第30話 卒業試験

 指令室の片隅で、セナノ達とミラクは向かい合って座る。

 初めてこの場所に来たエイはともかく、セナノまでもが時折視線を彷徨わせて落ち着きがない。

 しかしそれも無理のない話だ。


 何せ、これから説明されるのは自身の卒業に関わる事なのだから。


「セナノさんは先日晴れてS階位に認定されました。その他にも過去の功績や、現在進行中の任務の重要性も踏まえて、特例として卒業を認める事となります」

「……ありがとうございます」

「嬉しそうではないですね?」

「実感が湧かないの。まだまだ学ぶ必要があると思っていたから」


 セナノは自他共に認めるエリートである。

 しかしそれは、学びを止める理由にはならない。


 今回の特例による異例の卒業は、セナノからしてみれば誇らしさの他に、わずかだが寂しさもあった。


「セナノさんは優秀ですからね。こんな日が来るんじゃないかって思っていました。……セナノさん、貴女はもう立派な縁者です。胸を張っていいんですよ」


 ミラクはそう言って、セナノに微笑みかける。

 今の彼女の立場ではそれが精いっぱいだ。


 セナノもそれを察しているのか「ありがとうございます」と返して少し黙り込むと、気合を入れるように自分の頬を叩いた。


「……よし、それじゃあ聞きましょうか。私はどうすれば卒業出来るわけ? わざわざ呼んだって事は、条件があるのよね?」

「その切り替えのうまさも貴女の長所ですね。……はい、その通りです。卒業の条件は、こちらで指定した依頼をクリアしてもらう事。これは例年行っている事なので、わかっていますね?」

「ええ、勿論。それで卒業間近に葬式やってるのを何度も見たわ。空の棺桶を前にね」


 縁理学園は生徒を庇護する場所ではない。

 異縁存在との戦い方を徹底して教えるための、いわば修行場だ。


 卒業試験として他縁者と班を組み異縁存在を攻略することは、学園生活最後の壁として立ちはだかる。

 この試験をクリアできなければ、今後まともに縁者として活動することは出来ないだろう。

 故に、この試験は何よりも重要視されていた。


「言っておくけど、中途半端な時期モノの異縁存在とかなら相手にならないから。そうね……最低でもA級を持ってきなさい」

「そう言うと思って、いくつか用意をしておきました。今までのようなイレギュラーが無いように、既に調査班が調査を終えた異縁存在になります」

「至れり尽くせりね」

「セナノさんなら、問題なく処理できるでしょう。……その為条件があります」

「へえ、聞こうじゃないの」


 ミラクは口を開く。

 今から告げる立場であるというのに、彼女の顔は不満そうであった。


「折津エイさんと二人で班を組み、異縁存在を処理してください。これは折津エイさんの為の授業でもあります」

「……なるほどね。疑似媒介体に他の奴らとは一緒に授業を受けさせるわけにはいかない。けれど、その力は手中に収めたい。上層部の考えが透けて見えるようだわ」

「セナノさん……」

「大丈夫だから」


 自分が話題に上がり、不安になったエイが少しだけセナノにすり寄る。

 セナノは彼女を見ることなく、わしわしと片手で頭を撫でて答えた。


「セナノさん……これは私個人の意見ですが、連れていくことをお勧めします。蛇影窓事案と同様に、後から好き勝手な口実で道具のように使われるよりも、始めから自主的に生徒として活動した方が……」

「わかってる。ありがとうラクちゃん」


 セナノはそう言うと、エイを見てほほ笑む。

 安心させるように、優しく頭を撫でながらセナノは問いかけた。


「エイ、海の幸と山の幸、どっちが食べたいかしら」

「海っ!」

「ラクちゃん、海の依頼で」

「……相変わらず優しいですねセナノさんは」

「強者の務めを果たしているだけよ。だからそんな目で見ないで。ムズムズしちゃう」


 おどけるように肩をすくめてセナノは笑う。

 そんな彼女に応えるように、ミラクはいくつかの資料を差し出した。


「四件、海の近くの異縁存在候補があります。好きな物を選んでください」

「選ばれなかった残りは?」

「他の方の卒業試験。あるいは、プロの縁者が処理します」

「そう。ならどれを選んでも大丈夫ね」


 セナノはそう言って、資料を一枚ずつ吟味する。

 調査を終えたというだけの事はあり、既に攻略時の注意などが詳細に記されている異縁存在が多い。

 確かに、これは試験向きの異縁存在だろう。


 その中でも、セナノは出来るだけそう言った情報が少ない物を注視する。

 そしてそれに決めようとした瞬間、隣の少女の事を思い出した。


(……下手にイレギュラーがあると、空澱大人が反応するかもしれない。ここは無難に処理が簡単なものにしましょ)


 そう言って、セナノは一つの異縁存在の処理依頼書を手にとった。





 



【縁理庁記録文書】


異縁存在コード:EN-XXXX-JP

通称:灯らぬ社(ともらぬやしろ)

危険階級:A級(神格封印構造型)

分類:社殿異構/光拒絶災域/封祀神格残滓


■ 概要


『灯らぬ社』は、██県██市郊外、██山中腹に存在する無登録の木造社殿を中心として形成される異縁存在である。

 当地の地元伝承では「夜の社」「入ると消える社」として忌避されてきたが、現地調査の結果、いかなる光源も安定的に維持できない結界性が確認されている。


 縁理庁の調査により、社は古代に「灯してはならぬ神」を封じるために建立された封縁構造体である可能性が高い。


■ 発現現象


・光拒絶現象


 半径30m圏内で火・電気・化学発光を含む全ての光源が数秒以内に無効化される。

 光源を映像記録しても、暗闇のみが残される。

 調査時に発生した唯一の光は、対象者が「神の名」を呼称した直後に観測された瞬間的な閃光(20ミリ秒)のみ。


・精神汚染


 社の内部では「誰かが囁く」「見えない存在が奥にいる」などの幻聴・感覚報告が多発。

 社から離れた後も「目の奥に焼きついた暗さ」が持続し、長期的な精神障害(灯怯症候群)として残る。


・異常構造物


 社の壁面には古式神字様の刻印が残されている。


 以下、縁理庁言語班の解析

「我を灯すな」

「ここにいない神を祀るな」

「この闇は神ならざるものの棲み処」

といった意味が読み取れる。


■ 危険事例


調査任務(20██年):縁者を含む調査班が最奥で未知の神名を呼称。直後、全員消失。


 消失以後、結界の範囲は半径1.8km → 2.6kmに拡大。夜間、三日間にわたり山頂に逆さの社が空に浮かぶ影が記録されている。


 以後、社を中心とした夜間活動は全面禁止。


■ 神格的関連性(推定)


『灯らぬ社』は「光を与えてはならない神」を封じるために建てられた。


 内部に存在するのは神そのものではなく、神格の残滓(封祀痕)と推定される。

 現代において「神を呼んだ」とされる行為は、封印を破りかけた兆候である。

 関連資料から、本存在は「無名神格(名を与えぬ神)」の一系統と目される。


■ 対処法


・封鎖


 周囲2.6kmを森林保全区として偽装し、一般人の立入を禁止。

 夜間活動は全面禁止、縁者も日没前に撤退。


・調査制限


 内部調査は当面凍結。光源持ち込みは無意味とされるため禁止。

 内部の神字様は遠隔音波探査・記録のみに留める。

 

・禁忌行為


 「名を呼ぶ」「光を灯す」行為は封印解放に直結するため絶対禁止。

 社を新たに祀る行為(供物・祝詞・命名)は厳禁。


■ 縁理庁所見


 『灯らぬ社』は、「神」を封じた異縁の残滓である。

 人は本能的に暗闇を照らそうとするが、それこそが封印を破る行為に直結する。


 つまり、この存在の恐怖は「人間の正常な営み(光を灯すこと)が、最大の禁忌である」

という逆説にある。


 縁理庁は本存在を「人が祀ってはならぬ神を祀る儀式の再現」と位置づけ、今後の拡散防止を最優先とする。

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