第25話 これが一巻分でソラねぇ……

 窓から差し込んだ日差しをずっと目にしていたにも関わらず、セナノは目を細める。

 まるで洞穴から出たかのような解放感が彼女を満たしていた。


 「お疲れ様でした」


 マンションのエントランスから出たセナノへと掛けられた第一声は、感情のない無機質なものであった。

 うんざりしながらも、ギターケースを背負い直してセナノは目の前の男を見る。

 スーツ調の特殊な儀式礼服を着ているその男は、朝に自分へと声を掛けてきた人物だった。


「なんでここにいるの?」

「三鎌縁者が現地縁者と合流せずに単身で迷宮に潜入したとの報告があり、精神に対する干渉を受けている可能性が高いと判断しました。故に、こちらの方で自己判断ながら対処させてもらいました。どうでしょう。結果として我々の助けが無ければ、S階位と言えど危うかったのでは?」

「……S階位、ね」

「まずはおめでとうございます。無事、対象である異縁存在は処理することが出来ました。その功績を認め、縁理庁は本日を以て三鎌セナノをS階位縁者として認定します」

「そう」


 セナノの淡白な返事に男は首を傾げる。

 しかし、彼が問いかけるよりも早くセナノの鋭い眼光が彼を睨んだ。


「で、どうやって私を助けたのかしら。具体的なその方法は?」

「その様子だと、既に見当が付いているのでは?」

「お前ッ!」


 躊躇いなく胸ぐらを掴み上げ、セナノは男を睨みつける。

 それ以上に手を上げないのは、彼女の理性が寸前で踏みとどまっているからだ。

 男はそれを理解しているのだろう。

 今までと一切変わらぬ冷静さでセナノへと語り掛ける。


「おっと、これはこれは。事実、それで助けられたのにどうして怒っているのでしょうか。それに、アレは彼女が自ら望んで行ったことですよ?」

「そう動くように仕向けたんでしょうが……!」

「私達もS階位になれるような優秀な人材を失いたくなかったのです。どうかご理解を頂きたい」

「…………言っておくけどS階位になったからって縁理庁の犬になるつもりはないから。それだけは上に伝えておきなさい」

「ええ、わかりました……っと、待ち人のご登場です。私はこれで」

「チッ」


 セナノはぶっきらぼうに男を突き放す。

 それと同時に、セナノへと声が掛けられる。

 今まで話していた非情な人間とは違う、柔和で感情的で陽だまりのような声だ。


「セナノさーん!」


 セナノは思わず天を仰ぐ。

 少なくとも、彼女が自分の元へとたどり着く前にこの怒りの形相を鎮めなければならない。

 エイに余計な心労を掛けるわけにはいかないのだ。

 彼女のために、そして人類のために。


 セナノは最後に男を一瞥して、彼にだけ聞こえるように吐き捨てる。


「……こんな事してたら、いつか取り返しのつかない事になるわよ。上は玩具で遊んでいるつもりなのかしら」


 男は答えない。

 ただ一礼して、一歩下がると綺麗に踵を返して歩き始めた。

 セナノも興味を失ったのか、今まさに駆け寄っているエイへと視線を向ける。

 

「大丈夫ですかー!? セナノさーん!」

「焦らないで頂戴。私はこの通りピンピンしているんだから」


 セナノは上手く笑顔を取り繕ってそう答える。

 と、その時エイがちょっとした段差に躓いた。


「わぁ」

「――っと、気を付けなさい」


 転びそうになったエイをセナノは優しく受け止める。

 エイは一瞬の出来事に頭が追い付いていないのか、しばらくぼうっとしていたがやがてハッとした様子で両腕を広げた。


「無事で何よりです!」

「っ、ちょっと人前で抱き着かないで」


 無邪気にハグをするエイにセナノは困惑した声を上げる。

 その様子を周囲の大人たちは、温かい目で見守り、あるいは罪悪感から目を逸らした。


「ごめんなさい、セナノさん」


 抱きしめたまま、エイが唐突にそう謝罪をこぼす。


「私、お留守番の約束を破っちゃいました。セナノさんが危ないって聞いて。」


 まるで悪戯を告白する幼子のように、相手の様子を伺う声であった。


「お友達が出来たの初めてで……。それで、セナノさんがいなくなったらどうしようって……」


 段々と感情的になってきたエイの声に耳を傾けながら、セナノは青空を見上げる。


(そう。エイだってこうして感情がある普通の子なのに)


 それを兵器として利用する人間がいる。

 それに助けられた人間としてここにいる。

 どうしようもない事実は、生きているという実感と共にセナノに重くのしかかった。


 エイは謝罪を望まないだろうことは理解している。

 付き合いはまだ一日ではあるが、彼女の純真さは十二分に知っていた。


 故に、セナノは頭にそっと手を置き撫でる。

 彼女なりの贖罪であり、礼のつもりだった。


「別に良いわよ、それくらい。助けてくれてありがと」

「……はい!」

「そう、貴女は笑ってればいいのよ」


 一件落着、そう言うには少しばかり心残りがある。

 しかし、今はエイの為にも笑って見せることにした。


(シオンの事、帰ったら報告しないと)


 この後の事を考えながら、セナノは笑顔を取り繕う。

 しかし、この青空にはその鬱屈とした感情を見透かされている気がした。







 こんなまともな子を相手にコンテンツ生産してんのおかしいっすよホント!

 どうなってんすか倫理は!


『あぁ~^^』


 現代怪異の親玉みてえな奴が百合見てキマってんじゃねえぞ。

 しかも片方は可変だからな。


『良いですね。やはりこの人間を生かしておいて正解でした。素晴らしいコンテンツです。思わず辺り一帯を天移しそうになりましたよ』

『マジ勘弁してください。それと、やっぱこの首輪外してくれませんかね。このままだと演技に集中できないっす。俺、このコンテンツに集中するために余計なものは排除したいっす!』

『コンテンツを理由にすれば私を操作できると? 可愛い思い上がりですね^^』


 こっちは必死なんだよ。

 空には上位存在、首には爆弾これなーんだ?


 そうだね、俺だね。


『安心してください。そんなものではエイは死にませんよ^^ 爆弾程度で死ぬと思っていたんですか?』

『えっ……?』

『脆弱故に、首輪如きに怯えるなんて……はぁ、やっぱり可愛いです。エイ、本当はもっと怯える貴女を見ていたかったのですが、私は優しいので教えてあげました。感謝は?』

『感謝……? 何故、俺が感謝を……?』

『そうですか。では、針金、鏡、花嫁、窓から好きな物を『感謝っす! マジサンキューな!』……はい^^ 素直な子は好きです。やっぱり、ヨイが言っていた通り感謝されると気持ちが良いですね!』


 ソラは満足そうである。

 なら俺からはもう何も言うまい。


 俺がセナノちゃんを助けた風に周りからは見えているのだろうが、全部横の上位存在幼女がやった事である。

 そこで計測器と真面目ににらめっこしていたお姉さん、こいつ機械をいじれるのでたぶん意味はないっすよ。

 後ろでもしもに備えていた縁者のおじさん、その気になったら抵抗できずに日本が終わるから武器の用意じゃなくて辞世の句の用意をするべきだったね。


 なんてことを胸に秘めて、俺はセナノちゃんにハグを続ける。

 だって、監督がそうしろって言うから。


『いいですねいいですね。一巻としては理想的な終わり方です。ここから仲を深めていきましょうね。……喧嘩イベントをリアルで見てみたいので二巻終わりで喧嘩しましょうか』

『俺の人生って、これから喧嘩すら管理されるの?』

『? エイの人生……?』

『うん、この話を広げるのはやめよっか。絶望と無情が待ってる気がするから。次のコンテンツの話をしようぜ』

『はい! これから忙しくなりますよ、エイ。project EN-THEOSが始まりますから^^』

『え、何それ』

『縁理庁の極秘計画です^^』

『なんで知ってんの』

『人間が私に隠し事を出来るとでも?』

『…………そっかぁ!』

『はい!』

『『わはははははは!』』


 俺とソラは、テレパシーの中で高らかに笑い合う。

 今日の空もクソみてえに快晴であった。













【縁理庁正式報告書】


文書番号:EN-RPT-2025-0919-KAGEMORI

提出部署:縁理庁 第七観測局 / 廻縁都市駐在特任縁者班

提出者:三鎌セナノ(A階位 ⇒ 昇格:S階位認定済)

報告対象:影森シオン(縁理学園三年)

作成日:令和██年8月■■日


件名:任務中行方不明扱いとなっていた縁理学園所属・影森シオン縁者に関する最終報告


■ 1.調査任務概要


令和██年8月■■日、岩手県██区に位置する特異迷宮型区域(通称「蛇の窓」領域)において、複数の行方不明者と異縁反応を追跡中の調査任務に従事。

当該任務中、事前に消息不明とされていた影森シオン縁者と遭遇。生存を確認し、行動を共にしつつ状況の全容解明に努めた。


■ 2.影森シオン縁者の行動と功績


影森縁者は、班員を全て失う極限状況下においてもなお冷静な判断と現地把握能力を発揮し、当該異縁存在の構造的弱点(最上階・封鎖構文付き窓の異常性)を事前に察知、後続の縁者へと情報を継承。


また、異縁存在との交戦中、影森縁者は敵の主たる「窓型認知災害領域」へと自ら突入。

自我崩壊・構文汚染の危険を顧みず、主戦力の注意を自身へ向ける囮行動を行い、後続行動に多大な貢献を果たした。


結果として、本任務の完全遂行および対象異縁存在(通称:蛇の窓)の排除・封印成功に至った。


■ 3.最終確認および殉職判定


 敵対存在の最終暴走時、影森縁者は物理的・精神的双方の接触を強行し、《鏡状空間転写体》との激突後、現場より完全に消息を絶った。


 最後に目視確認された際の彼女の姿は明確な自我と縁者としての誇りを保っており、敵意に満ちた環境下にあっても一貫して同胞への警戒喚起と守護を優先していた。


 その行動は明確に「縁者としての矜持と誇りに基づくものである」と断定され、同伴者の証言と戦闘記録をもとに、「任務中殉職」として正式に記録・認定する。


■ 4.備考


 同迷宮内で確認された異常構文・認知拡張現象、および未知の鏡型異縁存在との衝突事案については別途報告。


 なお、影森縁者の遺体・遺留品は現地において完全に消失。再現・回収は不可能と判断。


 影森シオン縁者は仲間を失いながらも決して正義と希望を捨てず、最後まで縁者としての使命を全うし、未来へ繋がる戦果を遺して散った。


 ここにその死を悼み、最大限の敬意をもって報告書として記録する。



提出者署名:三鎌セナノ(S階位認定)


審査印: □済(上層部審査中)

提出先: 縁理庁記録局・個別英霊顕彰課(写し:災主級観察課)


 

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