第5話 旧白音シネマ

【派遣申請書類|縁者初任務対応用】

書類番号 EN-089-SNS/派遣甲第一号

提出日 令和██年8月██日

提出者 鎮縁ちんえん課第六戦術班 班長 狭間 リョウシ

受理部門 封環ふうかん班構文局・縁理えんり学園運用室


■ 任務区分

・ A級異縁存在迷宮対応

・実地NARROWナーロウ封印試験

・新規異縁構造の迷宮音響位相検証


■ 派遣対象者情報

氏名 三鎌みかま セナノ

所属 縁理学園・A階位課程(縁師)

階級 A階位認定(舞踏型構文使用許可済)

装備予定NARROW ヒバリ/封環型炎詩構文刃ふうかんがたえんしこうぶんじん

過去実戦経験 なし(本任務が初運用)

適性評価 感情制御優・熱位相支配適合・精神強度A-


■ 対象異縁存在情報

異縁名 硝声しょうせいノ水槽

危険等級 A級特記(S級予備指定申請中)|

発生場所 東京都虚谷市文化開発区・旧白音シネマ地下層

異常概要 発声不能/精神遅延/泡化/迷宮水位上昇の兆候

現場状況 作業員3名失声、1名記憶障害・1名発話遅延症発症中


■ 任務目的と理由

音響型迷宮における炎舞構文の封印適性評価


感情温度による迷宮干渉制御の実戦適応可能性の検証


初任務縁者におけるNARROW初展開時の構文安定性試験


■ 指導・同行体制

監視者 封環班詠唱監査官 楽楽らくらく ミラク

監視補佐 鎮縁課副補佐官 東園とうえん ネネ

護衛補助 なし(封舞単独適応任務として承認済)


■ 備考

本異縁は「音を奪う」性質を持つため、言語構文NARROWによる干渉が困難とされる。

三鎌セナノの無詠唱舞踏型構文起動技術は、封環班の解析記録に基づき現在唯一の実地候補者とされた。


なお、本任務における精神影響および構文歪曲による副作用について、本人署名済。







 夜が明け、都市が目覚めるようにゆっくりと日に照らされていく。

 セナノは街並みを見下ろしながら目を細めた。

 日の光に反射する川の水面が眩しかったらしい。


「……久しぶりの東京だったのに全然遊べそうもないかぁ」


 赤茶けた髪は先端に向かうにつれて焦げたように黒ずんでおり、ショートカットの髪はまるで燃え尽きようとしている焔に見えた。

 いつも身に纏っている仰々しい白い制服ではなく近くの高校の制服を身に纏った彼女は、街が騒がしくなると同時に歩きだした。


 大きなギターケースを背負い、片手にスマートフォンをもって耳にあてがう。


「あーもしもしラクちゃん? そろそろ任務を始めていいかしら。待ちくたびれたんだけど」

『セナノさん、お待たせしました。もうそちらの異縁存在は処理して構いません。蒐集でも縁斬りでも好きなようにやってください』


 スマートフォンの向こう側で元気そうな声がそう言った。

 無邪気で緊張の無い言葉にセナノは苦笑する。

 まだ目的地までは時間がある。少しの間なら談笑しても問題はなさそうだ。


「で、そっちは大丈夫なの? 縁理庁が騒いでいたでしょ? 災主級が消失したって」

『あはは……大丈夫ではなさそうです。5年前の事件との関連性から東京方面に絞って探索したらしいのですが、縁的異常は何も見つからなかったみたいで……』

「そうなんだ。名前は何だっけ、そら、そらの……」

『空澱大人です。最古の記録では室町時代から存在していたという、日本でもかなり古い異縁存在ですよ』

「そんなのが急に消えたって、どう考えてもやばくない? 私、本当にこれから昇級テストを受けて良い訳?」

『勿論です。テストと言っても実際にその異縁存在で被害が出ているわけですからね。人々にバレないように秘密裏に異縁存在を処理する。我々、縁者えんじゃの役割の基本を忘れてはいけませんよ!』

「わかってるって。……さて、丁度ついたわ」


 セナノは意気揚々と仁王立ちで目の前の建物を睨みつける。


 それは、老朽化が進んだ映画館であった。

 シネマの文字以外は掠れて読めず、もはや廃墟としか思えないその場所こそが目的地、白音シネマである。

 

「さーてここに硝声ノ水槽があるって訳ね。楽勝よ楽勝」

『油断しないでくださいね。いくらA階位といってもまだ学生なんですから!』

「わかってるわかってる。でも私ってば強いしなぁ。じゃ、入るよー」


 胸ポケットにスピーカーモードのスマホを差し込んで、セナノは建物の中へと足を踏み入れた。


『またそうやって油断して……。とりあえず、通話はこのままでお願いしますね。それと、私の声が聞こえなくなったら注意してください。対象異縁は音を奪う。つまり、音が消えた時点でその場にいるという事です』


 夜が明けたと言っても、まだ建物内は薄暗い。

 セナノは懐中電灯を取り出し目の前を照らした。


「うわ、ゴミだらけ。大分荒らされてんなー」

『異縁発生前は不良のたまり場だったそうです。ガラスの破片とかも気を付けてくださいね。切ったら消毒ですよ?』

「過保護ね、相変わらず」

『当たり前です。セナノさんは自慢の生徒ですからね』

「はいはい、ならラクちゃんの期待に応えないとね」

『ならまずそのラクちゃん呼びをやめてください』

「あー、急に電波がー」

『!? 本当ですか! こちらでは何も観測出来ていませんが……!?』

「冗談よ冗談」


 オペレーターを揶揄いながらセナノは奥へとどんどん進んでいく。

 その歩みに恐怖はない。

 むしろ、それを待ち望んているかのようにより歩む速度が上がっていった。


「これが終わったらS階位ね。ようやくこれで一人で異縁を狩りに行けるわ」

『もう、セナノさんは自信過剰な所が問題ですね……』


 そう言いつつも、オペレーターの声もどこか余裕が感じられた。

 二人にとって、この任務は既に勝利が確定していると言っても良いだろう。


 それだけの実力が三鎌セナノという少女にはあると信じているからだ。


「着いた。ここから先が奴の迷宮ね」

『はい』


 セナノは腕時計を確認して、ギターケースを下ろす。


「8月15日、6時13分。NARROWの解放を要請する」

『NARROW解放、承認しました』


 ギターケースを開けると中に入っていたのは一回り小さな棺桶のようなものだった。

 セナノは前面に取り付けられたレバーを下ろす。

 すると、警告音と共に蒸気が噴き出しゆっくりと棺桶は開いた。


「へー、これがヒバリか。本物は初めて見るなぁ」


 棺桶の中には、一枚の羽の形をした刃が鎮座していた。

 一見するとククリナイフにも見えるそれは、意匠やその小ささからやはり羽と呼ぶのが相応しいだろう。


『封環型炎詩構文刃、貴重な新型のNARROWです。大事に扱ってくださいね』

「わかってるわよ。任せなさい、この日の為にダンスの練習を欠かさなかったんだから」


 セナノはそれを手に取る。

 そして、羽の付け根を胸元でぎゅっと掴んで深呼吸をした。


「私は強い私は強い私は強い私は強い……ヨシ! 私最強ヨシ!」


 最後に気合を入れて、セナノはいざ地下劇場へと足を踏み入れた。


「っしゃあ! 異縁なんか狩ってやるわよー!」


 勇んで地下劇場へと飛び込む。

 この時点でセナノは自身の勝利パターンを構築していた。


(失声症から考えるに、おそらく奴は人間への肉体的干渉を優先している。品定めのつもりかもしれないけど、その隙があるなら初手で舞をぶつければ――)


 セナノの考察は殆どが正しかった。

 硝声ノ水槽への対応は完璧と言っていいだろう。


 問題は、既にその異縁存在がいない事にあった。


「……は?」


 飛び込んだ劇場に小さな明かりが灯っている。

 暗闇に包まれている筈のこの地下劇場で見る明かりは、まるで何かをおびき寄せるための餌にも見えた。


 席の一つに吊り下げられたランタンの横には積みあがった漫画の山。

 ビニールで覆われていることから、まだ未開封であることがわかった。


 何よりも、傍の椅子に座り漫画を手にしている少女がいる。

 少女は漫画に夢中のようでセナノには気が付いていないようであった。


『セナノさん、大丈夫ですか?』


 オペレーターの声が聞こえ、セナノはハッとして我に返る。


(声が聞こえる。って事は、硝声ノ水槽がいない……?)


 セナノはゆっくりと辺りを見渡し、少女と漫画以外の異常がない事を確認してから口を開く。


「……ラクちゃん、聞こえる?」

『はい聞こえますよ。……もしかしてもう終わったのですか?』

「わからない。けど……いる」

『え!? もしかして新たな被害者ですか!? 辺りは封鎖していた筈なのに……!』

「被害者……ではないと思う。白い巫女服みたいな装束に、黒い髪。私以外に呼ばれた縁者かな」

『そんな報告は受けていません。警戒してください、セナノさん!』


 セナノはヒバリを構えながらゆっくりと少女に近づいていく。

 そして、いつでも動き出せる姿勢のまま声を掛けた。


「あの……ちょっと良いかしら」

「――え?」


 少女はようやく気が付いたように顔を上げる。

 それだけでセナノは息を呑んだ。


(顔めっちゃ良っ! なにこの子、お人形さん!?)


 すっと通った鼻筋に、ガラス玉を埋め込んだようにキラキラと大きな黒い目。

 黒く美しい髪は先端が切り揃えられており、セナノの中にある日本のお姫様というイメージとぴったり合致した。

 驚いたような顔ですら、思わず写真に収めたくなるほど美しい。


「あの……?」


 少女は言葉を待っていたようだったが、あまりの美しさにセナノは固まってしまっている。

 やがて少女は沈黙を嫌ったのか、首をこてんと傾げて自ら問いかけた。


「肝試しに来た方ですか?」

「……違うわ」


 何とか言葉を絞り出し、セナノは正気に戻る。

 そして、オペレーターへとこういった。


「かわいい子を拾ったわ」

『報告が端的すぎますよセナノさん』

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