第43話 何の変哲もないただの果物ですよ^^

 痛みは最初、ただ鋭く刺すだけだった。

 だが次の瞬間それは全身を焼き尽くす地獄へと変わる。


 骨の髄から熱せられるような激痛が走り筋肉はねじ切られ、皮膚が内側から裂けていく錯覚すら覚える。

 身体のどこが痛いのか分からない。

 痛みがあまりに広く、深く無秩序に押し寄せるせいで、自分の形が壊れ始めているように思えた。


 呼吸をするたびに肺が焼け、心臓が釘で打たれるように脈打つ。

 視界の端で色が滲み、光がひしゃげ、世界そのものが自分の痛みに共鳴して歪む。

 苦痛のオールスターのようなこの現状が、上位存在の好奇心とコンテンツ欲だけで生み出されたものだと果たして誰が想像できるだろうか。


『あっ、やば』


 その痛みの渦中で奇妙な浮遊感が、ふっと身体を掬い上げた。


 重力が消えたように、身体が自分ではない何かに軽く持ち上げられていく。

 いや、堕ちているのだろうか。

 痛みの奔流と、ふわりと浮かぶ感覚が交互に押し寄せる。

 まるで、熱湯の中で溺れながら同時に雲の上に投げ出されているような、矛盾した感覚。


 上下も左右も分からず、苦痛と無重量の境界が曖昧になる。

 身体は確かに存在するのにその輪郭だけが削れ落ち痛みと浮遊感だけが残されている。


 世界が遠ざかっていく感覚があった。

 それなのに、自分の内部だけが燃えるように、切り裂かれるように鮮明なまま取り残される。


 地獄と宙の狭間で、意識は薄れ揺らぎしかし消えない。


消えることすら許されず、ただ痛みと浮遊の中で自分と言う存在が――。


「……はっ!?」

『ふぅ。危ない危ない^^』


 俺が目を開けたとき最初に感じたのは清清しいまでの解放感であった。

 まるで全てが自由になったかのように軽い体とクリアな思考。


 御空様、これは一体!?


『ソラ、なんか体が軽いんだけど。さっきの地獄みたいな苦しみは何処へ?』


 起き上がった俺は額の汗をぬぐいながら、口をもぐもぐ動かしているソラを見る。

 なんでこいつだけおにぎり食ってんだよ。


『エイ、さっきはごめんなさい』

『えっ?』

『苦しむエイがあまりに可愛いので、うっかり天移しちゃいました』


 俺は言葉を失う。

 上位存在のSMプレイに付き合っていたら危うく異界みたいなところにナイナイされるところだったようだ。


『まだまだエンディングには早いので、しっかり戻しておきました! その際、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ欠損したパーツを補うために異縁存在で体を補っておきましたので』

「……え? えぇっ!?」


 テレパシーを忘れて俺は思わず声を上げて自身の体を触る。

 しかしどう見ても今まで通りの体だった。


『な、何が変わったの……?』

『少しだけ頑丈になりましたよ。それ以外は……まあ普通の人間です』

『本当に?』

『はい^^ 私は問題ないと判断しました! 良かったですね、私と少しだけ近くなりましたよ』

『わ、わぁい!』


 ソラの問題ないという基準が引っかかるが、まあこいつも倫理感は学んでいるだろうし大丈夫だろう。

 アクシデントによる改造だったが、冷静に考えて見れば俺にとってプラスのイベントなのかもしれない。

 なにせ、体が頑丈になるのだから。


 これで少しだけ生き残れる確率が上がったぞ!

 後でセナノちゃんに自慢しよう!


『で、ソラは何を食べているの?』

『おにぎりです。海産物を使っていて……まあ、及第点ですね。これをあの人間とエイに渡そうとしたのは、後でおはなしが必要ですが』

『いいなぁ、俺にも頂戴よ。なんだがお腹が減っちゃった』


 俺がおにぎりへと手を伸ばすと、ソラはそれよりも早くおにぎりを取り上げ目の前でむしゃむしゃと食べ始めた。

 頬をいっぱいに膨らませるその姿はまるでリスのようである。

 上位存在が食い意地を張るな。


『もぐっ、もぐもぐもぐっ!』

『わかった。わかったから急がないでいいよ。もうそのおにぎり食べないから……』


 俺の言葉に安心したのか、ソラはゆっくりと咀嚼を始める。

 そして代わりと言わんばかりに何かを差し出してきた。


『……ん? これはなんだ?』


 ソラの小さな手に乗っているのは恐らくはイチジクであった。

 丸々とした立派なイチジクである。


 問題は、色が快晴のような青であったことだ。

 なにこれぇ……。


『ソラ、これは何?』

『^^』

『いやいや。口に物が入っているから喋れません、じゃないのよ』


 ソラはイチジクを食べるように仕草をする。

 うーん、でも俺も馬鹿じゃあないからなぁ。

 

『これ食べたら俺の体に悪い事が起きる可能性あるんじゃない?』

『^^』


 ソラは答えない。

 笑顔でおにぎりをもぐもぐしていた。


 普通の人間なら、この辺で警戒もせずに食べてしまうのだろうが俺は違う。

 この世界の異縁存在という厄ネタに触れ、その頭脳も転生者由来のスーパーIQを誇っている。


 見た目は既に尊厳破壊されて好き勝手にいじられているが、その頭脳と高潔な魂は依然として健在であった。

 よって俺はソラのありがたい申し出を断ることにしたのである。


『ソラ、俺はこれはいらないよ』

『食べなさい』

『はい……』


 へへっ、おいらが御空様に逆らうはずがないでさぁ!

 村の神様からのお恵みを拒否する訳がねえでしょ!

 だから蝉をしまってくだせえ!

 なまじさっきの地獄の苦しみが残っているから、少し威圧されただけで体が従順になっちまうんですわ!


『嬉しいなぁ!』


 俺はソラから真っ青イチジクを受け取る。

 ずっしりとした重みは、中まで果肉が詰まっていることが良く分かった。

 

 受けとったイチジクとソラを交互に見る。

 彼女は何も言わず、じっと俺がそれを食べるのを待っていた。


『い、いただきます……』


 俺は意を決してイチジクを齧る。

 その瞬間、味覚が拓かれるような感覚があった。


「うっっっっっま!? えっ、ナニコレうまぁ!?」


 皮は薄く、すぐに果肉へ溶け入り舌の上でぷちりとほどけた瞬間に蜜の甘さが一気に溢れだす。

 砂糖とは違う自然の甘みと酸味の均衡。

 やわらかく、濃厚で、それでいてしつこくない。


 華やかでありジューシーでもあるそれはまさに、「実り」という言葉そのものだった。


『ソラ、これめっちゃ美味いよ! どこで採ってきたの!?』

『うんうん^^』


 ソラは満足そうに頷く。

 そして窓の外を指さした。

 山の麓に広がる丘は、昼に俺達が激戦を繰り広げたところである。


『あの場所で、これからこの果物がクッソ大豊作になりますよ!』

『えっ、それは……うーん、でも体に害はないんだよね?』

『はい! エイに食べさせたものよりも人間向けに合わせたただのやたら美味しいイチジクです!』

『うーん、ヨシ!』


 おじいさん良かったね。

 二度と大根や白菜は育てられないけど、食欲減退色のイチジクが大豊作だよ!


『さて、食べたなら行きましょうか!』

『え、どこに?』


 ソラは満足そうにお腹を撫でながら立ち上がると山を指さす。


『今、潮哭ノ巫女と人間が灯らぬ社を処理するために山に向かっています。今から追いかけて、私達で処理しましょう!』


 まるで花火でもしに行くかのような軽い口調でソラは提案する。


『でも潮哭ノ巫女ってソラの同僚なんでしょ? それにセナノちゃんがいるなら安心じゃない?』

『確かに勝てるでしょうね。しかしエイ、私達がここに来た目的はなんですか?』

『灯らぬ社を攻略する事』

『そう、コンテンツを拡張し今後の展開に備える為です』

『はい、そうでした』


 絶対に違う……。


『いいですか、エイ。今の貴女の無垢さは狂気でもあるという事をあの人間に印象付けるんです。異縁存在と人間の狭間にいるエイという無垢な少女と人間の関係性を構築しましょう!』


 監督は元気だなぁ。


『昼間の貴女は善意故に戦いました。しかし夜の貴女はあの人間に見限られたくないという醜い感情から空澱大人の力を解放するのです』

『ウィッス』

『それじゃあエイ』


 ソラは笑う。

 夕闇を吹き飛ばしてしまうような青空に似た笑みで。


『蹂躙しますよ』











【縁理庁簡易報告書】


文書番号:EN-2734-JP

異縁存在名:緋熟ひじゅく

危険階級:B級(接触危険)

分類:寄生性・感覚誘導型異縁果実

封縁状態:■■により完全封縁


■ 概要


 和歌山県北部の露店市場にて、「極めて甘い香りがするが一口食べた途端に失神した」という複数の市民通報から調査が開始された。

 現地で回収された果実の一部が異常な自己再生性を示したため、現地縁者の判断により異縁存在として暫定封縁。


 初出は不明だが近隣住民の証言によれば■■年前から時折、季節外れに実る謎のイチジクが出回っていたとされる。


■ 外観・形態


一見すると熟れたイチジクに酷似するが、以下の特徴を有する。


果皮は濃い紅紫色だが、微弱な脈動が確認される。

切断時、種子部分が心臓の筋繊維に似た構造で蠢く。

香りは強く甘く、人を惹きつける誘因性がある。

破壊しても90分以内に再構成され、元の形状へ戻る。

※栄養価分析は正常だが「果肉」ではなく「疑似組織」で構成されている。


■ 確認された異常現象


1. 味覚依存誘導


摂食者は「もっと食べたい」という強い欲求を示し、短時間で意思決定能力が低下する。

1口のみでも5〜10分で軽度の陶酔感が発生。


2. 触れた者の感情吸収


果実に触れた人間から微弱な情動エネルギーを吸い取る。

特に「幸福感」「安堵」「快楽」に強く反応し、果実内部の脈動が強まる。


3. 召し口(嚥下口)形成


一定量の情動を吸収すると果実の割れ目が拡大し、小型の歯列構造が観測される。

この状態で摂食すると、口腔内を内側から噛まれる事例が発生。


4. 宿り


ごく稀に、摂食者の腹部X線に種子状の影(直径1cm)が複数確認される。

影は48時間以内に消えるが、以降1週間ほど「強い甘味の匂いを感じる」訴えが続く。


■ 推定由来・危険性


本存在は、人間の情動を栄養源とする寄生性異縁果実で意図的に「美味」という感覚を偽装して接触者を増やす知性段階が疑われる。


現段階では致死性は低いが、


・依存性

・情動吸収

・口腔損傷

・体内への一時的宿り


が確認されており、放置すれば高階級へ変異する可能性が高い。


■ 現在の封縁


 回収個体は■■■■の■■が機能するか確認するための実地試験に利用。

 ■■後、緋熟が現地で確認された様子はなく無事に■■■■により処理できたと判断し当異縁存在を完全封緑済みとする。

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