第8話 恐怖! 生贄巫女♂に忍び寄る魔の手!

 既に日は昇り、都市はにわかに騒がしくなり始めた。

 一日が始まり、せわしなく行きかう人々を眺めながら、二人はベンチに座っている。


 派手な赤髪と白い巫女服という奇抜な見た目の彼女達だったが、この都市に生きる人々にとっては些末事のようだった。


「ん、好きなの選びなさい。コンビニで色々と買ってきたから」


 セナノはそう言って、自分はおにぎりを取り出して袋ごと隣のエイへと渡す。

 エイはそれを受け取ると、興味深そうに中身を覗き込んでいた。


「センスには文句言わないでね。お金出したのはこっちなんだから」

「ふふっ、ありがとうございます。コンビニの食べ物というものが初めてで心が踊ってしまいました」

「へぇ、珍しいわね。もしかしてどこかいい所のお嬢様だったり……いや、お坊ちゃんか」


 一見してお淑やかな美少女にしか見えないエイは微笑んで、袋からサンドウィッチとおにぎりを取り出す。

 それを見て、セナノは内心で驚愕する。


(意外と食べるのね。コンビニの食べ物がよっぽど珍しかったのかしら)


 既にエイを身分の高い人間だと仮定しているセナノは、それ以上は言及しないでおくことにした。

 そんな事などつゆ知らずレジ袋を返したエイは、サンドウィッチの包装を開けようとして手を止める。

 

 そして困った様に眉を八の字にしてセナノを見た。


「これ、どうやって開けるのですか?」

「はぁ? もう、ちょっと貸しなさい」


 セナノは呆れながら、サンドウィッチの包装を開ける。

 特段上手いわけではないのだが、セナノの手を見るエイの表情は輝いているようだった。


「なるほど、そうするんですね。すごいなぁ」

「なんか妹が出来た気分ね……いや、弟か。ややこしいな」


 エイは笑顔でサンドウィッチを受け取ると、それをつぶさに観察してからついに一口頬張った。

 

「~っ! 美味しいっ! 美味しいですよこれっ!」

「そ、そう。それは良かったわね」

「凄い! 山菜とは違った瑞々しさがあります!」


 エイはニコニコしながらサンドウィッチをあっという間に食べる。

 それからおにぎりを手にした。


「……」


 が、一向に動く気配はない。

 それを察して、セナノは仕方がなさそうに手を差し出した。


「ん、剥いてあげる」

「……ありがとうございます。同じく三角だから、同じ要領で開けられると思ったのですが」


 あっという間に包装がなくなったおにぎりを受け取って、エイは笑う。

 その笑顔はあまりにも平和であった。




 それからしばらく朝ご飯を食べていた二人の間には沈黙が流れていた。

 聞こえてくるのは人々の行きかう足音と、蝉の声のみ。


 やがてその沈黙を破ったのはセナノだった。


「もう少しでアンタを保護する人たちが来るから」


 罪悪感を無くすために買った義務青汁を飲みつつ、セナノはそう告げる。

 エイはおにぎりの最後の一口を頬張って首を傾げた。


「保護?」

「さっき知り合いに連絡したの。信じられないかもしれないけれど、アンタがいた場所って、色々とまずい場所でね。アンタに変なものが憑いていないか検査するのよ。家に変な物を持っていきたくないでしょう?」

「変な物ですか」

「そう。変な物。詳しい事は保護に来た人に聞いて」

「そうですか。わかりました」


 エイはそう言って頷くと、漫画を一つ取り出して読み始めた。

 その口元には小さな笑みが浮かんでおり、楽しんでいることがうかがえる。


(それにしても、本当に不思議な子ね。の気配もないし、異縁存在も近くにいない。けれど、ただあの場所にいただけっていうのも変な話ね)


 セナノはエイを観察する。

 それから、何かを思い出したかのように声を上げた。


「あっ、そう言えばまだ貴方の名前を聞いていなかったわ」

「名前ですか?」


 エイが漫画を読む手を止める。

 

「色々とイレギュラーが重なって、名前を聞いていなかったわね」


 どこか恥ずかしそうにそう言ったセナノは、自分の言葉の奇妙さに気が付いた。


(……あれ、報告したのに名前を聞くことを忘れるなんておかしいわね)


 セナノは自称ではあるが几帳面な性格である。

 そんな彼女が名前を聞くことを忘れるだろうか。


(いや、そもそもあの場所にいたのがおかしい……?)


 一度疑念が鎌首をもたげれば、それは大きく肥大化していく。

 目の前で可愛らしく首を傾げるこの存在は、果たして人間なのだろうか。


「ねえ、貴方――」


 詳しく問い詰めようとしたその時、ふと夏の日差しがセナノを照らした。

 その瞬間、セナノは目を大きく見開いて停止する。


「あの、どうかしましたか?」

「……い、いえ何でもないわ」

「そうですか」


 セナノを心配そうに見つめていたエイだったが、彼女がなんともない事を知ると安堵し再び漫画を読み始めた。


「……疲れているのかしら」


 その問い掛けに答える者はなく、気が付けば空は雲一つない快晴であった。







 まーたこの子の思考になんかしたよこの上位存在。


『まだ名乗る場面ではありません。どうやら人間は私を恐れているようですし、その空写ともなれば名前も記録されている筈です。だから、こんな所で軽々しく明かしてはいけませんよ! エイをきっと探し回っている筈です。』


 何かこだわりがあるようで、ソラはぷんすこ怒りながらそう言った。

 無邪気なのは結構な事なのだが、セナノちゃんの脳みそに何かするのは止めてあげて欲しい。

 

「でも、もう少し優しくしてあげて」

「……? 何か言ったかしら」

「い、いえ」


 俺は小声で話そうとするのだが、隣にセナノちゃんがいるせいで上手くソラと会話することが出来なかった。

 不便そうだと思ったのか、ソラは俺の前に立つと空を指さす。

 

『エイ、青空を思い浮かべながら私に思念のみで話しかけてみてください』


 そんな事、一般生贄に出来るわけないだろ。


『一度コツを掴めば簡単ですよ!』


 上位存在基準での簡単をちっぽけな人間に押し付けるのは止めて欲しい。

 なんで出来て当然みたいな顔してるんだこいつは。


 やってみるけどさ。

 うーん、空を頭に思い浮かべて……。


『あ、出来たわ』

『流石エイですね! 偉いです! 天移したら、一番深くしてあげますね!』

『わ、わぁい。嬉しいなぁ……』


 深いって何……?

 もっと怖くなったんだけど……!?


『いいですか、エイ。先程も言いましたが貴方が名乗るのは大事なイベントです! 漫画で言うなら見開き! ここで心をぐっと掴むんです!』

『ウィッス』


 誰の心を掴むんだろう……。


『だから、こんな所で名乗ってはいけませんよ』

『でも、その名乗りイベントにふさわしいタイミングってあるの? 俺、この後普通に大人に引き取られて保護されるっぽいよ?』


 セナノちゃんからはファンタジーな気配を感じるのに、随分とお役所的な対応だった。まあ普通に考えれば滅茶苦茶正しくはあるのだが。


『それは困りましたね。適当にその辺から何体か引っ張ってきますか?』

『何を?』

『うーん、この辺りは無駄に綺麗で見つかりにくいですね……』

『ねえ、何を探してるの? またさっきの化け物みたいなやつ出そうとしてる?』

『エイは針金と鏡だったらどっちが良いですか?』

『すごく嫌な二択!? どっちも嫌だよぉ……』

『わがままですね……。でも怯えているエイも可愛いですよ』


 上位存在の寵愛を受けるのが辛すぎる。


 というか、このままだとソラがここに化け物を集めて解き放ち、マッチポンプなバトルシーンが繰り広げられる事になってしまう。

 自分の私利私欲のためにそんなことが出来るか! なんとかして止めなくては……。


「――あら、通信だわ。ちょっとここで待ってて」

「あ、はい」


 突如、セナノちゃんのスマホが鳴った。

 彼女は断りを入れて少し離れた場所で話し始めた。


 しかし、山育ちの俺にとってはあの距離なら声をしっかりとキャッチできるのだ。

 あまり田舎者を舐めるなよ。


「……え、私だけじゃなくて、彼も!?」


 暫く会話していたセナノちゃんは、唐突にそう叫んだ。

 それからハッとして俺を一瞥する。

 彼女は誤魔化す様にニコッと笑って再び通話へと戻った。


「……危険すぎるわ、大反対よ。えっ、上層部が……!?」


 セナノちゃんは再び俺を見る。

 その目には、何故か憐れみが感じられた。


「……わかったわ。でも、危険だと思ったら彼の保護を優先するから、そのつもりで」


 セナノちゃんの言葉から察するに、俺は何かに巻き込まれたようだ。

 絶対に、隣のこいつのせいである。


『先に言っておきますが、私はまだ何もしてませんよ』

『え? マジっすか』

『はい。……成程、どうやら見られていたみたいですね。エイ、ここからはすっごく楽しくなりそうです』

『絶対に楽しくないぞ』

『漫画で学びました。こういう時の上層部は悪い奴の集まりだと! 私達に気が付いて何か仕掛けてくるのかもしれません。心が踊りますね』


 踊りませんねぇ。


 嫌な予感しかしない俺の前に、セナノちゃんは予想通りバツが悪そうな顔で戻ってきた。

 それから色々と言葉を探す様に視線を彷徨わせる。


「あー、その言いにくいんだけど……迎えに来る予定だった人たちが来れなくなった」

「そうですか……」

「それで、何だけどさ……少しだけ変な事を聞いてもいいかしら」


 セナノちゃんはそう言って、遠慮がちにこう問いかけた。


「オカルトとかって、興味ある?」

「オカルト……?」

『あ、私はありますよ!』


 君はオカルトそのものだろ。










【縁理庁極秘文書】


文書コード:EN-XF-SORA-0815-ACT2

機密等級:最上位限(縁理庁上層部限定)

記録日:令和██年8月15日

担当記録官:第七管理課補佐 溝呂木クリマ

監視対象:個体コード《A-E1/空澱疑似媒介体》

関連階位者:A階位縁者 三鎌セナノ(試験任務中)


■ 概要:


本報告書は、異縁存在『空澱大人』の再出現または変質の兆候、およびそれに伴う媒介体的存在『A-E1』(通称:エイ)の観察記録を含む、上層部向けの特別記録である。

本件は8月15日早朝に実施された昇級試験任務『硝声ノ水槽』処理の継続観察下にて発生した。


■ 特別観察対象情報:


通称名:エイ


肉体的性別:男性(目視および会話にて確認済)


外見的印象:和装(白巫女服)、中性的容貌、美的整合性が高すぎる点に非自然性あり


発見地点:旧白音シネマ地下劇場、対象異縁『硝声ノ水槽』の元出現位置


縁濃度:通常時微弱、ただし特定言語反応・思考反応時に空間歪み検知あり


■ 状況報告(任務続行中観察記録):

【1】保護処置中の行動観察:


三鎌セナノ縁者により仮保護されたエイは、コンビニ食など都市文化への著しい未接触を示し、一般的な生活経験を欠いた反応を複数確認。


エイは終始柔和な態度を見せ、縁者への敵意や警戒は示していないが、その情報吸収速度・処理能力は異常に高く、また言語理解も完璧である。


また、本人が「名前を語ることを避ける」行動原理を示しており、これは異縁存在や構造異常体によく見られる「名に宿る構造識別性(真名的位相)の保持」を示唆。


【2】上位存在『空澱大人』との関連性:


観察中、セナノ縁者の思考内で一時的な"認識断絶"が発生。

→該当タイミングでは、エイを照らした直射日光の反射を契機に一時的な認識硬直が確認されており、上位存在特有の「視認系干渉(仮称:澱反射)」が発現した可能性がある。


本存在が空澱大人の分割された顕現人格もしくは高次観測器官である可能性が浮上。


■ 上層部との通話記録:


通話中、セナノ縁者に対し「A-E1にも試験を兼ねた実地対応をさせよ」との指示が下る。


目的はA-E1の縁者素質判定……を表向きの目的としつつ、その異縁存在への対処・応答パターンを観察するためである。


これに対しセナノ縁者は反発の意を示したが、最終的に「危険があればA-E1の保護を最優先する」旨の条件付きで了承。


■ 評価および推奨対応:

評価項目 判定

A-E1の人間性判定 条件付き保留(外形は人間に酷似、記憶・文化習得に差異あり)

空澱大人との関係性 間接的関与(媒介・依代・写しの可能性大)

空澱大人の実体性  明確な意思を持つ高次存在/現象的干渉を持つ観測機

セナノ縁者の対応力 概ね良好(状況対応力・現場判断は優れるが、一部に短絡的対応や私情の混入が見受けられる。今後の教育的補強を推奨)


■ 次段階推奨:


A-E1を偽装任務として再度異縁存在と接触させ、観測者としての性質および縁的耐性を精査する。


セナノ縁者を継続して同行させ、状況制御とレポートを兼任させる。


空澱大人との思念干渉が明確な事例を取得次第、澱語翻訳機構・高次干渉遮断層の実験運用に移行。


備考:

現時点においてA-E1が明確な敵対意思を示した記録はない。ただし、「名前」「空」など空澱大人由来のキーワードとの関連が密接に確認されていることから、潜在的観測災害として暫定分類することを提案する。

 

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