第24話 これがホントのミラーマッチってね!

 迷宮の真価を発揮し、拡張された廊下に無数の窓が開く。

 その一つ一つから蛇が溢れ出し、眼のように光る鱗が床を埋め尽くす。

 ただ一匹に触れただけで敗北は免れないだろう。

 それを理解していながらもセナノは一歩も退かない。


「ヒバリ、まだまだ舞うわよ」


 手を広げ、奉納の所作を踏む。

 足音は拍子、指先は舞の流れ。

 背から羽のように広がる焔が、蛇を焼き祓いながら環を描く。

 炎はただの熱ではなく、祝詞を帯びた光そのもの。

 NARROWとしての相性は依然として抜群であった。


「本当に厄介だねそれ。……それがあれば、私もこうはならなかったかもしれないのに。どうして、貴女だけがそんな素敵な物を持っているの?」

「才能ね」


 短く切り捨てた言葉に、シオンが憤ったのが分かった。

 その顔は既に人間を逸脱しているがその奥に蠢く蛇たちの眼が代わりに少女の怒りを表している。


「そんなもの、貴女にはないよ」


 蛇も黙して見ているつもりはなかった。

 両側の壁に開いた窓が一斉に波打ち、その奥から笑う人影がこちらを覗く。

 それはこの異縁存在に飲み込まれ、一つになった犠牲者であった。

 いや、もはや共犯者と呼ぶべきだろう。

 彼らの口からは幾千もの蛇が吐き出され、渦を巻いて襲いかかる。


「数でゴリ押し。短絡的ね」


 セナノは足を止めず、舞うようにその渦を裂いて進む。

 左へ一閃、右へ旋回。

 炎の羽根が蛇の群れを薙ぎ払い、ガラスの破片を散らす。

 蛇の窓は次々と増殖するが、セナノの動きもまた流麗に研ぎ澄まされていく。


 斬っても、燃やしても、廊下は決して静まらない。

 だが彼女の舞は途切れぬ祈り。

 奉納の拍ごとに焔が強まり窓の一部を溶かし、一時的にではあるが強引に閉じることすら叶わせた。


「これ以上……貴女達みたいな被害者を生むわけにはいかないのよ」


 叫びと共に踏み込む。

 炎の羽根が大輪の花のように開き、窓から溢れる蛇と激突する。

 血と焔、ガラスの破片が飛び散り、廊下全体が爆ぜるように光と影に呑まれた。

 

 互いに決定打を許さぬまま、炎と蛇は拮抗する。

 人の少女と異縁の窓、正反対の力が正面から拮抗するその光景は、祈りと呪詛の戦いそのものだった。


「どうして抵抗し続けるんだろう」


 窓から響く声は、疑問と傲慢に満ちていた。

 まるで蟻地獄に落ちた蟻を観察しているかのような無邪気な問いを、シオンは続ける。


「セナノちゃんは頑張れば頑張る程に疲れちゃうようね。そのNARROW、舞が無いとまともに機能しないんでしょ? 貴女はたった一人で限界がある。でも、こっちは皆がいるし、無限だよ。それなのに、どうしてそんなに必死に抗うの?」

「そんなの決まってんでしょ」


 焔の渦を巻き起こし、蛇を一掃する。

 そして何もいなくなった窓の一つへと駆け寄ると、その灼熱に燃えるつま先で蹴り上げた。


「うちでお腹を空かせた同居人が待ってんのよ!」


 窓枠がひしゃげ、また一つ窓がなくなる。

 しかし、その背後からすぐに窓が現れ、蛇があふれ出した。 


「くだらないね」


 シオンは冷たい声でそう告げる。

 少し前の柔和な雰囲気を持つ彼女からは考えられない程に冷たく、無機質な言葉だった。


「セナノちゃん。私ね、この方の窓になって気が付いたんだ。この世界には、人間の力じゃどうにもならない事が多すぎるって」

「そんなの縁者目指した瞬間から知ってるわよ」

「そうだね。私もそう思っていた。縁者になって、理不尽から人を助けようって。皆を守れる正義の味方になろうって。でも、その正義って本当に存在するのかな。私達は、巨大な存在の気まぐれで生かされているだけで、今までの頑張りなんて意味がないんじゃないかな」


 全ての窓に一斉に一つの瞳が映し出される。

 真っ赤に充血し、泣き腫らしたその瞳は間違いなくシオンのものであった。


 まるで涙のように蛇を垂れ流し続けながら、シオンは操り人形のような動きで手を持ち上げ、セナノへと差し出す。


「貴女も窓にならない? 貴女は優秀だから、良いポジションを用意してくれるとあの方は言っているよ。ねえ、どうかな? お互い、悪い話じゃないと思うんだけど」

「お断りよ」

「そっか……残念だよ。私達、きっと良いコンビになれると思ったのに」


 シオンは心の底から悲しんでいるようだった。

 が、それはセナノには一切の関係はない。

 情を捨て、異縁存在として処理をする。


 それだけが、縁者影森シオンの最後の尊厳を守る唯一の方法なのだ。


「ほら、また蛇が来るよ」


 今度は天井に窓が生まれた。

 ぼたぼたと鈍い音を立てながら蛇が次々と落ちてくる。

 数は次第に焔を圧倒し始めていた。


「……っ」


 NARROWの機能は充分すぎるほどにある。

 相性も良い。

 しかし、セナノには限界があった。

 鉛のように重くなる足を無理矢理動かし、関節に痛みが走ろうとも強引に腕を振る。

 どれだけ辛くとも、その舞は優美であり力強かった。


「無駄なのに」


 シオンはそれを見て吐き捨てる。

 その瞬間、それはそこに突然現れた。


 シオンが油断をしたのか、それともセナノが限界を超えて舞い続けたからか。

 要因はわからずとも、それがこの場に現れるまでの時間を稼げたことは事実であった。


「――鏡?」


 そこには本来あるはずのない大きな姿見が立っていた。

 埃を被らぬその鏡は、まるで空間に根を張るように置かれている。

 

 シオンはそれを目にして、妙な感覚に襲われた。


「……?」


 ゆっくりと体が傾いていく。

 まるで、そうしなければならないというかのように。


 彼女は気が付けば、鏡へ向かって綺麗にお辞儀をしていた。


「なに、これ……」


 困惑する彼女の視界には鏡が映っている。

 大きくて綺麗な鏡の下部。

 そこから、酷く痩せこけたボロボロの足が現れた。


 鏡を越え、境界を越え、その足は礼を続けるシオンの前に姿を現す。

 

「なにこれ、知らない……! あの方は、これを知らない……!」


 シオンは恐怖に駆られてブツブツと口走る。

 と、その時途端に体が自由を取り戻した。


 シオンは咄嗟に上半身を上げる。

 礼を続けてはならないと、縁者としての知識が告げていたのだ。


 しかし、それは対処としてはあまりにも遅すぎた。


「……え」


 目の前にいたのはボロボロの麻布を纏った女である。

 濡れそぼった髪と、痩せこけた体。

 ミイラと言われれば信じてしまいそうになるその女には生気が感じられない。


 何より異常だったのは、その顔が自分自身であったことだった。


「な、なんで……!」


 何かがおかしい。

 そう気が付いたシオンは、自分を守る様に蛇を放つ。


 蛇は女の足へと絡みつき、その牙を立てた。

 女は抵抗をしない。

 ただそこに立ち尽くしている。

 だからこそ、奇妙で恐ろしく、おぞましい。


「セナノちゃんの仲間!?」

「流石にこれは知らないわよ!」


 セナノは舞を止めずに答える。

 その間もセナノはその鏡を観察し続けていた。

 が、彼女ですらこの異縁存在に関する情報を持ち合わせていなかった。


「ならこれは――」


 シオンは問いかけようとしたその時、確かに見た。

 鏡に映る範囲にあった反対側の窓が、一斉に同様の姿見になったところを。


 姿見が増え、同じ姿の女が鏡から現れる。

 何枚も何枚も窓が鏡に変わっていく。

 世界が書き換わる様に、辺りが姿見に映し出されていった。


「な、なにこれ……」


 まるで映像の早回しのように鏡が増え、蛇と窓が数を減らしていく。

 今までこの場を支配していた筈の異縁存在が、突如現れた謎の存在によって世界を奪われたのだ。


 残されたのは、シオンとその中にある窓のみ。

 その中で笑っていた筈の影は、泣き叫ぶように暴れ、蛇をシオンの体から大量に流し続ける。


「い、嫌だ」


 シオンは、唐突にそう叫ぶ。


「窓に……窓に何かが映ってる! 私じゃない私が……! 鏡じゃないのに! 私がっ!」


 シオンは荒れ狂い、姿見を一つなぎ倒す。

 割れた鏡の欠片には、無数のシオンが映っていた。


 その顔は、何故か全員がシオンを見てほほ笑んでいる。

 まるで安堵しているかのようだ。


「嫌だ嫌だ嫌だ………………ぁ」


 暴れていたシオンは急にぴたりを動きを止めた。

 そして、自分の手を見つめると何かを確かめるように開閉する。


「私、もう本物じゃないんだ」


 何か納得したような、そして絶望した声でシオンが告げると同時にその体はまるでステンドグラスのような割れ目を作り上げ、一気に弾けた。

 辺りにシオンだったものが散らばる。


「……何が起こっているの」


 一部始終を見ていたセナノは警戒し、鏡を見る。

 しかし、不思議な事に鏡はセナノを映すことはなかった。


 役目を終えたかのように、一つ、また一つと鏡がその場で砕け散る。

 同時に鏡の前にいた女たちも甲高い音と共に辺りに砕けた。


 甲高い破砕音と、蛇だった灰が舞う廊下で、セナノは一人立ち尽くす。

 自分の知らないところが何かが起こり、そして終わったのだ。


 そうして、とうとう最後の一枚にひびが入る。

 その時セナノは確かにその鏡に映ったものを見た。


 コンクリートの廊下でも、セナノでもない。

 そこに映っていたのは、どこまでも続く蒼穹であった。



 








【縁理庁極秘記録】


異縁存在コード:EN-XXXX-JP

通称:在る鏡(あるかがみ)

危険階級:災主級

認知形態:鏡面型/自我反転型


■ 概要


『在る鏡』は一見すればごく普通の姿見に過ぎないが、接触した人間に「自然に頭を下げ礼をしたくなる」という強制的な礼儀衝動を引き起こす。

この行為を条件に、鏡面から女性の姿をした端末体が顕現する。女性の顔は曖昧に歪み、観察者は「自分自身の顔」が映し出されるため、実際の顔は存在しないと推定される。


この端末体は単なる「触媒」であり、本質は鏡そのものが持つ空間支配・認知支配能力にある。


■ 特徴と恐怖の本質


・自己置換


鏡を覗いた者は「自分が鏡の中にいる」という錯覚に囚われる。

時間が経過すると、本体の肉体が「鏡の外にいる人間」から「鏡の中にいる存在」にすり替わる。

結果として 現実世界に残ったのは映像であり、中身は鏡内に捕縛される。


・複製と反乱


捕らえられた人間は「鏡から出てきた端末体」として再構成される。

その人物の外見・声・記憶を完全に模倣するが、意志は在る鏡に従属。

このため、国家規模で「信頼できる人間がすり替わる」現象が多発し、過去に一国の政権転覆未遂が発生した。


・礼儀の呪縁


鏡の前で無礼を働かない限り、端末体は即座に襲撃を行わない。

しかし頭を下げた時点で「礼儀を尽くした=契約を結んだ」と認識され、自身の鏡像が対価として徴収される。

これにより「礼をした者は、必ずいずれ自身が鏡に囚われる」という不可避性がある。


・鏡面拡張


在る鏡は一枚の鏡に限定されず、礼をした人間の見るすべての鏡面に波及する。


手鏡、窓ガラス、水面、金属板──あらゆる反射が鏡に変化するため、逃走は不可能。


・歴史的事例


 数百年前、ある小国で貴族・官吏が次々に「忠実な影」にすり替わり、国政中枢を掌握。

 最終的には王そのものが置換され、国家は滅亡。

 その後、鏡を破壊しても反射面さえあれば再出現するため、封印以外の対処は不可能とされた。


■ 対処法


直視禁止:鏡を見ないことが第一。頭を下げる衝動を無視する強力な精神防壁が必要。

反射封鎖:反射面を全て布や泥で覆う。水面は排水、金属は焼鈍などの処置を実施。


端末体との交戦:通常武器で破壊可能だが、即座に再生。根源は鏡そのものにあり。


封印:古文書によれば、在る鏡は「逆礼(鏡に背を向け礼をしない)」ことで一時的に効力を失うが、危険性が極めて高い。


■■■■による吸収:1■■■年、実行。問題なく吸収完了。■■■■にも異常は見当たらない。



■ 恐怖の本質


 在る鏡の恐ろしさは、力ずくで殺す存在ではなく、人の「礼儀」や「社会秩序」を利用して人間を内側からすり替えることにある。

 人々は気づかぬうちに頭を下げ、気づかぬうちに鏡に奪われ、気づかぬうちに自分の顔をした怪物が世界に出ている。


 つまり、在る鏡とは「自分自身を信じられなくなる異縁存在」であり、その混乱は国家すら滅ぼすに十分である。

 


 

 

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