第47話 監視衛星【SKY-9】観測ログ

最初の異常値が表示された瞬間、観測基地の空気は一気に張りつめた。


「……待って、これ誤差じゃないの?」

「誤差ならいいですが、重力分布が負の値を取っています。そんな誤差がありますか?」


 大型ホログラムに映し出された日本列島が、薄く震えていた。

 震源も地殻変動もないのに、地形そのものが揺らいで見える。


 早朝、眠気と戦いながらの観測を行っていた彼らの間には異常に対する緩やかな警戒心が生み出されていた。

 何かあっても誤差であって欲しいという希望的観測が、その小さな異変を取るに足らないものであると認識させている。


 しかし、観測班の若い縁者の言葉が状況を一変させた。


「空の観測データが拒否されました! SKY-9が応答しません!!」


 瞬間、室内がざわりと揺れるようにざわめいた。


「待て、それはあり得ない。SKY-9は災主級を観測するための衛星だろ。それが停止するなんて……」

「だからだ」


 指揮卓に立つ縁理庁の中堅職員が低く言った。


「災主級を見る目だから、最初に潰された」


 観測画面が一斉に赤く染まる。

 大気光記録、海層データ、潮汐記録、空間振動ログ――どれもが計測不能を示していた。


「おい……海の深度が急変化って何だ!? 地殻変動が世界で同時に起きたってのか!?」

「深度じゃない! これは……海そのものが移動してる……?」

「そんな馬鹿な。物理法則が……成立してない……」


 観測班の中でも異縁学の博士号を持つ分析官が蒼白になった。

 災主級に対する情報の閲覧権限を持つ彼は、すぐにそれが何かを悟る。


「潮哭ノ巫女……!? だ、だが潮哭しおなきの周期はまだの筈。いや、この位相の揺らぎは……もう一柱……?」


 彼が言葉を続ける前に、別のモニターが悲鳴のような音を立てた。


《警告:SKY-9よりΩ級接触の最終信号を受信》


 大型スピーカーから、

 ノイズをまとったSKY-9のAI最後の音声が流れた。


「観■不可……■澱■人、■哭ノ■女。■家崩■恐れ■■」


 その瞬間、観測拠点の全員が凍りついた。


「二柱……!? 空澱大人と……潮哭ノ巫女……!?」

「ふざけるな……どっちか一柱でも都市ごと沈むんだぞッ!」


 ハードアラームが鳴り響く。

 それは縁者に国家崩壊クラスの緊急事案を知らせる特殊な鐘の音であった。


『観測不能規模・巨大迷宮展開の兆候』

『即時、縁理上層部へ報告せよ』


 指揮卓の主任が蒼白になりながら叫ぶ。


「全班員、最大優先でデータ収集! 廻縁都市の防衛障壁レベルを第四層まで引き上げろ! 潮圧と空層の同時干渉なんて、都市丸ごと消し飛ぶぞ!!」

「し、主任っ! 観測不能域が……拡大しています!!東側の空が……消えました……」


 観測班の一人が震える声で続ける。


「海も……海じゃなくなっています……。どこまでが潮哭の領域で、どこからが現実か……判定できません……!」

「判定できなくていい!!! 位置情報だけ追え! せめてどこで消えるかだけでも把握しろ!!」


 ホール全体に怒号とサイレンが鳴り響く。

 職員たちは次々と端末に向かうが、画面は次々に赤く、黒く塗りつぶされていく。


「主任! 廻縁都市の空間位相が共振してます! 異常波形は……災主級の迷宮同士が接触している時の……!」

「どうしてだ……どうして今なんだ……。何も兆候はなかった。何故、管理している筈の奴らが……!?」


 主任の声は震えていた。


 災主級二柱の戦闘――それは、都市がひとつ残らず地図から消える可能性すらある事態。


 観測局の大パネルには、たったひとつの文字が点滅していた。


『日本列島:位相崩壊の危険あり(Ω)』


 ここにいた誰もが世界の終わりを予感した。

 と、その時である。


「……蝉の声?」


 どこからか聞こえてくる蝉時雨と、真夏日差し。

 それが異縁存在の影響であると理解した者達は顔を青くしながらも叫ぼうとして――。






◆ 監視衛星 SKY-9 観測ログ(抜粋)


機密区分:縁理庁 Ω-Black

記録番号:SKY-9 / EARLY-MORN-2000 / EVENT-Δ32

対象:EN-XF-SORA-0815-ACT2(空澱大人・疑似形態

   EN-Ψ-7779-JP(潮哭ノ巫女・発現体)


■ 04:10:56 JST — 通常観測


日本列島東側、夜明け前の自然光観測に異常なし。

大気輝度レベル:標準値 ±1%。


■ 04:11:08 JST — 第一次異常検知


《ALERT:光量異常》


東日本上空 18km範囲において大気散乱光の瞬間停止を確認。

太陽光の入射角と整合せず。


顕現現象:「自然光が物理的に遮蔽されていないにも関わらず失われてる」


SKY-9解析結果:

推定原因:高次干渉(EN-XF-SORA 系統確率 83.3%)


■ 04:11:44 JST — 観測対象の出現


拡大映像にて地上に 2つの異常輝点 を確認。


仮称輝点Aと輝点Bは共に温度、形状、未検知(測定拒否)


SKY-9解析結果:

「輝点A=空澱大人の疑似媒介体」「輝点B=潮哭ノ巫女」


■ 04:12:33 JST — 大気構造破損


《CRITICAL:大気上層に亀裂類似構造発生》


現世界構造では存在しえない白色裂紋を観測。

雷雲・温度差・重力変動の関与なし。

亀裂内部に白い眼の様な模様を断続的に検知。


SKY-9解析結果:

「空澱大人の観測可能化反応と一致」


同時刻、海面域の位相が平均6.1cm 上方へ錯移。

※物理的移動ではなく海の概念の位置調整。


SKY-9解析結果:

「潮哭ノ巫女の『潮圧位相』発動」


■ 04:13:01 JST — 地表安定性の低下


《SYSTEM WARNING:重力異常》


地表の重力分布に ±0.6〜0.9%の乱れ。

数値は地震でも潮汐でも説明不能。


《SYSTEM ERROR:海流データ停止》


日本海・太平洋、双方で海流計測がデータ拒否。

海そのものが流体として認識されていない可能性。


SKY-9 緊急出力:

「観測された迷宮は現実層との重複度100%」

「被害規模:国家消失級(Ω)」


■ 04:13:42 JST — 迷宮の直視不能化


映像に黒いフィルタ類似の暗転発生。

実際には撮影機能正常。

空澱大人の迷宮が空そのものに記述されていると判断。


映像に少女影を一瞬捕捉。

SKY-9識別:

「輪郭固定不能=空澱大人の特性と一致」


■ 04:14:05 JST — 海側の超常変動比率上昇


海深度計が500km範囲で「深度錯誤」を連続記録。


海が髪のように揺れる映像データを取得。

揺れは風の影響ではなく、潮哭ノ巫女の潮層反転と判定


SKY-9注釈:

この揺らぎは海が『別の場所にある』時と一致


■ 04:14:16 JST — 迷宮の衝突予兆検知


空澱迷宮と潮哭迷宮が接触。

世界の基盤音が 0.4Hz 変化。

自然界に存在しない周波数。


SKY-9緊急出力:

「ふたつの迷宮が混じらないまま接触=世界構造の軋み」

「限界値突破の可能性:95.2%」


■ 04:14:22 JST — 最終警告


SKY-9最終判定:

〈災主級二柱による位相衝突:国家消滅リスク(Ω級)〉

〈即時に地上縁者の介入を推奨〉

〈これ以上の観測は衛星の構造破損を招く恐れあり〉


映像記録ラストフレーム:

迷宮境界に立つ二人の少女。

波紋と裂紋が世界を挟んで対峙。

大気・海・大地すべてが静止。



[FATAL] EVENT-Ω-LEVEL: CONFIRMED

[FATAL] Unable to continue observation


[AI FAILSAFE] 異常判定:

「観測はシステム構造の破損を招きます」


[AUTO SHUTDOWN] 全観測スレッドの保護停止開始


[[FATAL] EVENT-Ω-LEVEL: CONFIRMED

[FATAL] Unable to continue observation


[AI FAILSAFE] 異常判定:

 「観測はシステム構造の破損を招きます」


[AUTO SHUTDOWN] 全観測スレッドの保護停止開始


[SYS-LAST] メッセージ:

「観測中止。記録終了。これ以上の観測は成立しません。-LAST] メッセージ:「観測中止。記録終了。これ以上の観測は成立 観測中止。^^記録終了。これ以上の観測は成立しませ S-LAST] メッセージ:「観測中止。記録終了。これ以[SYS-LAST] メッセージ「観測中止。記録終了。これ以上の観測は成立しませ







SKY-9最終判定:

 観測スレッドを削除。

 空も海も異常なし。

 今日も良い一日を^^

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