第五十二話 その提案、聞いてもいいけど

「これが、あたしがあの時、籠女かごめに伝えられなかった事実」


じゃタワー・六十二階。

屍々子ししこと籠女は、五年前にミズト邸で起きた惨劇の全貌を聞かされていた。


阿巳蛇あみだが、ミズトに何を施され、何を奪われ、何を背負わされたのか──その全てを。


床にあぐらをかき、阿巳蛇は淡々と過去を語っていた。


語り口だけを見れば、感情を削ぎ落とした回顧に見える。


だが、その瞳の奥には、消えることのない執念の炎が宿り続けていた。


屍々子も、籠女も、すぐに言葉を返すことができなかった。


アミダが阿巳蛇へと変わってしまった経緯には、同情せざるを得ない。


しかし──だからといって、彼女が今行っている行為を正当化することはできない。


理解はできる。

だが、賛同はできない。


現にこの瞬間も、因喰いんじきによって苦しめられている怪異たちが存在しているのだから。


重い沈黙が流れたあと、籠女が口を開いた。


「アンタ、ホンマにミズトさんのこと──」


その言葉を、阿巳蛇が遮った。


「──変わらないよ。それは」


冷たく、断言する。


式日しきじつもやめない。

そのための因喰を作ることも、やめない」


籠女は一度、視線を床へ落とした。


「……」


そして、ゆっくりと顔を上げ、阿巳蛇を見据える。


「アンタのその復讐に……。

なんも関係あらへん人らを巻き込むなや!!」


その叫びに、阿巳蛇は小さく舌打ちをした。


「ッ……そんなこと、わかってる……」


声を震わせながら立ち上がり、籠女を睨み返す。


「あたしだって……。

好きでこんな風に生きたいわけじゃない!」


籠女の瞳が、わずかに揺れた。


阿巳蛇の目には、涙が滲んでいた。

かつて親友だった存在を前にして、抑え込んできた感情が激しく揺さぶられている。


「この復讐を止めたら、あたしについてきてくれた、みんなの想いが無駄になる!!」


「みんなそれぞれ、失くしたい因果がある。

それがみんなの呪いになってる」


「これは、間違いだとか、正解だとかそういうんじゃない。

だから、あたしがこの世界を支配して、因果に苦しんでる人たちの祝福になるために!!」


阿巳蛇の声が、空気を震わせ、張りつめた空間に響き渡った。


籠女は、すぐに言い返す。


「ほんなら──。

アンタの復讐に、理由もなく巻き込まれた人らの因果はどうなる!!」


「その気持ちを、その悲しみを……。

アンタは、どうやって責任取るつもりや!!」


その言葉に、阿巳蛇の目に滲んでいた涙が、ついに零れ落ちた。


「……わからない」


掠れた声が、喉の奥から絞り出される。


「わからない……。

でも、籠女をミズトから守る方法は、これしかないから……」


それは、阿巳蛇なりに辿り着いた結論だった。


ここまで強くなっても、ミズトには勝てない。

どれほど力を得ても、籠女を守れない。


だから、奪った医学書で得た知識で──因喰を作った。


そこから犠牲が出たとしても、誰かに恨まれたとしても、籠女に恩返しをしたかった。


籠女への恩返しは、復讐ありきのエゴなのは分かってる。


それでも籠女は──。



自分の、初めての友達だから。



籠女は何かに気づいたように、小さく呟く。


「"力づく"ってそういう……」


短く息を吐き、続けた。


「……せやから、ウチのことさらったわけか。

因喰を飲ませたんも、ここからウチをミズトさんのとこへ戻されへんようにするため」


視線を逸らさず、静かに言い切る。


「毒を作れるくせに、解毒が作られへんやつはおらんからな」


阿巳蛇は答えなかった。

指先で涙を拭い、視線を床へと落とす。


籠女は、ずっと考えていた。


今の阿巳蛇を止めるには、殺す以外に方法はないだろう。

このままでは、無関係な者たちを更に巻き込み、因喰の被害は広がり続ける。


だが、阿巳蛇を殺したところで、阿巳蛇に因果を預けた者たちはどうなる。


統率を失い、突然希望を奪われた者の行動は──


五年前に見ている。


そして、ミズトが阿巳蛇に行った仕打ちは、籠女にとっては、到底信じがたいものではある。


話を聞く限りでは、阿巳蛇が取っている行動は、現在籠女から見ても、逆恨みではないのは確かだ。


ミズトは信頼したい。

乱丸らんまるが眠っている間、籠女の面倒を見てくれた。


だから、まずはそれを確かめる。


「……アンタが言うてた、力づくの提案。聞いたるわ」


その一言に、籠女以外の全員が息を呑み、目を見開いた。


だが籠女は、誰にも口を挟ませないよう、間髪入れずに続ける。


「ただしな。一つ条件がある」


阿巳蛇の反応を確かめるように、続ける。


「街で配っとった因喰……。

ほんで、因喰が体内ある怪異たちから、それらを全部取っ払うのが条件や」


籠女の言葉は、無兎むとかぶらが勢いよく椅子を蹴って立ち上がらせた。


「そんなことッ……出来るわけ──」


振り返りもせず、阿巳蛇が言葉を遮る。


「──無兎。いいから」


一拍の間を置き、諭すように続けた。


「あたしの判断は……間違えない」


その静かな断言に、無兎と鏑は言葉を失った。


互いに視線を交わすこともなく、やがて二人は、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


阿巳蛇は、その様子を耳で確認すると籠女へ確認した。


「あたしの提案の内容も聞いてないのに「聞く」なんて言っちゃって大丈夫?」


そう言って、ちらりと屍々子の方を見る。


だが籠女は、一瞬の迷いもなく答えた。


「問題あらへん」


言いながら、口の端をわずかに吊り上げる。


「なぁ? 屍々子」


屍々子は、瞬きで頷いた。


「籠女に任せる」


その返答に、籠女はふっと小さく笑う。


「うちのリーダーからOK出たからな、今度はアンタの答え……聞かせてや」


そして、親友の名前を呼んだ。



「アミダ」



♦︎



因喰の原材料は【怪異の霊子】。


外形は全長約二センチの金属製カプセル。

白色の外殻を持ち、怪異の体内へ侵入した際、自動的に霊子場へアクセスする構造となっている。


カプセルが霊子場へ侵入すると、内部機構が起動。

霊子場内の霊子を強制的に抽出する。


抽出に要する時間は数秒。

この間、体内の霊子を霊子場へ循環させる猶予は存在しない。


結果として、霊子場は空となり、宿主である怪異は霊子維持が不可能となる。


すなわち、死亡。


抽出を完了したカプセルには、対象となった怪異の因子情報が残留する。


この因子情報により、カプセルは特定の色を帯び、「因喰」として完成する。


完成した因喰が、別の怪異の体内へ取り込まれた場合。

再び霊子場へ侵入し、今度はカプセル内に蓄積された霊子を放出する。


放出された霊子は、宿主の因子と同調し、霊子場を活性化。


本来は休眠状態にある潜在妖力を、現時点で使用可能な妖力として顕在化させる。


この現象は、因喰が因子へアクセスした際、霊子の量子状態が変化することで発生する。


因子の波形が、因喰内部の量子共振により強制的に活性化されるためである。


以上。




「なんやこれ……。

阿巳蛇、アンタこれ独学で発見したん?」


籠女は、手にした資料から目を離さぬまま、大きく息を吐いた。


それは、阿巳蛇が医学書と自らの実験を基にまとめ上げた、因喰の作成理論と工程を記したものだった。


書式は簡素だが、行間から滲む執念と試行錯誤の量が、否応なく伝わってくる。


蛇ノ目タワー・六十六階──最上階部屋。


屍々子、籠女、阿巳蛇、無兎、鏑の五人は、六十二階からここへ移動していた。


一方、あかね美鈴みすずを抱え、六十五階にある医療室へと向かっていた。


無兎が屍々子を横目で睨みつけた。


「おい、屍々子とか言ったな。

阿巳蛇さんに、あんまり生意気な口きくなよ?」


その視線を、屍々子は真正面から睨み返す。


「あ? うるせぇ。アタシに指図すんな」


「なッ……!

阿巳蛇さんが条件を承諾したからいいけど、本当だったらな──」


言いかけた無兎の声を、阿巳蛇が即座に切った。


「はいそこ! 喧嘩しない。面倒だから」


一瞬、屍々子と無兎の間に火花が散る。


次の瞬間──


「「ふん!!」」


二人は同時に顔を背け、それぞれ別の方向を向いた。


それは和解ではない。

ただ、ミズト邸へ向かうために、作戦を練る間だけ結ばれた休戦。



──少しばかりの、一時結託──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る