第10話 流石はA級エリートのセナノさんだぜ!!

 セナノの怒りは最高潮に達していた。


「この依頼出した奴、後で絶対にぶっ倒す……!」


 目の前にいる異縁存在を、どうしてうっかり逃げ出したE級だと思えるのか。

 彼女の知識と経験則が、そんなわけがないと警鐘を鳴らしていた。


(迷宮を作れる時点で、E級じゃない。少なくともB級以上かつ、本来なら事前に念入りな作戦構築が必要なレベル……!)


 花嫁の姿をした異縁存在は、未だに動きを見せない。

 しかし、確かに見られているという感覚は存在していた。


 一見して何も起きていないように見えるが、その実、事態は膠着していない。

 異縁存在と縁者は、今互いに観測し、情報を収集しているのだ。


「あの……大丈夫なのでしょうか」


 背後からの言葉に、セナノはエイの存在を思い出す。

 彼女は、花嫁を目視しながらエイへと語り掛けた。


「その場から動かないで。ちなみにあの花嫁は見えるかしら」

「はい」

「そう。ならもう合格でいいわ。下手な事はしないで。オペレーター、さっさと返事しなさい。聞こえているでしょ。もう試験は終わりよ」


 間もなく、セナノの胸元のスマホから抑揚のない淡々とした男の声が聞こえてきた。


『はい、三鎌セナノさん。目標異縁存在との接敵を確認しました』

「確認しましたじゃないっての! 輸送中に逃げたE級って言ったわよね。ねえ? じゃあ何を逃がしたのか言ってみなさいよ! 下手な縁者なら死んでるわよ!? 絶対に派閥争いに巻き込んだでしょ? 許さないからっ!」

『……作戦に変更はありません。直ちに異縁存在の処理及び縁者のテストを――』

「うるさいうるさい! もういい! アンタのサポートなんていらないわよ! バーカ!」


 セナノは通話を終える。

 そして、続けざまに信頼できるオペレーターへと繋いだ。


『どうかしましたか、セナノさん。報告書なら既に受け取りましたが。今朝食を食べて――』

「ラクちゃん。花嫁、周囲を夜にする迷宮、縫い目」


 セナノは事情を説明する間もなく、特徴を告げる。

 するとしばらくの沈黙の後にこう返された。


『推定階級は』

「確実にB以上……たぶんAはある」

『ENコードを検索します。少し待っていてください』

「流石ラクちゃん。話が早くて助かるわ」


 セナノはふっとほほ笑む。

 そして、背後のエイへと更に下がる様にジェスチャーをした。


 それとほぼ同時。


「祝福を貴女に」


 ノイズ混じりの声が聞こえ、目の前の異縁存在が動き出す。

 

 衣がふわりと浮き上がり、内部から骨のような関節構造が見えた。

 その両脚は正しく歩くためのものではなく、嫁入りの場へ向かうためだけに組まれた生きたオブジェのようだった。

 膝は前後逆に反り、つま先は高下駄のように浮き上がり、歩むたびに「ギィ、ギィ」と不協和音を鳴らす。


 白無垢の袖口から覗くのは、針のように尖った指――否、縫製器官。

 無数の金属製骨針が腕から生え、そこからは黒い糸が糸巻きのように回転しながら流れ続けている。


 歩みは異常に静かで、どれほど近づいても、足音は決して鳴らない。

 ただ、花の香りと焼けた布の臭いが強くなるだけである。


 向かってくる異縁存在を見て、セナノは怯えることなくヒバリを構えた。


「あっちの方が早かったか。まあいいわ、対処法は戦いながら見つける。それと、対象異縁存在の特徴に言語能力も追加で」

『言語能力……!? 迷宮と言語能力を有する……それって、どう考えても高位の異縁存在では!?』

「たぶんね!」


 空気が、裂ける音を立てた。

 正確には、布を裁断するような音だ。


 異縁存在は静かに、けれど確実に、頭部のベールをずらす。

 中には顔などなかった──代わりにあったのは、真紅の刺繍糸でびっしりと塗り潰された仮面めいた肉布。

 その中心に開く、針穴のような眼がひとつ。


「――」


 彼女の指先が不意に動いた。

 指の間に走る数十本の糸が、一斉に空を裂く。

 音もなく、抵抗もなく、糸は村の建物の壁を貫き、草木を斬り裂き、セナノへと向かう。

 すべてをために。


「っ、ごめんもうヒバリを使う!」


 セナノはここでようやくヒバリを使う判断を下した。

 本来、NARROWは異縁存在との相性を考慮される。

 それぞれのNARROWが持つ構文が、逆に異縁存在を活性化させる場合も多いのだ。


 しかし、それでもセナノはヒバリを使用することを選んだ。

 彼女の直感が、こうするべきだと訴えかけていたのである。


「起きなさい、ヒバリ!」


 その名を呼ぶと同時に、羽の形をしたヒバリの表面に埋め込まれた古式回路が緋色に点滅を始めた。


『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』

「——NARROW《ヒバリ》、構文解放」


 セナノの命令に応じて、NARROWが自動的に変形する。

 分解・再構成を繰り返す中で、それは音を武器とする禍々しき鳥型戦装へと変貌する。

 背から伸びた羽根は音速で振動し、周囲の空気を圧縮、やがて不可聴域の殺音波を伴う余震となって地を割った。


 そうして現れたのは一羽の赤い鳥である。

 カラス程の大きさのそれが翼を大きく広げると同時に、まるで音が広がる様に波紋となって辺りに炎が散った。

 

「これよりこの場は、わたしの祝詞に従う」


 セナノへと迫っていた糸が全て焼き尽くされる。

 予想外の攻撃に、異縁存在は怯み停止した。


 両者再び睨み合いとなり、動きを止める。


『お待たせしました、対象異縁存在はEN-8773『伽骸ノ嫁』です。A級の実態災害で、既に収容済みの筈です』

「どっかの馬鹿が実験しようとしてやらかしたって事ね。ラクちゃん、気を付けるポイントを教えて。あと、前回はどうやって蒐集したか」

『はい。前回の蒐集時には、縫製行為の前段階を人形型遠隔体に肩代わりさせることで、儀式工程を途中で遮断、無力化に成功しています』

「なるほど、無理そうね」


 視認した時点でそれは不可能だと、セナノは切り捨てる。

 

『注意点は以下の通りです。

 一、対象との視線接触は婚姻儀式開始の合図となります。可能な限り顔のある位置を視界から外してください』

「もう見たっての」

『二、裾に触れた瞬間、縫製が始まります。生体の脚部を最優先で拘束し、血液吸収と骨構造変質が始まります』

「なるほど、既に私を縫おうとしていやがった訳ね。ってことはラクちゃん、こいつは私のヒバリの構文でも問題ないわね? 燃えたから第二形態開放とか勘弁してよ?」

『問題ありません。婚姻儀式の焼却による処置は有効と判断します。対象異縁存在の動きに注意して慎重に対応してください』

「……成程、これも見越して私に依頼しやがったのね。了解」


 セナノは頷き、伽骸ノ嫁へと飛び込んだ。

 彼女の周囲をヒバリが旋回し、炎による螺旋を描く。

 相手を観察し、情報を得て、セナノがたどり着いた答えは――。


「真正面から、ぶっとばーす!」


 勢いをつけたハイキックが伽骸ノ嫁へと放たれる。

 やけくそになった訳でも、狂ったわけでもない。彼女の頭脳が、これこそ最適解であると導き出していたのだ。

 そしてそれは、セナノの身体能力も相まって実際に有効であった。


「――」


 伽骸ノ嫁は反応し、自身の前に黒い糸を束ねた盾を生み出す。

 建物すらも貫通する強度と靭性を誇る糸だったが、炎の前では無力だった。


「そんな柔らかい盾で防げるわけないでしょ!」


 蹴撃は盾を燃やし突き破り、そのまま伽骸ノ嫁の頭部へと直撃する。

 足を伝い、炎が昇る。


 間もなく、伽骸ノ嫁の全身が炎に巻き込まれ燃え盛った。

 苦しむように、数歩後ろに下がった伽骸ノ嫁は、炎を振り払うように体を捩る。

 無防備となったその体をヒバリが囲うように飛ぶと、更に炎はその激しさを増した。


「ハッ、所詮はA級ね! このエリートの敵じゃないわ!」


 セナノはそう言って胸を張る。

 その姿は、この戦いが終わったと伝えているようだった。







 今、俺の目の前では待ち望んでいた現代ファンタジーバトルが繰り広げられていた。

 か、かっこいいー!

 やっぱあるじゃん! 異能力バトル!

 あの羽、鳥になるんだね。かっこいいなぁ、いいなぁ、俺も欲しいなぁ。

 折角なら、龍とか狼とか良いなぁ。作ってもらえたりするのかな?

 

『おぉ、やりますね人間。カッコイイです』


 ソラは俺の後ろで腕を組んで観察している。

 後方腕組み上位存在もご満悦のようだ。


 これだよこれ! 俺が転生して一番望んでいたの!

 因習とか、愛が歪んでいる上位存在じゃなくて、こういう熱いバトルなんだよ!

 あのNARROWとかいう機械、俺も欲しいー!


『ね、セナノちゃん生かしておいて良かったでしょ?』

『はい。中々面白いものが見れそうです。火を使う勝気の女とか、まさにヒロインじゃないですか。もう少し生かしておいてあげましょう』

『……いや、そこは見逃してあげるとかは……』

『ん? 今、私に逆らいましたか?』

『アッ、ナンデモナイデス』

『そうですよね。エイは賢いですね』


 上機嫌なのに、それはそれとして天移する結末は変わらないの怖いんだけど。

 今、どうにかして俺の天移も引き延ばしているけど、やっぱバッドエンド確定なのか?


 だ、誰か俺にクソ強い最強NARROWをくれ!

 出来ればいい感じに呪われてて闇の力とか使える禍々しい剣がいいです!


『さて、エイ準備してください。そろそろ私達の見せ場です』

『え? だってあのお嫁さんモンスターは倒したじゃん。ああやって見事に燃えているけど』


 俺の前では、白無垢の化け物がキャンプファイヤーの如き勢いで燃え盛っていた。

 これ以上の終わりはないだろうに、どういうことだろうか。


『まだですよ』


 まるで、読み終わった漫画にまだ続きがあるかのようにソラはそう言った。


『この場に異縁存在は、2体います』

『……え』


 驚く俺をよそに、ソラは手を叩いて喜んでいる。


『一度、目の前の敵に勝利して油断。実力以上の自信に満ちた言動、素晴らしいですよ人間! まさに噛ませ役兼ヒロイン! ここからが本当の戦いだと知らないとは、なんて都合が良いのでしょうか!』


 こ、こいつ、知ってて黙っていやがった……!


 

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