二章 灯らぬ社編
第27話 新しい朝が来た。あとコンテンツも
【縁理庁観察報告書】
文書番号:EN-RPT-2025-0921-EI-W1
提出部署:廻縁都市・特任縁者班/災主級関連観察任務指定
提出者:三鎌セナノ(S階位)
報告対象:対象個体:A-EI(通称:エイ)
報告期間:令和██年8月■■日〜■■日(1週間経過時点)
件名:
■ 1.対象の状態および生活適応状況
対象は現在、縁理庁指定収容環境に準拠した私室付き居住空間にて生活を行っている。
当初の想定より遥かに順応性が高く、以下の点において特筆すべき成果が確認されている
・基本的生活技能の学習に対して高い意欲を示し、洗面・入浴・衣類管理等は既に自立可能。
・共用設備の操作(電子機器等)については初見の戸惑いこそあれ、現在はレンジ操作を除き概ね問題なし(※初期において一度、電子レンジを物理的に破壊)。
・食事に対して強い執着と関心を示し、特に甘味に反応を示す傾向あり。これは後述の「感情共鳴」として警戒事項に分類される。
■ 2.共同生活における観察事項(当該縁者視点)
・生活開始直後より、対象は私(三鎌セナノ)に対して強い信頼と従属傾向を見せているが、それは「庇護者」ないし「姉的存在」としての図式であり、恋愛的接触や支配欲のような感情は(現時点では)確認されていない。
・ただし、以下のような事象が報告されており、感情誘起による影響が周囲環境に拡大する可能性は否定できない。
8/■■ エクレアを食べた際、「御空様が喜んでいる」と発言 異常反応なし。空澱大人との媒介干渉か
8/■■ 留守番を拒否、同行を要求。同行時の観測塔上空で微弱な構文変動あり。感情起因の縁汚染の可能性あり
8/■■ 寝起き直後に「知らない歌を口ずさんでいた」ことを自覚なし。音波型影響調査を依頼中(第八局)
■ 3.食事・生活内容サマリー
食事は基本的に庁内購買・外部コンビニに依存。
※自炊環境は整備されているが技能不足。
なお、以下は過去7日間の夕食内容の一例
8/■■:冷凍弁当(鶏むね肉+ブロッコリー)⇒電子レンジ破損のため未食
8/■■:コンビニカレー+ヨーグルト+みたらし団子
8/■■:冷しゃぶ+コンビニサラダ+エクレア
8/■■:ピザLサイズ(私が自炊を失敗したため)
8/■■:即席うどん+市販玉子焼き
8/■■:親子丼(購入品)+漬物
8/■■:市販おにぎり+野菜スープ
※対象はいずれも「大変美味」と評価。ただし明確な味覚の基準は未確立。私の失敗した玉子焼きも美味と評価したため、口に入る毒物でないものは美味としている可能性あり。
■ 4.総合評価(第一週時点)
・人間性模倣度 高水準 (言語・感情表出ともに自然)
・異常兆候 微細あり (詳細は観測班へ照会中)
・空澱大人との関係性 媒介体である可能性が極めて高い(特に感覚共有型)
・警戒必要度 引き続き 高水準を維持(軽率な接触は回避すべき)
・同居縁者対応状況 安定中。精神負荷は「中」だが管理可能範囲
■ 5.備考と今後の指針
第二週以降は食生活の安定化(自炊補助)と社会的概念の教育(貨幣・時間・公共秩序等)を段階的に導入予定。
必要に応じ観測班と連携し、対象の記憶断片や夢内容への接近も試みる。
万が一災主級の意識に接続が確認された場合、即時報告の上、拘束措置ではなく鎮静環境へ誘導する予定。
提出者署名:
三鎌セナノ(S階位認定・災主級監督任務特別資格保持者)
提出先:
縁理庁 上層部審査課 / 第三観測局 / 廻縁都市中枢記録部局
セナノがエイと同棲を開始して既に一週間が経過していた。
最初こそ戸惑ったものだが、今となっては穏やかな朝を迎えるだけの余裕がセナノにはある。
日課のランニングをこなし、蛇影窓事案を経て増やしたトレーニングも根性でクリア。
日々成長を実感しながら、廻縁都市の薄暗い空を眺めつつ珈琲を嗜む。
「……ふっ、エリートね」
「んむぅ……セナノさん、おはようございます」
同居人兼疑似媒介体であるエイが目をこすりながら自室より姿を現す。
共に暮らしていてわかった事だが、エイはどうやら早起きであるらしい。
既にセナノに、7時まで寝ていて良いと告げられているのだが、こうして時折起きてくるのだ。
「また早い時間に起きたわね。良いのよ、まだ寝てて」
「でもぉ……」
「貴女はトレーニングとかないんだし。ほら、寝てなさい」
その方が安全だから。
そんな言葉を飲み込んで、セナノはクールに笑いながら余裕を持ってそう告げる。
エイは目をこすりつつ暫く黙っていたが、やがて「わかりましたぁ」と言ってそのまま歩き出した。
「そうそう。それでいいのよ」
セナノは頷きながら、エイが部屋に戻っていくのを見送る。
コーヒーの深い香りが鼻の奥を貫き、脳へと穏やかな覚醒を促した。
「ねむい……」
エイはそう言いながら――セナノの自室へとフラフラと入っていった。
「んなぁっ!? ――あっつ!」
まるでわざとやっているのかと疑いたくなる程に真っ直ぐとセナノの部屋へと消えて行ったエイ。
その姿を見て動揺したエリートは、インスタントコーヒーをこぼした。
「ちょ、ま、待って!」
ティッシュを何枚か無造作に取り出し、その場に散らばったコーヒーを慌てて拭いた。
それからセナノは、エイが消えていった自室へと駆ける。
「ちょっと、こっちは私の部屋――」
「すぅ……すぅ……」
「くっ、良い顔で寝てるわね……!」
セナノのベッドに身を沈めるように眠るエイは、まるでガラス細工の人形のようだった。
整えられた白いシーツの上で、彼女あるいは彼は、両手を胸元でそっと重ね膝を少しだけ曲げて丸くなっていた。
夜空のような髪が頬にふわりとかかり、その下で瞼は穏やかに閉じられている。
呼吸は規則正しく、すう、すうと小さな寝息を立てていた。
それはまるで、静かに奏でられる子守歌のようで、部屋の空気に安心を滲ませていく。
彼女の横顔は、夢を見ているのか時折ほんのりと笑みを浮かべていた。
その微笑は、世界を知らぬ純粋なものだ。
柔らかく、無垢で、そしてどこか儚い。
そんな彼女(仮定)を見ていると、セナノの中に何故だが罪悪感が湧いてきた。
自分の寝床を間違っているエイが間違いなく悪いのだが、見てはいけないものを見ているのではないかという意味の分からない罪悪感が彼女の胸を駆け巡っているのである。
「くっ、なんで朝からこんなふわふわした罪悪感を抱かなきゃ……って、ちょっと待って」
セナノはふと気が付いた。
――今のエイは、彼女なのだろうか。それとも、彼なのだろうか。
「ッ!」
それは彼女にとっては異縁存在と相対した時と同様の緊張感であった。
今のエイが少女なら、それで良い。
特に問題はなく、目覚めた後にやんわりと注意すれば良いだろう。
しかし、男だった場合は……?
(どっ、どどどどどどうしよう! 私のベッドで、男の子が寝てる……!? 私の匂いの中で!? そっ、そんなの、破廉恥よ! エリートじゃないわ!)
トレーニングと勉強に全てを費やした彼女は、こういった事柄への耐性はE階位レベルであった。
その思考レベルは、拗らせた童貞とほぼ同じである。
(えっ、今ってこの子どっち? どっちなの?)
額に嫌な汗をかいているのを実感する。
空調の音と寝息が、まるでセナノへと解を迫っているかのように聞こえてきた。
「ん……」
その時、エイが身じろぎをして仰向けになった。
右手はまだ胸の上で、小さくぎゅっと握られている。
セナノはエイをじっと見つめて、やがて目をグルグル回しながら呟いた。
「……た、確かめないと」
エリート思考が一つの答えを導き出す。
そうだ、触って確かめよう。
この答えに間違いなどある訳がない。
セナノは冷静な判断が出来なくなっていた。
故に、その手に迷いはない。
震える手は、しかし真っ直ぐにエイの胸へと向かって行く。
そして、間もなくセナノの手には控えめながらも確かな柔らかさが伝わってきた。
「んぅ……」
「ホッ……」
セナノは一安心して息を吐く。
女であれば問題などあるまい。
(……寝ている同居人の胸を揉むって、イカれているんじゃないかしら)
安堵から冷静になった思考が即座に常識に基づいた判断を下そうとしている。
が、それを彼女の右手が握られる感触が邪魔した。
見れば、エイはふにゃふにゃと寝ぼけながらセナノの手を握っている。
「セナノさぁん、一緒にねましょぉ」
「えっ――」
ぐいっと手を引かれ、不意を突かれたセナノはそのままベッドへと引き込まれてしまった。
それから思い切りエイに抱きしめられて、その顔を胸に埋める。
鼻腔の奥へと、エイの香りがめいっぱいに押し寄せて、エリートの思考はもう崩壊寸前だった。
「エイっ、ちょ、ちょっと……!」
「えへへ……もう、ひとねむ……り……」
セナノを抱き枕に、エイは満足げな笑みを浮かべて再び小さな寝息を立て始める。
穏やかな寝顔のエイとは違って、セナノは大慌てであった。
(な、なんか変な気持ちになっちゃうんだけど! ねえ、これ何の時間なの! 私はエリートなのにぃ!)
柔らかな感触と柔らかな匂い。
それらに包まれる多幸感が、セナノを満たしていく。
(変に抵抗してまた蝉の声聞こえてきたら嫌だし。もしかして、このまま私はエイが起きるまで耐えなきゃいけないの!?)
セナノの答えを裏付けるかのように、エイが少しだけ抱きしめる力を強めた。
今日も、平和な一日が始まろうとしている。
『……こ、こんな感じっすか監督』
『ヨシ!』
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