第41話 痛いのは気持ち良い、ですよ
潮哭ノ巫女って、なんだ……?
名前からして厄ネタなのは確定なんだが。
『潮哭ノ巫女……!』
『知っているのかソラ!』
『はい。奴は私の様に対異縁存在に特化した異縁存在です。早い話が同僚ですね』
『同僚……って事はもしかして、災主級?』
『^^』
『その笑みは肯定かぁ』
『と言っても、奴に意思はなくコンテンツなんて理解できないでしょうけど。所詮は人間に良いように利用されているだけの哀れな異縁存在ですよ』
なるほど!
じゃああっちの方がまともだな! ヨシ!
『まあ、完全な制御ができないから周期で人を集団自殺させているんですけどね』
なんなの?
災主級ってやばい奴しかいないの?
じゃあ今は実質災主級二体が日本で野放しになってるって事?
こんな小っちゃい島国で化け物が二匹?
『エイ、気を付けてください。奴は私と違って倫理感がありません』
『ん?』
『一体、何を仕掛けてくるか。もしもエイを奪おうとしているのなら戦争ですよ。天移しまくりです』
『穏便に済ませるから絶対に止めてね。というか、俺達を助けてくれたんじゃないの?』
『あの灯らぬ社は奴が出した物ですよ。恐らくは
後ろの花嫁見てもう一度言ってみてくれよその台詞。
バケモンマスターって君だけじゃないのかよ。
その遷海と天移何が違うのか教えてくれ。
『とにかく警戒してください。まあ戦ったら余裕で私が勝ちますけどね。面倒であることに変わりはないので』
『わかった』
『それと、大苦痛が来るまで二分を切りました』
『わかりたくなかった』
『潮哭ノ巫女を前に、力を使いすぎたエイは一体どうなってしまうのでしょう!……あ、もしも本当にピンチになったら助けるので安心してくださいね!』
『至れり尽くせりだなぁ!(やけくそ)』
■
それは世界の終わる予兆である。
セナノはそれを肌で感じ取っていた。
照りつける太陽と、濃くなっていく磯の香り。
蝉時雨と潮騒はまるで互いの存在で塗りつぶす様にその激しさを増しており、まるで夏の全てをこの場所に無理矢理閉じ込めたかのようだった。
全てが目の前にいる二人の少女の仕業であると言われて、果たして誰が信じるであろうか。
「潮哭ノ巫女? ミナコ、貴女は一体何者なの?」
中でもセナノが警戒していたのはミナコという少女であった。
海原ミナコ。
灯らぬ社の観測班である縁者だ。
特筆すべきはその身長程度なものであり、それ以外には目立ったものはない。
NARROWだって所持していない、どこにでもいる縁者である。
少なくとも、少し前まではそうであった筈なのだ。
「セナノさん、離れてください。その子は危険です」
今まで聞いたことのない切迫して刺々しいエイの言葉は信用に値した。
彼女は頷くと一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「うーん、答えた筈なのに疑問が増えちゃったかぁ。というか、潮哭ノ巫女の名を知らないって本当? あの大災害を収めたのは私なのに?」
その言葉にセナノは答えない。
視線はエイに向いており、頭上には既にヒバリが旋回していた。
(伽骸ノ嫁とヒバリがいる。それに、あの空の青さを見るに空澱大人もいつでも顕現できる状態。出方次第ではいつでも倒せる)
エイを頭数に入れていたのは、本能的にミナコという少女の底知れなさを理解していたからだろうか。
彼女はあらゆる想定をして、ミナコを相手にした際の戦術を組み立てていく。
(エイと同じ疑似媒介体かもしれないわね。潮哭ノ巫女について聞いたことがないとすると、上層部が隠している災主級の可能性も高い。仮に戦うなら超短期決戦。長引けば、空澱大人と潮哭ノ巫女との戦闘で最悪辺り一帯に被害が出る可能性が――)
その時である。
ぴちゃん、とつま先を包む水の感触が彼女の思考を止めた。
「……え」
セナノはゆっくりと顔を上げる。
彼女の目の前には、砂浜と海が広がっていた。
同時に、彼女の体をまるで全力疾走したかのような倦怠感が襲う。
「な、なにこれ」
「セナノさんっ!」
息を切らしたエイがセナノの手を掴む。
そして息を整える暇もなく言葉を続けた。
「どう、してっ、急に走り出して……っ、けほっ」
「私が……? だって、さっきまで私は貴女達と一緒にあの場所に……」
そう言ってセナノは辺りを見渡す。
そして遥か向こう、山の麓にある丘を見つけた。
あそこからここまで数キロはあるだろうか。
冷静に状況を推理したセナノの顔がゆっくりと青ざめていく。
あり得ない話だと分かっていても、そうとしか考えられなかった。
「……まさか、私は今自らここに来たのかしら」
張り裂けんばかりに酸素を求める肺が、鉛の様に重くなった足が、何より点々と続く自分の足跡が示している。
自分が突然海へと走り出した事を。
「サプラーイズ」
防潮堤に腰を下ろしたミナコは、足をぶらぶらと揺らしながらそう告げた。
それからセナノを指さして、わざとらしいウインクをしてみせる。
「私はあのまま海の奥底にセナノちゃんを自ら向かわせることも出来る。凄いでしょ」
「いったい何が目的なのかしら」
「敵意が無いと知って貰いたかったんだ」
防潮堤から飛び降りて、ミナコは砂浜に着地する。
一歩一歩と砂を踏みしめるたびに、セナノの背後で潮騒の音が増していく気がした。
「セナノさん、下がってください……!」
間に割り込むように、エイが飛び出す。
そして両腕を大きく広げてセナノを守る様にミナコを睨みつけた。
「どうして睨むの? 私はいつでもセナノちゃんを殺せた。でもそうはしなかった。それって、敵じゃないからでしょ」
ミナコは不思議そうに告げる。
快活な笑みは一見して明るい印象を持たせるが、その行動の残酷さとの乖離が一層の気味悪さを引き立てた。
まるで明るい人間を怪物が理屈も理解せずに外側だけを演じているかのような違和感だ。
「敵じゃないって言うなら近づかないで。その場所からでも話は出来るでしょ」
「んー、それもそうだね。わかったいいよ」
ミナコは少し考える素振りを見せてから、頷いた。
夏の日差しは暑く、海面に乱反射する陽光ですら肌を焼くようだ。
だというのに、ミナコは汗一つかくことはなく、潮風にその髪を揺らしながらセナノ達へと語り掛ける。
「興味があったんだよ、セナノちゃんに」
「は?」
「山にある異縁存在を対処に来た縁者は今までも何組かいた。けどね、空澱大人と一緒に行動している子は初めて見たよ。それも結構仲が良さそうだ」
エイとセナノの顔を交互に見て、ミナコは頷く。
やはりその顔には敵意は見られない。
「最初はね、いつも通り派遣されてきた縁者を観察するつもりだったんだよ。けど、楽しそうに思えてつい混ざっちゃった」
「……そもそも貴女は人間なの? それとも異縁存在?」
「うーん、一応。私もそこは曖昧なんだ。自分が海原ミナコなのか、潮哭ノ巫女かはっきりとした区別はついていない。空澱大人みたいに、疑似媒介体を作れるわけじゃないからね」
自分の頭を指先で指し示しながらミナコは言葉を続けた。
「私は数年前に死んだ。卒業試験で海の異縁存在に殺されたんだ」
まるで昨日の出来事でも告げるように軽い調子で彼女は言った。
嘘をついている様子はない。
「でもね、死んだはずの私の体の中に潮哭ノ巫女が入り込んできた。それからはずっと一緒なんだ。けどこれって、教科書でみた疑似媒介体とは違うんでしょ? 定義が細かくて、私にはよくわからなかったよ」
にっこり笑ったミナコは靴を脱いで素足になると、セナノ達に近づかないように海へと歩き出す。
そしてくるぶしをさざ波に濡らしながら、海の向こうへと目をやった。
「本当はもう少し詳しくお話したいところなんだけどさ、エイちゃんの方が限界みたいだね」
「……え?」
ミナコの言葉に、セナノはエイを見る。
自分を庇うように立つ彼女の背中は小刻みに震え、肩で息をしていた。
「エイ、貴女――」
手を伸ばし声を掛けたその瞬間、エイの体がぐらりと傾きセナノの方へと倒れてくる。
「っ、エイ!?」
咄嗟に受け止めた彼女の体は軽く、その顔は苦しそうに歪んでいた。
額に浮かんだ汗は暑さのせいだけではないだろう。
「エイ、しっかりして」
「空澱大人の力を使いすぎたね。それにしても、やっぱり今までの疑似媒介体とは違うなぁ」
ミナコは二人を一瞥した後、足元で泡立つ波を足で遊ぶ。
そして砂浜に落ちていた貝殻を器用に足で拾い上げると、青空へとかざした。
「うん、面白い」
『痛い痛い痛い痛い!?』
『痛いのは気持ち良い、ですよ』
『変な調教始まった! 変な調教始まった!』
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