第42話 これぞ、呉越同舟ってやつだ

 村は、灯らぬ社との大規模な戦闘があったとは思えない程に穏やかであった。

 夕日が山を照らし、辺りに色濃く影を映し出す。

 昼は青々としていた海面も、今は作り物めいた橙色に乱反射している。

 遠くに聞こえるひぐらしの声はセナノの中にある帰巣本能をくすぐった。


「エイ……」


 活動拠点としてあてがわれた民宿の一室で、セナノはエイを看病していた。

 時折苦しそうにうなされている彼女の額をそっと撫でて、セナノは唇を噛む。


(本来は私が助けるべきなのに)


 灯らぬ社との戦いと、潮哭ノ巫女を名乗るミナコとの対峙。

 そのどちらも、エイがいなければ違う結果を迎えていたかもしれない。


 今セナノは報告書を満足に書き終え、五体満足で生きている。

 その代償を全てエイが支払っていたとしたら、そう考えてしまう。

 気を紛らわそうと、セナノは開けた窓から外を眺める。

 海と山を一度に堪能できるその景色はまるで一枚の絵のようだった。


(エイが見たら喜んでくれたかしら……)


 苦しそうに呻くエイの手を握り、セナノは昼に見た彼女の笑顔を思い出す。

 そしてしばらくじっとエイの顔を見つめ、唐突に自身の頬を叩いた。


「……っし! くよくよするなんてS階位じゃないわ! この子が寝ている間にさっさと終わらせて、後は観光でもすればいいじゃない!」


 自分自身にそう宣言する彼女の顔は先ほどとは違い影が見えない。

 まっすぐで自意識過剰な笑みを浮かべるその姿は、いつものセナノであった。


「まずは灯らぬ社があそこに現れた原因を探らないと」


 自分に出来ることから取り掛かろうとしたその時、窓の外から聞こえる波の音がひときわ強く聞こえた。

 それから間もなく窓枠に誰かが手を掛け、ひょいと軽い調子で中へと入ってくる。

 止める間もなく中へと入ってきたのは、小包をわきに抱えたミナコであった。

 

「ごめんごめん、待たせたね」


 その巨体に見合わぬ身のこなしで音もなく部屋に転がり込んだミナコは、笑顔をセナノに向ける。

 人懐っこい笑顔は夕日に照らされ影を作り出していた。


「ミナコ……」

「え、どうして私を睨んでいるの? もう、心配しないでよ私は敵じゃないって。そのつもりなら、君達をここに案内しないでしょ?」


 警戒を隠さないセナノを前にしてもミナコは不快感をあらわにすることはなく、座布団を勝手に取り出し胡坐をかいた。

 そのマイペースな行動にセナノは文句の一つでも言ってやろうと考えていたが、突き出された小包に邪魔をされる。

 小包を押しのけて、セナノはムスッとしながら問いかけた。

 

「何よこれ」

「おにぎり。さっき作って来たんだよ。私、こう見えて料理が得意なんだ。班長達にも評判なんだよ」

「……そう」


 差し出された小包を開ければ、ラップで包装されたおにぎりが二つ入っている。

 それも随分と大きかった。


「二人で分けてね。いくら美味しいからって、独り占めは駄目だよ?」

「別にしないわよ」


 そう言ってセナノはおにぎりを机の上に置く。

 

「食べないの?」

「今はそういう気分じゃないわ。それに、やる事があるでしょう」


 セナノは窓から見える山を指さした。

 山は何事もないかのように、木々を潮風に揺らしている。

 生き物のように蠢く姿は、その最奥に潜むものが誘っているようにも見えた。


「灯らぬ社を処理するわ。そのための準備をしないと」

「おお、じゃあ私と協力してくれるんだね! なーんだ、私の事を疑っていたのかと思ったよ! これぞ、呉越同舟ってやつだ」

「それ、結局貴女が敵って意味じゃない」

「えっ、じゃあ今の無し。ごめん!」

「……はあ、もういいわ。貴女に関してはまだわからないことが沢山あるけれど、それはそれよ」


 ここにセナノ達が赴いたのは灯らぬ社という異縁存在を処理するためだ。

 イレギュラーにより目的を見失うようではS階位は務まらないだろう。


「貴女の事は後回し、まずは今夜中に片付けるわ」

「今夜?」

「ええ、そうよ。灯らぬ社の幼体といい、おかしなことが起きているわ。これ以上異変が発生して村に被害が出ない内に処理をしないと」


 真面目な顔でそう告げたセナノを見て、ミナコは少し時間をおいてから思い出したかのように手を上げた。


「ああ、あの灯らぬ社の幼体は私の出したやつだよ」

「はぁ!? じゃあやっぱり貴女は敵「じゃないじゃない! 色々、理由があったんだよ!」……言ってみなさい」


 本気で問い詰めているセナノに対して、ミナコはいたずらを咎められた子供のように肩をすくめる。

 

「灯らぬ社を倒せるかテストをしたかったんだよね。今までの縁者が全然頼りにならなかったからさ」

「……今まで来た縁者?」

「うん。一か月前に四人、三か月前に三人。どっちも灯らぬ社を処理に来たって言っていたけど、ぜーんぜん駄目。地元の縁者としてサポートするのも飽きちゃったよ」

「その話は本当なのかしら。記録にはそんなものなかったけれど」


 セナノは任務の前に記録全てに目を通す。

 そうして対抗策を見つけ、安全かつ確実に異縁存在を処理するのだ。


 前任者が失敗した情報は値千金。

 彼女が忘れるわけがない。


「来たよ、本当に。でもね、みーんな消えちゃった」


 手をぱんと叩いてミナコは笑った。

 今まさに、どこかで誰かが消えてしまったのではないかと錯覚してしまう程に一瞬辺りが静寂に包まれる。


「……けど、なら記録に残る筈よ」

「無理無理。灯らぬ社はそういう異縁存在だもん」


 ミナコは変わらず笑顔で明るく告げた。

 それに反論しようとしたセナノだったが、少し前に後輩とした会話が脳裏に浮かび上がる。


『なんでも、縁者のデータベースに二班分のおかしな空白があったみたいでして。まるで、今までそこに誰かが登録されていたみたいなんです』


 与太話として一蹴したその話が、仮に真実だとしたらどうだろうか。


(……いや、あり得ないわ。そもそもあの噂はそれぞれ別の地区で起きているって話だったじゃない)


 本能的に導き出されそうになった答えをセナノは持てる知識と論理で否定する。

 しかし、どうしてもその可能性がぬぐい切れなかった。


(仮に、そういう異縁存在がいたとして。もしも各地に点在しているとするなら……)


 過程に過程を重ねて導き出した、想定の最悪な現実。

 それをセナノが否定する前に、ミナコは頷いた。


「そうだよ。ソレは点在している」


 口に出した訳でもないにもかかわらず、ミナコはセナノの言葉を肯定した。

 彼女は笑顔を崩さない。まるで、それが彼女にとっての素面であるかのように。


「アレはそこそこ危ない存在だ。だからさ、 私が試すのもわかるでしょ?」

「けど、それで被害者が出ているのよ。灯らぬ社に取り込まれた人だって……!」

「ああ、あのおじいさんはもう死んでいたよ」

 

 さらりとミナコはそう答えた。


「昨日漁に出て死んだ。高波に飲まれたんだ。でもね、最期にはその体を海に還してくれた。だからそれを使って疑似的に灯らぬ社を活性化させたんだよ。いやぁ、久しぶりに頭を使ったねー」

「貴女、異縁存在に死者を利用したっていうの!?」

「なんで怒っているの? ……ああ、大丈夫! お礼に、次の潮誘いまでこの村で暮らさせてあげる事にしているからさ。頑張った人間にはご褒美をあげないと」


 良い事をしたと頷きながらミナコは立ち上がる。

 そして山を見ながら言った。


「もうすぐ陽が落ちるよ」


 手を差し出して待つミナコは相変わらず笑っている。

 

「今夜中に処理するって言うなら、そろそろ出発しようか」

「……道中で色々と教えなさい」

「よし来た。任せてよ! 私、結構物知りなんだ!」


 水平線の向こうに陽が落ちようとしている。

 辺りが薄暗くなる頃、一人の縁者と異縁存在はその場を後にした。














 一方、残された一人の美少女と異縁存在は――。


『痛い痛い痛い痛い!』

『お、奴が動きますね。私達も少ししてから追いましょうか』

『いたたたたたたたたた!?』


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