第9話 サプライズウェディング

 エイとセナノは今、車に揺られていた。

 一見して普通の黒いワゴン車に見えるが、車内に流れる物々しい雰囲気と座席の一部を改造して展開されたモニター群が通常のそれではない事を示している。


 エイはちょこんと座り、物珍しそうにあちこちを見まわしていた。


「まず最初に言っておくわ」


 セナノは前置きをして、言葉を続ける。


「この世界には、化け物が潜んでいる。私達は、異縁存在って呼んでいるわ。奴らは私達の世界を侵食し奪おうとしているの」

「……?」


 エイは唐突にそう言われ、首を傾げた。


 その反応を予想していたのだろう。

 セナノは、ため息をついて頭を乱雑に掻きむしった。


「あー、こういうの説明すんの私の担当じゃないってのに……! ラクちゃんがオペレーター続投してくれたら説明も任せたのにさ。……とにかく! この世界は常に何者かに侵略されてるってこと! そいつらと戦うのが私達、縁者って呼ばれる存在よ! 詳しい事が気になったら、他の奴に聞きなさい!」

「……おぉ」


 エイはパチパチと小さく拍手をする。

 どうやら意味を理解し、ついでに何故か感動しているようだった。


「つまり、セナノさんは正義の味方って事なのですね。まるで、この漫画のヒロインみたいです!」


 エイはそう言って、自分の読んでいた漫画の表紙を指さす。

 とりあえず褒められていることが分かったセナノは、気分が良くなったのか胸を張った。


「ふふん。そうよ、私は正義の味方。さ・ら・に、私はその中でも上澄みなのよ! 才能、努力、知能、その全てが一級品! このNARROWも、本来なら班に一つ渡されるところを私は専用NARROWとして受け取ったわ! …………じゃなくって」


 褒められて気分が良くなっていたセナノだったが、ハッとして説明を再開する。


「今から貴方に縁者として適性があるのかテストをするわ。拒否権は申し訳ないけれど、無い。まあ持ってると色々優遇されるし得はあるわよ」

「わ、私がですか!?」

「そうそう。まあ、別に現地で戦うだけが縁者じゃないから安心しなさい。貴方みたいな素人が現場なんて危険だしね。異縁存在を目視で確認できれば、後は私がやるわ。そういうのは、エリートの私に任せなさい」

「おぉ、もしかしてセナノさんってすごい人なんですか?」

「っ! そうなのよぉ! 私ってば、すっごくて――」


 セナノが言葉を続けようとしたその時だった。

 遮るようにセナノのスマホが通知音を響かせる。


 一瞬、不愉快そうな顔をしたセナノだったが、スマホをすぐに取り出し確認した。


「……成程、E級ね」


 セナノへと送られてきたものは、今まさに彼女達が向かっている場所にいる異縁存在の詳細なデータである。

 それにさっと目を通したセナノは、エイをちらりと見た。


 エイのセナノを見る目は、先ほどからキラキラと輝いている。


(私の事、正義の味方って……ふふ、そんなに期待されちゃあ仕方ないわね!)


 普段であれば、そんな事はしないのだが、セナノはわざとらしく足を組み髪をかき上げ自信満々に宣言した。


「余裕ね。このエリートにかかれば!」

「おぉ……!」


 エイが再び拍手をする。

 セナノはそれはそれは上機嫌だった。


「いい? 相手はE級と言っても異縁存在。一般人からすれば、一生掛かっても対処できない化け物よ。油断はしない事。私のように常に細心の注意を払い、いかなる事態も想定するの――」


 上機嫌ついでに、セナノの口も絶好調であった。

 部下が出来たときにやりたかったムーブを存分にやっている最中に、停車する。


 どうやら、目的地に着いたようだ。


「ん、着いたわね。降りなさい」

「はい」


 セナノとエイは車から降りる。


 目の前に広がっていたのは廃村であった。

 

 瓦は崩れ落ち、柱は骨のように剥き出しになっている。

 黒ずんだ木材には無数の苔と得体の知れない染みがこびりつき、窓はどれも割れ、鋭い破片が風に震えながらかすかな音を立てていた。


 人の気配はないはずなのに、どの家屋もこちらを睨んでいるかのように口を開けて沈黙している。

 集落の中央には、乾ききった井戸が口を開けていた。その縁には無数の爪痕が刻まれており、泥にまみれた手が這い出そうとした痕跡のように見えた。


 風が吹くたび、どこからともなく草木の擦れる音と家屋を通りぬける風が混ざって『声のようなもの』として耳に入り込む。

 村入り口の道端の地蔵は首が折れ、笑顔の面影だけを貼りつけたまま斜めにこちらを見ていた。


 見るからに雰囲気のある場所に、セナノはフンと鼻を鳴らす。


(いかにも異縁存在がいそうな場所ね。もしかして、この雰囲気にもう怯えちゃっていないかしら。ここは一つ、私が先輩として励ましてあげないと)


 セナノは振り返り、エイを見る。

 しかし、予想とは違いエイは「へぇー」と声を漏らすだけだった。


「……怖くないの?」

「?」


 エイは不思議そうに首を傾げる。

 どうやら問題はなさそうだ。


「ま、まあいいわ。それじゃあ行きましょう。対象異縁存在は、まだ名称すらないE級よ」

「はい、頑張ります……!」

「別に気張る必要はないわ。貴方が異縁存在を目視できると確認したら、私がちゃっちゃと倒すから」


 そう言って二人で村の中へと足を踏み入れた瞬間の事だった。


 ――からん、と鐘が一度鳴る。

 

 それを合図に、辺りが夜闇に包まれた。

 突然の事に辺りを見渡すエイとは違い、セナノはすぐにその異常事態に気が付く。


「ッ!? 迷宮!? 誰よ、これをE級とかふざけた報告した奴……!」


 村中央の井戸の前、それは既に姿を現していた。


 井戸の前に立つその姿は、まるで静かに式の始まりを待つ花嫁のようだ。

 白無垢の衣は、所々が焦げ、引き裂かれ、くすんだ灰色と煤で染まっている。

 継ぎ接ぎの糸が衣全体を縫うように走っており、それがまるで誰かの皮膚を縫い直してできた布のような不気味さを孕んでいる。


 頭部は完全に白布で覆われ、顔は一切見えない。

 しかし、白布の下で微かに動く頬や顎の輪郭が見え隠れし、感情すらも縫い付けられているかのような印象を与えた。


 全体の印象は『美しさ』と『死』が一体化した存在――つまりは、完成されなかった花嫁の未完の美。


 その恐ろしくも美しい威圧感に、セナノはヒバリを構える。

 彼女の顔からは、先ほどのような余裕そうな表情は消えていた。


 代わりに、誰かへの怒りが表情として浮かび上がっている。


「何が、うっかり逃げ出した異縁存在よ。どう見ても、収容施設ぶち破ったB級以上の化け物じゃない……!」


 セナノは、エイを庇うように立つ。

 彼女にとっては予想外の戦いが始まろうとしていた。


 

 







■ 異縁存在記録ファイル


異縁存在番号:EN-8773

名称:伽骸ノ嫁(とぎがら の よめ)

階級:A階級(縁触型実体災害)


■ 特別封鎖指示:


 異縁存在 EN-8773 は、指定封鎖区域「中空御坂旧婚礼館跡(コード:封域-077)」内にて現在も固定出現型実体として管理されている。

 対象の活動周期は概ね夜間(19:00〜04:00)に集中しており、婚礼衣装や装飾物の存在により活性化が顕著になる。


 封鎖区域には誤進入防止のための婚礼伝承撹乱フィールドを常時展開し、内部に接近する対象に対しては必ず「未婚」「未選定」「外見的適合あり」の三条件を確認すること。


 対象が活性化した場合、半径15m以内に存在する人間個体は、速やかに骨格操作・関節改造の異常干渉を受けるため、直接的な回収・排除は推奨されない。現地対応にはA階位以上の縁者と、反縁共鳴構文「刃環詞」による拒絶詠唱を用いること。


■ 概要:


 異縁存在 EN-8773「伽骸ノ嫁」は、日本国内に断片的に残る地域婚礼儀式および選ばれぬ嫁の伝承に縁災的構造を得て出現した実体災害系異縁存在である。


 その姿は、白無垢および和式婚礼衣装の破損混合体に覆われた女性型の存在であり、長身・関節の過伸展・無数の金属製骨針を持つ腕部を特徴とする。顔面は常に白布で覆われたままで視認できず、代わりに背面部に「嗤う花婿」の仮面状器官を有する。


 対象は定期的に「未婚の若者」を選定し、「嫁として相応しき姿」に改造すべく接近・拘束・構造変質を行う。拘束に使用される骨針・糸状器官は異常な強度と柔軟性を持ち、対象の関節位置を強制的に再構築した後、花嫁衣装を形成する肉体外被を縫製する行為を行う。


 縫製完了後、対象は意思・言語能力・個体差を喪失し、静かに祭壇状構造物の前に佇むことが報告されている。

 この状態の個体は「擬嫁体(コード名:BR-8773-β)」と分類されており、現在までに██体が発見・回収済み。


■ 補足記録:


 回収された擬嫁体のうち数体には、縫製時に使用されたと見られる人骨や、記録上存在しない古式祝言の文様が発見された。

 特筆すべきは、そのほぼ全てにおいて「表情が幸福そうに固定されている」ことである。

 担当縁者はこれを「恐怖反応による硬直」ではなく、「感情の上書き・同調による異常表情固定」と報告している。



■【異縁交戦記録 - 失敗例】


記録番号:EN-8773-JP-ENG-LOG-032

対象異縁:伽骸ノ嫁(EN-8773)

実施日:令和██年6月9日

関与縁者:百舌鳥トモヤ(階位:B)

任務種別:縁封任務/単独試験運用


■ 概要:


B階位縁者・百舌鳥トモヤは、現地伝承との共鳴が活性化の兆候を見せていた「中空御坂旧婚礼館跡」への単独派遣を指示され、EN-8773「伽骸ノ嫁」の封印的縁構文の再試験任務に従事した。

本任務は封鎖儀式の予備動作および対象の反応計測を目的としていたが、封印開始の1分後に予期せぬ暴走干渉が発生、縁者の脱出に失敗。


■ 経過抜粋:


20:44:封鎖域内部へ単独進入。詠唱準備開始。


20:48:対象反応発現。周囲温度急低下。誓詞紋様が出現。


20:49:周囲の暗夜化を確認。対象実体出現。未確認状態(半婚礼形態)で浮遊出現。


20:50:対象が急速接近。縁者による回避不可能。


20:51:音声記録「式を始めましょう」直後に接触。骨針による膝関節逆転が報告される。


20:53:通信途絶。以降、縁者の消息不明。


■ 結果:


 後日、「式場内中央構造物」にて擬嫁体として縫製された百舌鳥トモヤを発見。

 回収後、肉体的には生存していたが、人格・記憶・言語中枢が全て異常沈黙状態にあり、自己再認識を持たないまま保護中。

 目撃された表情は「幸福に微笑む状態で固定」。

 現在、特例医療保護施設にて無刺激収容中。


■ 評価:


 未婚・若年・感情的動揺のいずれかが、伽骸ノ嫁の選定条件として強く影響している可能性。


 B階位単独での対応は非推奨。対象の物理侵攻速度が極めて高く、詠唱中断への対応策が必須。

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