第31話 疑似媒介体を乗せたバスってそれ実質走る爆弾じゃ――
その日、男はいつものように籠を背負い、山菜を探して山に入った。
普段は入らない斜面に分け入ったのは、たまたま目当てのゼンマイが見つからなかったからだ。
獣道のような細い道を辿り竹藪を抜けたとき、彼の前に見覚えのない石段が現れた。
「……こんなとこに社なんてあったか?」
それは山に通い慣れた彼でも、見たことのない建物だった。
毎年、隣町から車を走らせてこの辺りの山菜を採っている彼は、ある程度山の地理を頭に叩き込んでいた。
特に、この山は良い山菜が採れると同時に市に管理された特別自然保護区が存在しているので立ち入りが出来ない箇所がある。
過去にその区域内に僅かに足を踏み入れた知り合いが、恐ろしい程の罰則を受けたと耳にしてから尚更気を付けるようにしていた。
山、谷、橋、かつて集落だった場所まで。
全てを覚えていた筈の彼だったが、どうにもその場所について見当もつかない。
「神社……? にしても随分と古いな」
苔むした石段はつい先ほど雨に濡れたかのように黒光りし、その先に朽ちかけた鳥居が立っている。
不思議と胸がざわついたが、引き返す理由もなく、好奇心に押されて足を踏み入れた。
その時である。
石段を上がった途端、昼間のはずの山は急に暗さを増した。
「なっ、なんだ!?」
男は突然の事に声を上げる。
そして慌てる手で必死に腰のポーチをまさぐると、小型の懐中電灯を取り出した。
それからすぐに点けてみたが、光は数秒も持たず、ぶつりと途切れる。
「電池切れか……?」
独りごちた直後、耳のすぐそばで小さな声がした。
男の名を呼ぶ声。
振り返っても誰もいない。風も止んでいた。
「……風か?」
男はそれを自然現象であると誰かに説明するように、わざわざ声に出しながら懐中電灯の電池ボックスを小突く。
その額には、汗がじっとりと浮かび上がっていた。
「ま、まだ夏だってのに随分と陽が落ちるのが早いな……」
男は汗を拭い、懐中電灯をもう一度点けた。
だが光は数秒ももたず、糸が切れたように消える。
電池を叩いても点かない。
代わりに、闇の奥からまたひそひそと囁く声が聞こえた。
背筋に冷たいものが走る。
声は数人分。幼い声も、老いた声も。
だが誰一人として姿は見えない。
「っ」
やはり、振り返っても誰もいない。
それでも、確かに何かがついて来ている気配だけは、背中に針を刺すように残り続けていた。
あるいは、ずっと何かがこの暗闇自体がじっと観察しているような――。
「……いるんだろ!? おい! さっきからなんなんだよ!」
闇に向かって叫んだ。
返事はない。
気が付けば男は、古びた社の前にいた。
どうやら声に背中を押され、懐中電灯も無しに階段を上り切ったらしい。
今も視界は闇に覆われてほとんど何も見えないが、確かにそれは社であるとわかった。
社の奥、閉ざされた扉の内側から「カラカラ」と木が軋む音がする。
「っ、そこか!」
男はもう一度、懐中電灯を向ける。
そして明かりを灯した。
瞬間、脳裏に閃光が走る。
目の奥に焼きつくような白い光。
直後、闇が一層濃くなり何も見えなくなった。
「……あ、あれ……」
声は喉から出たが、耳には届かない。
代わりに、何百人もの声が重なり合い、自分と同じ口調で「灯すな、灯すな」と囁いていた。
■
廻縁都市にはヘリコプター以外に、陸路も存在する。
それは、日に二度のみ訪れるバスであった。
このバスは一般道路を通行しているように見えて、
実際には廻縁都市と外界の狭間に存在する限定通路を走行している特別車両である。
そんなバスに揺られて30分。
エンジンの鼓動が、じんわりと足元を揺らしていた。
走行音は静かで、だが舗装された道とは違う何かを踏みしめるような感触が、車体の床を伝っている。
「暗いですね。夜みたい」
エイは窓の外を見てそう言った。
外の景色は真っ暗で何も見えない。
「視認できないようにしてんのよ。下手な物を見て精神に異常をきたさないようにね。バス全体を黒い布で覆って目隠ししてるって言えばイメージできるかしら」
車窓には見るべきではないものを遮るための結界が張られていた。
その向こうに流れているものがただの風景でないことをセナノは理解している。
街でなければ、当然森でも山でもない。
世界の継ぎ目のようなものが、そこにはあるのだ。
「そうですか……」
「何? もしかして、色々と見れると思ったの?」
「はい。だって、私達ってこれから海に行くんですよね? 私、海って写真で見たっきりで本物は見ていないんです! だから、楽しみで」
「そう。なら安心しなさい。この後、嫌と言う程見ることになるから」
(というか、よく疑似媒介体をバスで移動させる許可下りたわね。てっきりまたヘリだと思ったわ)
他の乗員はいない。
今回はセナノとエイだけだった。
念のため、今回のバスは貸し切りとされている。
それでも疑似媒介体に対する処置としては甘い気もするのだが、縁理庁上層部はそれを良しとしていた。
前方の座席からは、ドライバーの背中が見えるが、どれだけ目を凝らしても顔は思い出せない。
それでも、彼が「正しい道」を選んでいることだけは不思議と分かる。
「そう言えば、どうして今回はこのバスなんですか? 前みたいに空をビューンって飛べばすぐなのでは?」
「アレはあくまで緊急だったり、重要な任務があるときよ。普通はこのバス。金がある縁者なら、特別仕様の車を自前で持っているわね。私もこれをクリアして卒業したら、買おうと思っているの。とびっきりかっこよくて、赤くて、速い奴! まさにエリートね!」
「おぉ……!」
エイは小さくパチパチと拍手する。
その控えめな賞賛に気をよくしたセナノは更に胸を張った。
「ふふん! 買ったら一番先に貴女を乗せてあげるわ! 一緒に風になるわよ!」
「楽しみです!」
災主級という飛び切りの情報に目を瞑れば、彼女達の性格的な相性は最高であると言えた。
普通の縁者であれば、現場に着くまでに何度も資料を確認するか、あるいは生きて帰れるように祈るものだ。
しかし、何度も危機を乗り越え更に自信が加速したセナノと、そもそも事の重要性を理解していないエイの二人は今からちょっとした旅行に行く程度の気分である。
緊張感を感じさせない雑談を何度か繰り返していると、突然バスの中に明かりが差し込んだ。
柔らかな太陽の光が薄暗かったバス内を照らし出す。
同時に、窓の外を見ていたエイは目を輝かせて声を上げた。
「わぁ……! 外ですよ外! またビルを見れました。感激です!」
「ビルなんてそのうち嫌でも見るようになるわよ。マジで」
セナノはそう言ってスマホを取り出す。
「うーん、もう少しね」
「セナノさんセナノさん、現地に着いたらご飯って食べていいですか?」
「はぁ……何言ってんのよ」
セナノはフッと笑って一つのカードを取り出す。
漆黒のそのカードは、学生の身分で持つには少々仰々しいものであった。
「当たり前じゃない。当然、全部私の奢りよ」
「せ、セナノさぁん!」
「ふふふっ、抱き着いてもヒバリしか出ないわよ」
少女たちは笑い合い、異縁存在の棲む場所へと向かう。
S階位と災主級疑似媒介体は、バスに揺られて楽しい気分のままそれぞれキャラメルを口に放り込んだ。
『あ、あの……マジでこんな感じでいいの? 緊張感なくない?』
『大丈夫です。さっき視てきましたけど、あれなら別にどうとでもなりますから^^』
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