第6話 ダイスロール……成功!

【縁理庁任務報告書】


文書番号:EN-8251-AK-TYO-0815

記録階位:A階位縁者記録/機密等級Ⅲ

報告者:鎮縁課副補佐官 楽楽 ミラク

対象縁者:三鎌セナノ(階位:A)

任務種別:昇級審査任務(対異縁存在単独処理試験)

任務地:東京都旧中央区・旧白音シネマ跡

対象異縁:硝声ノ水槽(階級:推定B/認識災害型)


■ 任務経緯概要:


令和██年8月15日午前6時13分、A階位縁者・三鎌セナノは、昇級試験任務として東京にて確認された異縁存在『硝声ノ水槽』の単独処理に向け出動。任務対象地は既に封鎖済であり、対象の封印または縁斬り処理が許可されていた。


■ 任務進行経過:


05:55 現地到着(白音シネマ跡地)。

 一般人への偽装のため、近隣高校の制服を着用。異常兆候なし。


06:00 通信回線確保、オペレーターとの連携開始。

 異縁存在『空澱大人』消失に関する雑談あり(後述)。


06:13 NARROW ヒバリの解放要請・承認。棺型格納機構より羽刃型NARROW展開。


06:15 劇場内突入。異縁存在との交戦を想定した陣形を取るも、反応なし。


06:16 地下劇場にて未確認人物を発見。

 白装束(巫女装束に類似)を身に着け、黒髪を持つ10代前半程度の少女。

 漫画雑誌を読んでいた様子で、敵対行動・異常兆候は確認されず。


■ 特記事項:


異縁存在の消失

 本任務の対象であった硝声ノ水槽は現地にて姿を確認できず、既に「任務前に消失」していた可能性がある。事前に周囲への縁的封鎖が施されていたことを考慮すると、外部への逃走ではなく「異縁そのものの変質」または「存在形態の再構成」が疑われる。


未確認少女について

 発見された少女は、セナノによる観察において以下の特徴を持つ:

 - 顕著な美貌(人形的外見)

 - 感情反応・発話能力に異常なし

 - 周囲の異縁濃度が微弱ながら変動している点を除き、縁的な構造破壊の兆候は認められず


 当該少女の存在が硝声ノ水槽との直接的関連を持つかは未確定。

 現在は暫定的に接触観察対象として分類し、保護・監視の必要性あり。


空澱大人の消失に関する言及

 同日、セナノとオペレーター間で空澱大人に関する会話がなされた。

 5年前の事件(新宿「霧笑」事案)との関連性が再び浮上しており、複数のS階級異縁存在の座標が一斉に不明となっていることから、連動的な縁災誘発の懸念がある。


■ 総合所見:


本任務は「異縁存在の事前消失」および「想定外の接触者発見」により、実戦的な昇級試験とはならなかったが、当該縁者の判断力・対応力・NARROW運用の正確性は確認された。昇級判定は次回任務に持ち越しとするが、異縁対処能力に関しては十分な実力を保持していると評価する。


また、本件に関して新たな異縁存在の可能性が示唆されるため、少女の調査および硝声ノ水槽の変質調査を優先事項として扱うことを勧告する。





『こちらはもう報告書は仕上げましたけど……セナノさん、そちらはどうですか?』


 セナノの初任務は予想外の終わり方を迎えた。

 本来であれば異縁存在を処理しているであろう彼女が相手にしているのは、異縁存在とはかけ離れた美少女である。


「どうって言われても……ずっと漫画を読んでいるわね」


 セナノが地下劇場で遭遇した美少女は、肝試しに来た人間かどうかを確認した後興味をなくしたのか再び漫画を読み始めた。

 それからはどれだけ声を掛けてもまともな返事が来ない。

 大人しくその場にいるようだったが、裏を返せばそれはこの場から動かないという意思表示にも思えた。


『取り敢えず保護できますか? というかしてくださいね!』

「わかってるわよ。……あー、あのそこのお嬢さん? 聞こえている?」


 少女は答えない。

 暫くの間、劇場内にはページをめくる音だけが響いていた。

 それから間もなく、少女は漫画を読み終えたのか満足げに頷いてぱたりと閉じる。


「よかった」

「感想は聞いてないわ」


 少女はセナノを無視して、未開封の漫画へと手を伸ばす。恐らくは今読んでいた漫画の続きなのだろう。

 しかし、それをセナノは先回りして少女よりも早く漫画を手に取った。

 

「あっ」

「返してほしかったら私の話を聞いて」


 セナノは漫画をひらひらと振って見せびらかしながら得意げに笑う。

 その姿だけ見ると、いじめっ子のようだった。


「名前と年齢、あとはどこに住んでいるかも答えて頂戴」

『セナノさん、もう少し優しく……』

「人の事無視して漫画読んでる奴なんて舐めてるに決まってんでしょ。こういうのは初手で上下関係決まるのよ」


 セナノはそう言って、少女を見つめる。

 が、すぐにセナノの方が目を逸らした。


「……くそっ、顔が良い」


 ビジュアルの良さだけに敗北したセナノを見て、少女は立ち上がる。

 そして手を差し出した。


「漫画、返してください」

「だったら話を聞いて」


 セナノは譲らずそう答える。

 見つめ合ったせいか、体が熱い。まるで炎天下に晒されているかのようだ。


「取り敢えずここを出ましょう。こんな所でランタンの明かりで漫画を読まなくても外で読めばいいじゃない。外はもう明るいわよ」


 そう言ってセナノは出口を指さす。

 少女は相も変わらず、漫画を受け取ろうと手を差し出している。


「漫画、返してください」

「ふん根比べなら負けないわよ! 私のしつこさったら縁理学園でも一番なんだから!」

『それは誇る事ではないのでは……?』


 ラクの声に答えず、セナノは腰に手を当てて胸を張る。

 少女よりはやや背が大きいセナノは、見事に見下ろすことに成功していた。


「わかったでしょう? さっさと外に出るのよ。ほら、外でもう蝉が鳴いて……ん?」

『どうかしましたか、セナノさん』


 セナノは返事をせず、耳を澄ます。

 確かに、その耳には蝉の声が聞こえていた。


(この劇場は地下にあるのよ? なのに、どうして蝉の鳴き声が聞こえるの……? それに、この閉鎖的な環境で鳴いているにしては音の反響が少ない。まるで――)


 まるで開けた場所、例えるのならば山の中で鳴いているかのようだ。

 

「……っ」


 不意に風が頬を撫でた。

 生温い夏の風がセナノの輪郭をなぞるように吹き抜けていく。


「……ラクちゃん、縁的異常はない? 数値に何か」

『? 特にこちらでは何も観測できません。また冗談ですか? もう、そういうのは止めてください!』

「……そっか」


 セナノは覚悟を決めたようにヒバリを握る。


(何か、いる。硝声ノ水槽が変化したか、あるいはそれを喰らったより上位の異縁存在が……)


 異常事態であることを理解したセナノはすぐに行動を開始した。

 まず最初にするべきことは決まっている。


(この子が関わっていることは事実! まずは距離を取って――)


 ヒバリを構え、少女へと向けて起動しようとしたその時である。


「……あれ」


 不意に、思考に青空が浮かんだ。

 この場で組み上げた最適解の戦術が一瞬の空白と共に消え去る。


 が、今のセナノにとってはどうでもいい。

 それよりも、この思考の裏にある空について考えなければいけない。

 

「……あ、ぁ」

『ヒバリの起動を確認しました! 何かあったのですかセナノさん! ……セナノさん!? 』


 遠くで声が聞こえる。

 それは誰の声だったか今となっては思い出せない。


 それよりも、今はこの空を見上げなければいけなかった。


「……」


 思考の中にあったはずの空は、既に視界を覆っていた。

 響く蝉の声に、視界の端に映る青々とした峰。


 所謂、田舎の風景が視界と思考、心の全てを満たし、染めていく。

 しかし、恐れることはない。


 それは当然の事であり、やがて全ての人類が――


「漫画、返してください」

「――ッ!?」


 三度聞こえた台詞に、セナノはハッとした。

 辺りを見てみれば、今まで見上げていた■■はどこにもない。

 いや、そもそも。


「……あれ、私ったら何をしようとしていたのかしら」


 自分は何をしようとしていたのか、セナノは覚えていなかった。

 

『セナノさん! 聞こえますか!?』


 焦った声にセナノは首を傾げる。


「どうしたのよ、ラクちゃん」

『良かった、繋がってた……! 急にヒバリの構文起動を確認したので……』

「え……? あ、ほんとだ!?」


 セナノの手の中では、赤く輝くヒバリが何かを為そうと準備を始めていた。

 慌てて処理をしながら、セナノは苦笑いをする。


「そう言えば、ここに入ってからずっと握っていたから……うっかり舞踏モードに移行しちゃったのかも……」

『セナノさんらしくないですね……? もしかして新型だから不具合でもあったのでしょうか。取り敢えず、戻ってきたらヒバリは整備班に預けてください』

「はーい。って事だから、さっさとここを出るわよ……って」


 意外な事に、少女は既に出口へと歩き始めていた。

 両手のレジ袋に漫画をぱんぱんに詰めた彼女は、ふらふらと地下劇場を後にする。


「ちょっと、先行しないで! 危ないでしょ! っていうかなんで急に出る気になったのよ」


 セナノは慌てて追いかける。

 そしてすぐに追いついたセナノは、ギターケースを背負うと少女の隣に立ちレジ袋を一つ奪った。


「あっ」

「一つ持ってあげる。重いでしょ。別に奪ったりしないから安心しなさい」

「……ありがとうございます」


 少女は何か言いたげだったが、礼を言って再び歩き出す。

 ようやく素直になった少女に満足げに鼻を鳴らして、セナノも隣を歩き始めた。 


「別に礼なんて良いのよ。貴女みたいに鍛えていない女の子に持たせるわけにはいかないでしょ」

「女の子……?」


 少女は首を傾げる。


「なによ」

「私、男です」

「ゑ?」

「男です」

「……えぇ」


 セナノは今日一番の衝撃と共に、ゆっくりと通話状態のスマホへとこう言った。


「ラクちゃん、拾ったの美少女じゃなくて、美少女に擬態した変態だったわ」

『何を言っているんですかセナノさん』













【縁理庁任務報告書】


(追記)補足事項:


※なお、当該少女とされた人物は後の対話において「自分は男である」と名乗っており、三鎌セナノもに「男性であることを確認」している。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る