第38話 使役系の能力はヒロイン適性ありますよ!

 それが現れた時、全員が死を予感した。

 肌を突き刺すしびれに似た威圧感に、空気を押しつぶすような気配。

 

 その瞬間、灯らぬ社の事は全員の思考から消え、その視線は一点へと向かっている。

 拠点の外、一人佇むエイはその黒い髪を風に揺らしていた。


「――伽骸とぎがらノ嫁」


 それが現れた時、空間の輪郭が歪んだ。

 青空の層が一枚、薄い硝子のようにひび割れ、裂け目から冷たい風が逆流する。


「……ッ!?」


 セナノはその時確かに見た。


 ひび割れた裂け目の向こう。

 向こうには嘘のように青く、そして何もない世界があった。


「蛇の窓の時を思い出しますね、セナノさん」


 音が止み、潮騒も風の音も全てが蝉の声に上書きされていく。

 そこに在るのは、どうしようもない程に青い夏の空だけなのだ。


 エイは微動だにしない。

 黒い髪が風に舞い、光の中で墨のように滲んだ。

 その背後――空の裂け目から、白い指がゆっくりと這い出してくる。


 指は細く、異様に長い。

 次に腕、そして花嫁衣装を思わせる白布が、裂け目の中からゆっくりと引きずり出されていった。

 布は風に揺れるたびに赤黒い血糸を引き、地面に触れた瞬間、土がまるで息をするように震えた。


「名前でもしやと思ったけれど……まさか本当に……!?」


 それは女の形をしていた。

 しかし、その顔には目も鼻もなく、代わりに縫い合わされた傷口が微かに笑っているように見える。

 頭を覆うヴェールの下では、焼け焦げた白骨と血管のような糸が脈動していた。


 伽骸ノ嫁。


 かつてセナノが相対した異縁存在である。


(確かに伽骸ノ嫁はあの戦闘で姿を消した。……まさか、あの時空澱大人に取り込まれたとでも言うの!? そんな無茶苦茶な事、あって良いわけがないじゃない!)


 それは今、まるで契約に応じるように、エイの背後で静かに膝を折った。

 音もなくゆっくりと地面に手をつき、血糸を垂らしながらその首を垂れる。


 その瞬間、あたりの空気が動いた。

 拠点にいた縁者たちは反射的に行動を開始しようとしたが――圧が違った。

 空気が重く、皮膚の内側から震えが走る。

 誰もが死という言葉を頭に浮かべ、体は再び動くことを拒否する。


 だが、エイだけは静かに口を開く。

 その声は、風の中で澄んでいた。


「来てください。あなたの力が、必要だから」


 伽骸ノ嫁のヴェールが、かすかに揺れた。

 糸のように細く、ノイズの混じった声が返ってくる。


 『我が花嫁は誰の墓に立つ』


 次の瞬間、嫁の背から赤い泥のような物が噴き出しが展開し、地面に広がった。

 それはエイの影と繋がり、ひとつの存在として同調していく。


 冷たい風が一陣吹き抜け、世界の色が一瞬だけ薄れる。

 エイの瞳がわずかに光を宿し、その口が告げる。


制縛つないで再臨おりて


 その言葉とともに、白い花嫁の躯が完全に顕現する。

 風のない空の下で、血のヴェールがゆっくりと広がった。


「セナノさん」


 エイはなんてことの無いように、その名を呼ぶ。

 ハッとしたセナノは、ギターケースとの距離を測りながらその言葉の続きを待った。


「あの中にいるお爺さんを助けてあげればいいんですよね」

「……え」


 その言葉に、セナノは思い出す。

 怖ろしい力に圧倒されそうになったが、エイの根底にあるものは善であった。

 

(この子はただ役に立ちたいだけなんだ。だったら、私がその道を間違えないように導いてあげればいい)


 セナノは覚悟を決めて、エイの傍に向かう。

 伽骸ノ嫁はセナノが近づこうとも興味も示さず主の命令を待って、そのヴェールを風に揺らしていた。


(私がこの子を信じなくてどうすんのよ……!)


 やがてセナノはエイの傍に並び立つ。

 そして、丘の上にある漆黒を指さして言った。


「距離は百メートル。障害物はないけれど、内部から攻撃が飛んでくる可能性を考慮しなさい。常に私の指示に従って、救助を優先すること」


 エイはその言葉を聞いて表情を明るくする。

 そして頷いた。


「はいっ!」

「それじゃ、ちゃっちゃと始めるわよ!」

 

 こうして、予想外のメンバーも加えた作戦が実行された。







 後ろからの圧が凄いでヤンス!

 気のせいじゃなければ、魂の内側みたいな場所がずっと圧迫されて痛いでヤンスよ~!


『上手く召喚できましたね。流石はエイです!』

『お褒めに与り光栄なんですが、この体を襲う苦しみや痛みはどうにかならないですか?』

『仕様です』

『絶対に不具合だと思います!』

『仕様です。今後、修正の予定はありませんよ^^』


 この運営、流石に終わってるわ。

 セナノちゃんはどういう訳かこんな俺を信じて並び立ってくれているが、別に逃げてもいいのよ?

 これ、壮大な茶番でしかないから。


「その花嫁は、エイが完全に支配下に置いているのよね?」

「はい。問題なく動かせます」


『動かせるよね?』

『はい。奴は最後まで抵抗していたので、意志は取り除きました^^ もはや傀儡です! あなたの意志に合わせて動いてくれますよ! でも、言葉で端的な命令があったほうが、わかりやすくカッコいいのでそうしてください!』

『ウィッス』


 俺は一歩前に踏み出し、セナノちゃんの言葉を待つ。

 ここからどうすればいいんですか!


「迷宮は他異縁存在からの干渉を拒む。まずは、糸で周囲を囲んで逃走経路を防ぐと同時に拡大を阻止して」

「はい。――囲んで」


 俺の言葉に従って、伽骸ノ嫁はその指先から糸を出してあっと言う間に黒い丸を囲むように糸を這わせる。

 やがてその周囲は赤く沈み、まるで血の海のようになった。


「ここまで囲んでも動きはない。……うん、なら次は糸を使って迷宮の外側に干渉できるかしら。中を知りたいわ」

「わかりました!」


 俺が両の手を前に出す。

 すると、伽骸ノ嫁もその動きに合わせて手を突き出した。

 伽骸ノ嫁の白く細い指の先から、赤黒い糸が空気を裂いて伸びる。

 糸は地面を滑り、漆黒の迷宮を囲んだ輪から外へと枝分かれしながら、触手のように走っていった。

 土の上を這うたびに糸は畑を赤く染め、草が静かに枯れていく。お爺さん本当にごめん。この土地多分死んだわ。


『ソラ、これじゃあお爺さんの畑が可哀そうだよ』

『わかりました! 私の力でクッソ大豊作にしましょう!』


 お爺さんおめでとう。今年の大根はでっけえっぺよ。


「……行って」


 俺の小さくも美しく凛とした声に呼応するように、糸の先が生き物のように震えた。

 そのまま一筋が迷宮の外壁――黒い空間の膜へと触れる。


 瞬間、音が消えた。

 正確には全員が息を飲み、その行く末を見守ってるのだ。


「……」


 間もなく、糸の先が膜に吸い込まれ、まるで湖面に小石を落としたように円形の波紋が広がっていった。


「……反応がある。中に層があるわね」


 セナノちゃんは観測機器の指針を見ながら言う。

 チラリと見てみれば、手元の計測器の針がぶるぶると震え、まるで内部に息があるかのように脈を刻んでいた。


『中が見えていると言ってください』

「中の形が見えます」


 俺は目を細める。

 伽骸ノ嫁の糸は、いまや透視のように異界の内側をなぞっていた。


 背後の嫁はヴェールの奥で微かに唇を開き、低く掠れた声で詠唱を始めている。

 赤い糸がまるで血管のように地面を走り、丘全体に広がっていった。


『これなんて言っているの?』

『演出です』

『そっかぁ』

『それよりも、これから言う言葉を伝えてください』


 ソラの傀儡と化した俺は、伽骸ノ嫁という名の傀儡を操作しながら言葉を紡ぐ。


「中には何かいます。人の形。でも……立っていません。壁に、縫い付けられてるみたいです……! お爺さんかも!」


 同時に糸の一本がはじけ、血煙のように空へ散った。

 ピリッと電気のような感覚が指先に走る。


『ほう、切ってきましたか。無駄な抵抗ですねぇ』


 セナノは即座に号令をかける。


「糸を全て切って、一度離脱! 干渉されてるわ!」


 だが遅かった。

 赤い糸が一瞬で灰色に変色し、風もないのに逆流を始めた。

 糸はまるで引き戻されるように俺の腕へと絡みつき、灰色から黒へと染まり始め、俺へと漆黒が迫ってくる。


『ソラー! やばいよー! タスケテー!』

『はっはっは、エイに異縁存在の攻撃が通じるわけがないじゃないですか^^ 貴女は私の空写なんですから!』


 それもタスケテー!


「……だめ、何かが外に出ようとしてる!」


 セナノちゃんだけが大真面目に対処をしようとしていた。

 助けてセナノちゃん!


「緊急事態だから、申請は後!」


 セナノちゃんはギターケースを開き、ヒバリを起動させる。


 舞うように一歩前へと出たセナノちゃんの手から、小鳥サイズのヒバリが放たれた。

 舞がまだ足りないのだろうか、その姿は燃えるスズメ、あるいは赤く染まったシマエナガである。


「糸を燃やすわ!」


 その言葉の通り、俺へと巻き付いた糸だけをセナノちゃんは燃やす。

 俺は内心でホッと胸を撫でおろした。


「ありがとうございます」

「いいわよ。それより集中して」


 衝撃波のような闇が丘の上で円形に広がり、周囲の糸と反発し合う。

 それはまるで、獣が檻を打ち破ろうと暴れているかのようだった。


『まだ……縫い足らぬ……』


 伽骸ノ嫁がそう呟き低く唸り声を上げた。

 その声はまるで、主を守る獣のようだ。

 白布の裾が宙に舞い、嫁は腕を広げて自らの糸を千切り捨てる。


 瞬間、血のような霧が辺りに広がり、糸は一斉に燃えるように消えた。

 同時に、黒い塊の表面にひびが走る。

 俺は悟った。


 中が見える。


 そこには、祀られているはずの社が反転して在った。

 天井のない空間。

 地面は天へ、空は地へ。

 そして中央に、巨大な人影。


 俺はそれを見て、無意識にそれがまだ幼い事を理解した。

 何故だかわからない。けれどそれが、形を成し始めた神の幼体であるような気がしてならないのだ。

 それは幾百もの腕を持ち、目を閉じたまま、胎児のように息づいている。


「……これが、灯らぬ社の中身……!」


 セナノは息を詰める。

 次の瞬間、幼体が微かに顔を上げた。

 空の青が弾け、風が反転し俺達へと吹き付ける。


 まるでここからが本番だとでいうかのように、その幼体は確かに笑った。


 










『……成程、奴が玩具にしている個体でしたか。舐め腐りやがって^^ 格の違いを見せてやりましょう!』

『えっ、奴……? ねえ、奴ってなんですか?』

『いつもは深海に引きこもってるくせにあの海坊主が^^』

『やっぱり海じゃないかぁ!』

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