第28話 学校へ行こう(上位存在同伴)
「いい? 次からは私の部屋で寝るの禁止!」
「はーい。もぐもぐ……」
「聞いてる?」
「もぐもぐもぐもぐ」
「……はぁ」
向かい合って座った彼女達は、朝の朝食の真っ最中であった。
焼きたてのトーストにバターとジャムというシンプルなものだが、エイにとっては上等な食事であり、セナノは栄養が取れれば何でもよい。
そのため、二人はそれを満足気に食べていた。
どちらも料理が壊滅的であるというのがこの簡易的な食事の理由の最たるものなのだが、今はどうでも良いだろう。
「ん、またほっぺに付いてるわよ」
セナノはふっと頬を緩めて、エイの頬を拭く。
エイは何の抵抗もせず、静かに目を瞑って顔を差し出した。
その顔に一瞬感情が揺らぎそうになったセナノだったが、エリート故に耐えて無事にジャムを拭き終える。
「まったく……まるで妹が出来た気分ね」
「……セナノお姉さんって事ですか?」
「やめて、これ以上私をおかしくしないで」
セナノはそう言うと、手早く自分の分のトーストを食べ終えて、コーヒーへと口を付ける。
朝のエリートタイムのやり直しであった。
既に辺りは薄っすらと明るくなり、人々の活動する音や声が聞こえてくるが、まだぎりぎり落ち着いた静かな朝の範疇である。
「……それって、美味しいんですか?」
エイは、セナノが飲んでいる姿を見て興味深そうに問いかけた。
その姿はまるで新しい玩具に興味を持った子猫のようである。
「飲んでみる? 少し苦くて酸っぱいけど、美味しいわよ」
「では、一口」
セナノからコーヒーを受け取ったエイはその匂いを嗅ぎ、そして真っ黒で波紋が立つ表面をしげしげと観察する。
間もなく、彼女はそっと口を付けた。
瞬間、カッと目が開かれる。
「に、にがい……!」
「ぷっ、あははは、まだまだエイには早かったみたいね」
セナノはそう言って得意げにコーヒーカップをエイの手から取り返す。
そしてまたコーヒーを優雅に口の中に含んだ。
深い香りが鼻腔を突き抜ける。この瞬間、彼女は自身がエリートであることを自覚し、その肩に乗った責任を再認識するのだ。
これは彼女にとっての瞑想であると言っても良いだろう。
ルーティンとして組み込まれたその行動は、彼女が大切にするものである。
が、遠くから蝉の声が聞こえてきたとなれば話は別だ。
「こ、こんな苦いのこの世界にいりますか……? 御空様も困惑しています」
部屋の中にいるというのに、何故か蝉の声が聞こえる。
チラリと壁掛けの計測器を見れば、恐ろしい程に数値が振り切れていた。
が、セナノは慌てない。
「はい、キャラメル」
「わぁ!」
セナノは即座にエリートタイムを中断して、キャラメルを差し出す。
すると先ほどまで苦い顔をしていたエイはぱぁっと顔を明るくしてキャラメルを受け取った。
そして嬉しそうに体を揺らしながら、キャラメルを口の中に放り込む。
それからすぐに、蝉の声はフェードアウトしていった。
「……ふっ、慣れたものね」
セナノはこの現象に慣れていた。
そしてエイの性格や行動から予測して、簡易な対処法まで編み出している。
災主級を相手にルームシェアをして、なおかつ自分の生活リズムを保っているその姿はまさにエリートであった。
とは言っても、まだまだ振り回されてはいるのだが。
「セナノさん、もう一個欲しいです」
「駄目よ。食後のデザートを食べすぎたら太っちゃうわ」
「そうですか……わかりました」
エイは素直に頷く。
そして自分の分の皿を持って流し台へと向かって行った。
セナノはそんな彼女へと声を掛ける。
「今日は縁理学園に行くから、着替えなさいね。私の制服貸してあげるから」
「縁理学園……?」
「縁者が戦い方を学ぶための学園よ。貴女も一応は縁者候補だから、色々と手続きをするのよ」
「そうなんですか。……ちょっとワクワクしますね」
エイはそう言って皿を洗い始める。
その姿はどこか嬉しそうだ。
「私も学園には用があったし、丁度良かったわ。……あ、言っておくけど私から絶対に離れない事。食べ物につられるのも駄目。わかった?」
「ふふふっ、わかりました。まるで私のお母さんみたいですね、セナノさん」
「そりゃ心配だからね……」
災主級の疑似媒介体というには、エイはあまりにもフットワークが軽すぎる。それはセナノが共に暮らし始めて理解した事だった。
(今まで何も知らずに生きてきた反動が今来ているのでしょうけれど……正直、私一人じゃ危うい時があるわね。もう一人くらい欲しいわ)
今のエイは、強大な力こそ持っているが幼い子供と同じである。
故に、学園へと連れて行くのは不安であった。
「学園には、美味しい料理とかあるんですか?」
「本当に貴女は食べるのが好きね……」
取り敢えず、食堂には連れて行ってあげよう。
そう考えながら、セナノは残ったコーヒーを一気に飲み干した。
■
廻縁都市の中央を占める丘陵の上に、それは築かれていた。
縁理学園。
縁者を育て、異縁存在に抗う力を学ばせるために設けられた学び舎である。
まず目に映るのは、白亜の壁と鋭角の尖塔であった。
鈍い陽光を受けた壁は、この薄暗い都市の中でも清浄さを誇示するかのように輝き、しかしその基礎をなす石造りは無骨で重々しい。
まるで城塞と聖堂とを無理やり組み合わせたかのような佇まいだ。
正門は黒鉄の門扉が二重に重なり、外から来る者を容易には通さない。
門上には縁理庁の紋章が掲げられ、常に二人の黒服の縁者が無言で立っている。
学園を「教育の場」と呼ぶ者は多いが、その外観から受ける第一印象はむしろ収容と監視の砦であった。
「はえー、大きいですね。村の役場よりもずっと立派……」
エイは感動した様子で学園を見上げて口をぽかんと開けている。
その目には好奇心と期待が見てとれた。
「そりゃそうでしょ。ほら、中に入るわよ」
門を二人で潜り抜け、敷地内へと足を踏みれる。
まず初めにエイが感じたのは、重々しい威圧感であった。
広大な敷地を囲む外壁には監視塔が等間隔にそびえ立ち、窓には一枚ごとに強化ガラスが嵌め込まれている。
塔の上部に設けられた装置は灯台のように光を放ち、夜になれば学園全体を昼のように照らし出した。
中庭に面する校舎は三棟。どれも長大で、回廊は迷路のように入り組んでいる。白衣の教官がその回廊を渡り歩き、訓練場へ向かう生徒たちの制服の白が点々と揺れる。
遠目から見ても、縁理学園は単なる学び舎ではなく「都市を護るひとつの要塞」として聳え立っていた。
そしてその姿は、生徒たちに未来を託す光であると同時に、異縁存在の恐怖を忘れさせぬ影でもあった。
「凄い……」
「もうそればっかり。ほら、もっと色々と見せてあげるから行きましょう」
セナノは手を取り、エイを引っ張って歩き始める。
(……そう言えば、誰かと一緒に学園に来るのって初めてかも)
思わず自分の頬が綻んでいたことに気が付く。
日は差し込まず、学園全体は重苦しい雰囲気だが、それでもセナノの学園での生活が今日も始まろうとしていた。
『へぇ、色々とありますね^^』
『お願いだから大人しくしてて……』
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