入れたくらいで私と同格になれると思いましたか?」


 空澱大人は潮哭ノ巫女を見下ろすが勝者の気配も、興味もなかった。

 ただ、観測している。

 それだけだった。


 空は裂けたまま閉じない。

 あの青い眼のような光が、ぼんやりと迷宮全域を見下ろしている。


 潮哭ノ巫女がうずくまったまま顔を上げた。

 その瞳には疑問の色が強く浮かんでいる。


「……まだ……殺す気は、ないんだ……ね……」


 空澱大人は返事をしない。

 代わりに、迷宮の青が淡く瞬いた。


 その瞬間、潮哭ノ巫女の体が強制的に底へ押し戻される。

 海の底に沈むように、深い青の揺らぎへと沈んでいった。


 と、その時だ。


「これを読みなさい。そして理解すると良いでしょう」


 沈み際、潮哭ノ巫女の傍へと空澱大人が何かを放り投げる。

 それは彼女の体と共に沈んでいった。

 果たしてそれがハーレムラブコメ漫画だったと誰が理解できただろうか。


「1巻から15巻まで貸してあげます。後で返してくださいね」

「……いみの、わか、ら……」


 何か正当な文句を言いながら潮哭ノ巫女は最後には沈んでその姿を漫画と共に消してしまった。


 しかし、世界から完全に消えたわけではない。

 海が再び満ちるように、必ず戻ってくるだろう。


「お前のような存在は負けヒロインにぴったりです。その座は既に用意していますから、次は同じ土俵でやり合いましょう^^」


 迷宮の空気がひとつ震えた。

 空澱大人が視線を上げる。


 青白い空の裂け目が、今度はゆっくりと閉じ始める。

 この戦いの記録は必要ないと言うかのように。


 そして、青い世界は解けるように消えて行く。


 それは二柱の災主級の戦いが終わったという証であり、同時に二つの異縁存在の間で明確な格付けが為されたという歴史的瞬間でもあった。





 


 どうしよう。ソラが全然戻ってこない。

 それだけなのに、あまりにも不安過ぎて吐きそうなんだが。


 俺は今、セナノちゃんに寄りかかって眠る事でコンテンツを生産していた。

 監督がいない今もこうして俺は真面目に働いているのである。


「うーん、むにゃむにゃ(演技◎)」


 それにしても不安だ。

 こういう時は大抵傍にいて、このコンテンツを享受しているのだが……。

 

 俺は薄目でこっそりと周囲を探ることにした。

 セナノちゃんに気付かれないようにそっと片目を開ける。

 その瞬間、妙にはっきりとした青い空が視界に飛び込んできた。


「……!?」


 声を出さなかった俺を褒めて欲しい。

 朝焼けとか光の加減とか全て無視して、完全に真っ青な空。

 それを見て寝たふりを続けられるのだから、頑張った方だろう。


 というか、空青くね?これ、やばくね?

 セナノちゃんがこれを見ても何も言わないのも怖いし。

 絶対にソラが何かマズイ事をやっているだろうという気がしてならない。


『やっ、お待たせしましたね』


 うわ来たよ。何かマズイ事をしている上位存在が。


『ソラ、どこに行っていたの? ずっと探していたんだよ?』

『そんなに私の事が大好きだったんですか!? 相思相愛ですね! 100天移ポイント!』


 踏んだり蹴ったり。


『で、何をしていたの?』

『別になんてことはないですよ。すこーし、潮哭ノ巫女をしばきまわしただけです』

「っ!?」

「うわっ、びっくりした! エイ、どうしたのかしら」


 予想通りのやばい答えに俺は思わず飛び起きる。

 セナノちゃんが驚いて目を丸くしているのを見て、俺は咄嗟に笑顔を取り繕う。


「お腹が空いてしまって……」

「ふふっ。もう、食いしん坊ね。後少しここでゆっくりしたら、朝ご飯にしましょうか」

「はい!」


 危ない危ない。

 うっかり素が出てしまう所だった。


『ナイスカバー!』


 君のせいだからね?

 というか、凄い事を言っていなかっただろうか。


『潮哭ノ巫女って、ミナコちゃんだよね?』

『はい』

『……しばいたの?』

『はい!』

『そっかぁ!』

『本当はぶち殺したかったんです。エイとこの人間に、食べ物を与えようとしたので。災主級が食べ物を与えるなんて、一方的な契約になってしまいますからね』

『あのおにぎりそんなに危なかったの!? ……ん? じゃあソラがくれた『それよりもエイ、これから忙しくなりますよ! 恋のライバル登場です!』……え?』

『潮哭ノ巫女にハーレムラブコメ漫画を学習させることにしました。次に奴が現れるときは、活発褐色高身長ヒロインになっているでしょう。この人間を取り合って、恋のバトルです!』

『なんて?』

『安心してください! 最後に勝つのはもちろんエイです! 最後に勝つ事が決まっているのなら、どんなに引き裂いて悲惨な目に合わせてもOKですね! ちなみに勝利内容はこちらの独断と偏見で決めます^^』

『待ってソラ、俺を置いていかないで。話を進めないで』


 笑顔でセナノちゃんと一緒に空と海へと視線を向ける。

 いつの間にか嘘のような青さは消え去り、鮮やかな朝焼けがいっぱいに広がっていた。


『楽しくなってきましたね!』

『っすね』


 今日も、暑くなりそうだなぁ(現実逃避)



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