第22話 モブ厳でのおじさんの生存率

 シオンと名乗る少女に誘われ、セナノは部屋の中へと足を踏み入れていた。


「どうぞ、入ってください」

「……ええ、わかったわ」


 シオンの後に続くセナノだったが、彼女は常にシオンから一定の距離を取る事を意識していた。

 それを理解したのか、シオンはどこか寂し気に笑い、余計な誤解を生まないようにとセナノから離れた壁に体を預ける。


「改めて、こんにちは。そしてありがとうございます。えっと……」

「セナノ。三鎌セナノ、二年生。後輩よ……ああ、でも敬語は期待しないで。ここは一つ、一緒に生き残るために仲良くやりましょう。私への敬語もいらないし、セナノでいいわ」


 セナノはそう言って敢えて生意気に振る舞う。

 それは、シオンの不安を少しでも取り除き安心させようという彼女なりの気遣いであった。

 例え向こうが先輩であっても、助けに来たのはこちらである。

 安堵を与え、いざという時に命令に従って貰う必要があるのだ。


「三鎌セナノ……えっ、もしかして最年少でS階位に到達するかもしれないっていうあの天才!?」

「ふふん、そういう事。ちなみにこの頭の上に留まっているのが私専用のNARROW。新型特注よ」

「へぇ……私が不安で頭がおかしくなった結果見た幻覚かと思ったよ」


 そう言われてみれば、確かに異縁存在がいる場で頭に鳥を乗せている人間は可笑しく見えた。

 それも、鳥が淡く発光していればなおさらである。


「この子、結構やるわよ。少なくとも、さっき大量の蛇を蹴散らすのには役に立ったわ」

「蛇……もしかして窓から出てきたやつかな」

「そうよ。早速で悪いけれど、貴女の知っていることを教えて貰えるかしら」


 シオンはその問いに頷くと、まず初めにとある場所を指さした。

 そこには本来窓ガラスがあるのだが、段ボールや新聞紙などで覆われた上からガムテープが貼られ隙間すらなくなっている。

 それどころか、戸棚など些細な場所の窓ガラスでさえ見えないように覆われていた。

 まるで窓ガラスを恐れるかのような常軌を逸した部屋は、光が差し込まず薄暗い。


「奴らは窓から出てくるんだ。だから、まずは窓から離れる事。これだけは必ず念頭に置いて」

「確かに、窓の中に何か蛇みたいなのがいたわね。って事は、この部屋は一種の安全地帯になっているという事かしら」

「そうなんだ。私達、枯野かれの班はここを拠点の一つとして探索をしていた。といっても、私は卒業までは見習いだから、基本は後ろで報告に必要な事をメモしたりとか、実戦での立ち回りを教えてもらっていただけなんだけどね」


 自分の仲間達を思い出しているのかシオンは目に涙を浮かべ、体を丸めるように膝を抱える。

 それでも説明をやめないのは、彼女にも縁者としての意地があるからだろうか。

 セナノは静かに言葉に耳を傾ける。


「最初は影蛇ノ障子の異常個体だと思ったんだ。処理に慣れている筈の現地の縁者が二名行方不明になったのは知ってる?」

「……いえ、それは初めて聞いたわ。私が知っているのは貴女達が行方不明になったという事だけ」

「実は、私達の前にいなくなった縁者がいるの。縁理庁からもその救助で依頼が私達の班に来たし。けれど、実際には違った。これは私達の手に負えない。高位の異縁存在だよ」


 そこまで言うと、恐ろしくなったのかシオンは震える。

 その頭を撫でて安心させてやりたくなったセナノだったが、ぐっとこらえて続きを促す。

 不用意に何かに触れるなど、縁者なら決してしてはならない。

 それが例え、救助対象であってもだ。


「何か、弱点はないのかしら。窓を割れば死ぬとか」

「わからない。けど、少なくとも窓を壊すのは止めた方がいいよ。最初に副班長が同じことを提案して窓を割ったら、その破片が全て蛇になって襲い掛かって来たんだ。その蛇に噛まれるとどうなるかわかる……?」

「さあ」

「ガラスになって、粉々に砕け散るの。……先輩は、そうやって、悲鳴を上げながら……っ……!」

「落ち着いて。私がいるから」


 セナノは床にお菓子の箱を滑らせてシオンへと与える。

 

「大丈夫よ。私、災主級と遭っても生存したし、S級との戦いだって勝利したんだから」

「……そ、そんなに強いの?」

「そうよ。じゃないと、私が一人で乗り込んでくると思う? 安心しなさい。この事件は解決したようなものだから」

「……そっか。そうなんだ」


 シオンは頷いて、お菓子の箱を拾い上げる。

 そして中からチョコを一つ取り出すと、口に放り込んだ。


「……久しぶりに美味しいものを食べたなぁ。ほら、支給品ってあんまり美味しくないでしょ」

「そうね。だから私は基本自腹で別の物を買っているわ。ここを出たら、紹介してあげる。中々に美味いし、種類も多いわ。値段は少し張るけど……まあ、縁者ならすぐに稼げる額よ」


 セナノはそう言って立ち上がる。

 そして準備体操のように手足を動かし始めた。


「……もう行くの?」

「ええ。留守番している子が心配なのよ。だから、さっさと終わらせて帰らないと」

「…………そっか」


 シオンは頷いて覚悟を決めたように顔を上げる。


「実は、一つまだ言っていないことがあるんだ。私達は、この異縁存在の弱点を見つけたかもしれない」

「どうして黙っていたの?」

「確証がないんだ。だから、下手なリスクを取るよりも、避難をしたかった。……けど」


 シオンは立ち上がり、セナノを見つめる。

 先ほどの怯えた様子はどこかへ消え、今ここにいるのは一人の縁者であった。


「私に優しくしてくれた先輩が皆、死んじゃった。その仇を討ちたい」

「……いい根性してんじゃない」


 セナノはニヤリと笑う。

 こういう事を言う縁者は嫌いではない。


「で、その弱点って?」

「最上階の最奥。廊下の突き当りにある窓だよ。そこだけ窓の様子がおかしかった。蛇が出てくるわけでもないのにずっと波打っていたの」

「成程……親玉の巣かもしれないわね。わかった、案内して」

「うん」


 シオンは扉の前に立つと深呼吸をする。

 そして扉をゆっくりと開けた。

 顔だけを出して左右を見るが、誰もいない。


 足音を立てないように恐る恐る部屋からでたシオンはセナノを手招きした。


「こっち」

「わかったわ」


 セナノも部屋を出る。

 そして扉を閉めたその時だった。


「三鎌さん、探しましたよ!」


 廊下の奥から聞き覚えのある声がして振り返る。

 そこに吉葉と木場が並んで立っていた。

 背筋を伸ばし、まるで客人を出迎えるかのように整った姿勢で。

 二人とも、静かに笑っていた。


 だがその笑顔には皺も歪みもなく、貼りつけた仮面のように寸分も揺らいでいない。

 目尻だけが不自然に吊り上がり、瞳の奥は昼光を拒むように沈んでいた。


 昼間であるにも関わらず、廊下の奥は暗く、彼らの足元は影に溶けて見えなかった。

 ただ『笑顔』だけがくっきりと浮かび上がり、こちらをじっと見据えている。


 もう一度『三鎌さん』と声が響いた。

 しかし、二人の唇は微動だにしていなかった。

 

「……シオン、最初に行方不明になった縁者の名は?」

「吉葉タケオと木場ヨシト」

「成程。誘い込まれたって訳ね」


 二人は廊下の奥に並んで立っていたはずだった。

 しかし、次の瞬間彼らとの距離が縮んでいた。

 足音も、歩く動作も、なかった筈だ。


 セナノは思わず瞬きをする。

 その刹那、また近づいていた。

 

 笑顔はまったく崩れない。

 口角も、目尻も、最初に見た時のまま。

 瞳だけが濁りを帯び、形のない何かをうごめかせている。


「三鎌さん」


 声は先ほどよりもはっきりと耳に刺さる。

 だがやはり唇は動いていない。

 そこでようやく、声が二人ではなくその横の窓から発せられていることに気が付いた。


 男たちがまた近づく。

 距離は10メートルもない。


 笑顔だけが、廊下の光を吸い込むように白々しく浮かび上がり、

 その冷たい均整の中に人間らしさはなかった。


「セナノちゃん……!」

「大丈夫。こいつらは隣接する窓に沿って移動している。こいつらの立つ位置は必ず窓の真横。すぐに目の前に来ることはないわ。そして――」


 セナノの頭にいたヒバリが翼を広げ、男二人の頭上を旋回する。

 同時に、その周りに焔の渦が出来上がった。


「私の敵じゃないわ! 走って! 早く私をその場所に案内して頂戴!」

「うん!」


 言葉に従ってシオンは駆けだす。

 その背中を追うように、セナノも駆け出した。

 しかしステップは独特で規則的な物であり、この移動の間にも舞を奉納し続ける。


「このまま階段を上るよ。セナノちゃん付いてきて!」

「大丈夫、私は気にしないでどんどん進みなさい。これでも体力には自信あるから!」


 セナノは後ろを一瞥する。

 灰の山を後にして、今まさにこちらに向かっているヒバリだけが見えた。

 どうやら吉葉と木場はもう処理したらしい。


「……あの灰で、遺灰って事に出来ないかしら」


 胸ポケットのトランシーバーを雑に放り投げながら、セナノは小さく吐き捨てた。


 

 

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