第40話 未来

――時は流れた。


あの日、夢の中で別れた少年少女たちは、

それぞれの「現世」を、生き抜いていた。



---


棚橋修也は、幾度も怪我に苦しみながらも、プロの世界を越え、海を渡った。

メジャーリーグのマウンドで白球を投げ、

引退後は日本へ戻り、監督として再び野球と向き合う。


その背中には、いつも岩谷優愛があった。


二人の間には、二つの小さな命が生まれ、

かつて失われたはずの未来は、確かに次の世代へと受け継がれていた。



---


内藤は、夢だった刑事になった。

理想と現実の狭間で何度も立ち止まりながら、

最終的に向き合ったのは――

かつての修也と同じように、居場所を失いかけた少年少女たちだった。


彼は知っていた。

救うとは、一度手を差し伸べることではない。

差し伸べ続けることなのだと。



---


本間は、あの日から自分を奮い立たせ、再びグラウンドに立った。

海斗の優勝をきっかけに、学園は甲子園の常連校となり、

人々は彼を「名将」と呼ぶようになった。


だが彼自身は、ただ選手の背中を見送り続ける指導者であり続けた。



---


真壁は、政治の道を選んだ。

妻と娘の存在を改めて胸に刻み、

前世で犯した過ちから逃げることなく、

ハラスメントやいじめと向き合い続けた。


街の片隅でかき消されそうな声を、

彼は拾い続けていた。



---


中邑は、陸斗の思いを背負い、

打者として数々の記録を塗り替え、

オリンピック日本代表にも選ばれる強打者となった。


やがてプロ野球の監督となり、

日本シリーズの舞台で、棚橋監督率いるチームと相まみえる。



---


柴田は、グラウンドを去ったあとも、人を照らし続けた。

持ち前の明るさでタレントとなり、

「生きててよかった」と笑える人生を選んだ。



---


岡田は、若者の支えになるため、他県の教員となった。

そして野球部監督として、再び甲子園の土を踏む。



---


父と母は、二人の孫に囲まれ、

海斗と萌々に支えられながら、

静かな幸せを全うした。



海斗は、卒業式の日にマネージャーだった愛那に告白され、優しく受け止めた。

そしてプロ野球選手となり、やがてメジャーへ。


棚橋と同じチームでワールドシリーズを制し、

引退後は表舞台に立つことなく、

愛那と子どもと、穏やかな日々を選んだ。



---


萌々は、誰にも告げず、婚姻届を出していた。

陸斗が亡くなる、ほんの少し前に。


そのお腹には、新しい命が宿っていた。


萌々は空谷家で、

陸斗の父と母、そして子どもと共に生きた。


彼は、確かにこの世界に存在した。

その証は、未来に残った。



---


そして――

十数年後の夏。


本間率いる学園と、岡田率いるチームが、

甲子園の決勝で激突する。


語り継がれる名勝負だった。


白球は、過去と未来を繋ぐように、

何度も何度も、空を切った。


スタンドには、

それぞれ家庭を持ち、人生を歩む元チームメイトたちの姿があった。



九回裏。

スコアは一対零。


名将・本間監督のチームがリードしている。


マウンドには、エース――空谷龍斗。


土を踏みしめる音が、やけに大きく響いた。


スタンドのざわめきが、

一度、波のように引いていく。


テンポ良くツーアウトを奪ったが、

そこから三者連続四球。


そして打席に立つのは、

岡田監督率いるチームのエースであり、四番打者――棚橋優也。


グラウンドは歓声と日差しに揺れていた。


フルカウント。


風が、時を止めた。


歓声も、太鼓の音も、

一瞬、世界から消えたようだった。


龍斗はセットポジションを外し、天を仰ぐ。


ベンチでその姿を見守る本間。

その肩に、そっと手が置かれた。


「長生きはするもんだな」


真壁の声は、甲子園の熱に溶けていった。


その光景を見つめながら、

岡田は胸の奥で、静かに回想に沈んでいた。


優也だけが、勝利を確信した。――その瞬間。


「龍斗! 深呼吸!!!」


その声のもとで、

夏疾風が、お揃いのキーホルダーを揺らしていた。




次回、最終話

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る