第39話 未来の光

【現世】

父は手の汗で濡れた日記を、ゆっくりと閉じた。


誰も息をする音すら立てなかった。


萌々は膝の上で組んだ指をほどき、

その指先をそっと見つめていた。


――その薬指には、光を宿した指輪がはまっていた。


海斗はアルバムの違和感に気づいたーー


(写真の光と一緒だ…)


お父さんが続きを語ろうとしたとき、

萌々はゆっくり顔を上げ、静かに言った。


「……すみません。

 その話の続き、私……知ってるんです。」


全員が萌々を見る。


萌々の声は震えていなかった。

けれど、その瞳はどこか深いところでひび割れていた。


「私…… 陸斗君と付き合ってしばらくした時に、今お話された夢を何度も見ていて、それを陸斗君に言ったんです。」


「今の夢?」と父が小さく問い返す。


萌々はうなずいた。


「はい。夢……だけど……

 夢じゃなかったのだと、あとで分かりました。」


父は眉を寄せ、中邑や柴田も息を飲む。


萌々は、ゆっくり言葉を紡いでいく。


「今、陸斗君のお父さんが読んだ日記…。

 私達の前世で生きた人生なんです。」


「!!!」


空気が重く沈む。


萌々は、指輪をそっとなぞる。


息をのむ音が、いくつも重なった。


萌々は陸斗の遺影ではなく、

“そこにいるかのように”視線を向けた。


「陸斗君……言ってくれました。

 “萌々だから、全部話すよ”って。」


その瞬間、空気が柔らかく震えた。


「陸斗君は……


 私と海斗君が亡くなった後…

 病院に来るご両親を待ってたんです。

 

 でも、来たのは、私の両親と警察の人…


 陸斗君は違う病院に連れて行かれ、動かなくなっ 

 たご両親と対面しました…


 彼の絶望を止める人が、この世から居なくなった


 次の日…


 全てを失った陸斗君は、自ら命を経ちました…


 


 次に目を開けると、そこには黄金の龍が居て…


 “人間に生まれ変わりなんてない”と言われたこ 

 と、

 “人は同じ人生を何度も繰り返す”と教えられたこ

 と……


 陸斗君は自ら命を絶った罰として、来世でも同じ 

 寿命になること…


 その代わり、黄金の龍が陸斗君の分岐点が来たら 

 教えてくれるってこと…


 全部、話してくれました。」


誰も言葉を返せない。


萌々の声は淡々としているのに、

その奥は泣き叫んでいるようだった。


そして、ポケットからキーホルダーを取り出し


「現世でも、私は陸斗君と結ばれました…

 

 こうなる事を知りながら、一緒にいました。


 彼は、諦めてなかったんです…


 もしかしたら、寿命に勝てるかもって…


 部屋に籠ってから、毎日身体を鍛えて、彼なりに 

 運命に逆らっていたんです…

 

 決勝戦の日も…

 

 前世で私と海斗君が亡くなった、サービスエリア 

 でお揃いのキーホルダーを買って、家の前でお別 

 れをしました…


「明後日連絡するから。」


って…


 次の日は……

本当に最期なのか、信じられなくて…

朝から陸斗君の家の近くで、ずっと居ました…



 夕方…、陸斗君が救急車で運ばれる姿を、見てい 

 ました。」


その場にいる全員が、凍りついたように動けなかった。

萌々の声だけが、静かに積み重なっていく。


棚橋が顔を拭いながら、声を震わせた。


「……陸斗が学校に来なくなった日。

 本当なら、俺が監督室の前で……

 あの声を聞いた日か?」


本間は、ゆっくり真壁の顔を見た。


「……私が校長に“どうする?”と聞かれ、

 “もし空谷が来なくなっても、

 棚橋たちがいます”と言った日ですね。」


萌々は眼鏡を外し、静かに言った。


「陸斗君は……

 その日が、分岐点だと言っていました。」


棚橋の口から後悔がこぼれた。


「それなのに、俺は心の何処かで安心していた…

そして俺たちは…

アイツを情けの目で見てたのか?

プレッシャーに負けて、可哀想な奴だと…

……。

数ヶ月後、普通に俺たちの前に出てきて、色々アドバイスをくれたから…

俺たちは… 優勝出来た…

それなのに…

今日の今日まで、おれは…。」


優愛が棚橋の肩に手を当てた。


内藤は静かに言った。


「ありがとう…

 今度は私が守って行くから…」


真壁は立ち上がり、陸斗の写真に頭を下げ、

「私も… そうだ…

 本当に申し訳なかった…」


萌々の肩に、温かい手がそっと置かれた。

目を上げると、陸斗の母が涙をこらえて微笑んでいた。


「……萌々ちゃん。

 本当に、ありがとう。

 あなたがいてくれたから、あの子は最後まで……

 笑っていられた。

 夢の中の陸斗の彼女はあなただったのね…

 いま… はっきり、思い出したわ…」


その声に、萌々の胸の奥で何かがほどけた。


「……おかえり。」


その一言は、

前世と現世の距離を超えて、

萌々の魂をそっと抱きしめた。


「ただいま…」


萌々の薬指で揺れる指輪は、

まだ誰も知らない未来の光を、静かに灯していた。


そして、父は微かな声で


「もし、私が陸斗だったら、同じ行動をとれていたのか?」


線香が灰に埋もれ、静かに葬儀が終わりを迎えた。




「誰だって過ちはある。

それは仕方のないこと。

でも、選択を間違えた過ちは、

多くの過ちを呼び起こす。

人生の選択は簡単にしちゃいけない。悩むんだ。」


兄ちゃんがみんなに言ってる気がした。




第40話へ続く





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