第五十二話 その提案、聞いてもいいけど
「これが、あたしがあの時、
床にあぐらをかき、阿巳蛇は淡々と過去を語っていた。
語り口だけを見れば、感情を削ぎ落とした回顧に見える。
だが、その瞳の奥には、消えることのない執念の炎が宿り続けていた。
屍々子も、籠女も、すぐに言葉を返すことができなかった。
アミダが阿巳蛇へと変わってしまった経緯には、同情せざるを得ない。
しかし──だからといって、彼女が今行っている行為を正当化することはできない。
理解はできる。
だが、賛同はできない。
現にこの瞬間も、
重い沈黙が流れたあと、籠女が口を開いた。
「アンタ、ホンマにミズトさんのこと──」
その言葉を、阿巳蛇が遮った。
「──変わらないよ。それは」
冷たく、断言する。
「
そのための因喰を作ることも、やめない」
籠女は一度、視線を床へ落とした。
「……」
そして、ゆっくりと顔を上げ、阿巳蛇を見据える。
「アンタのその復讐に……。
なんも関係あらへん人らを巻き込むなや!!」
その叫びに、阿巳蛇は小さく舌打ちをした。
「ッ……そんなこと、わかってる……」
声を震わせながら立ち上がり、籠女を睨み返す。
「あたしだって……。
好きでこんな風に生きたいわけじゃない!」
籠女の瞳が、わずかに揺れた。
阿巳蛇の目には、涙が滲んでいた。
かつて親友だった存在を前にして、抑え込んできた感情が激しく揺さぶられている。
「この復讐を止めたら、あたしについてきてくれた、みんなの想いが無駄になる!!」
「みんなそれぞれ、失くしたい因果がある。
それがみんなの呪いになってる」
「これは、間違いだとか、正解だとかそういうんじゃない。
だから、あたしがこの世界を支配して、因果に苦しんでる人たちの祝福になるために!!」
阿巳蛇の声が、空気を震わせ、張りつめた空間に響き渡った。
籠女は、すぐに言い返す。
「ほんなら──。
アンタの復讐に、理由もなく巻き込まれた人らの因果はどうなる!!」
「その気持ちを、その悲しみを……。
アンタは、どうやって責任取るつもりや!!」
その言葉に、阿巳蛇の目に滲んでいた涙が、ついに零れ落ちた。
「……わからない」
掠れた声が、喉の奥から絞り出される。
「わからない……。
でも、籠女をミズトから守る方法は、これしかないから……」
それは、阿巳蛇なりに辿り着いた結論だった。
ここまで強くなっても、ミズトには勝てない。
どれほど力を得ても、籠女を守れない。
だから、奪った医学書で得た知識で──因喰を作った。
そこから犠牲が出たとしても、誰かに恨まれたとしても、籠女に恩返しをしたかった。
籠女への恩返しは、復讐ありきのエゴなのは分かってる。
それでも籠女は──。
自分の、初めての友達だから。
籠女は何かに気づいたように、小さく呟く。
「"力づく"ってそういう……」
短く息を吐き、続けた。
「……せやから、ウチのこと
因喰を飲ませたんも、ここからウチをミズトさんのとこへ戻されへんようにするため」
視線を逸らさず、静かに言い切る。
「毒を作れるくせに、解毒が作られへんやつはおらんからな」
阿巳蛇は答えなかった。
指先で涙を拭い、視線を床へと落とす。
籠女は、ずっと考えていた。
今の阿巳蛇を止めるには、殺す以外に方法はないだろう。
このままでは、無関係な者たちを更に巻き込み、因喰の被害は広がり続ける。
だが、阿巳蛇を殺したところで、阿巳蛇に因果を預けた者たちはどうなる。
統率を失い、突然希望を奪われた者の行動は──
五年前に見ている。
そして、ミズトが阿巳蛇に行った仕打ちは、籠女にとっては、到底信じがたいものではある。
話を聞く限りでは、阿巳蛇が取っている行動は、現在籠女から見ても、逆恨みではないのは確かだ。
ミズトは信頼したい。
だから、まずはそれを確かめる。
「……アンタが言うてた、力づくの提案。聞いたるわ」
その一言に、籠女以外の全員が息を呑み、目を見開いた。
だが籠女は、誰にも口を挟ませないよう、間髪入れずに続ける。
「ただしな。一つ条件がある」
阿巳蛇の反応を確かめるように、続ける。
「街で配っとった因喰……。
ほんで、因喰が体内ある怪異たちから、それらを全部取っ払うのが条件や」
籠女の言葉は、
「そんなことッ……出来るわけ──」
振り返りもせず、阿巳蛇が言葉を遮る。
「──無兎。いいから」
一拍の間を置き、諭すように続けた。
「あたしの判断は……間違えない」
その静かな断言に、無兎と鏑は言葉を失った。
互いに視線を交わすこともなく、やがて二人は、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
阿巳蛇は、その様子を耳で確認すると籠女へ確認した。
「あたしの提案の内容も聞いてないのに「聞く」なんて言っちゃって大丈夫?」
そう言って、ちらりと屍々子の方を見る。
だが籠女は、一瞬の迷いもなく答えた。
「問題あらへん」
言いながら、口の端をわずかに吊り上げる。
「なぁ? 屍々子」
屍々子は、瞬きで頷いた。
「籠女に任せる」
その返答に、籠女はふっと小さく笑う。
「うちのリーダーからOK出たからな、今度はアンタの答え……聞かせてや」
そして、親友の名前を呼んだ。
「アミダ」
♦︎
因喰の原材料は【怪異の霊子】。
外形は全長約二センチの金属製カプセル。
白色の外殻を持ち、怪異の体内へ侵入した際、自動的に霊子場へアクセスする構造となっている。
カプセルが霊子場へ侵入すると、内部機構が起動。
霊子場内の霊子を強制的に抽出する。
抽出に要する時間は数秒。
この間、体内の霊子を霊子場へ循環させる猶予は存在しない。
結果として、霊子場は空となり、宿主である怪異は霊子維持が不可能となる。
すなわち、死亡。
抽出を完了したカプセルには、対象となった怪異の因子情報が残留する。
この因子情報により、カプセルは特定の色を帯び、「因喰」として完成する。
完成した因喰が、別の怪異の体内へ取り込まれた場合。
再び霊子場へ侵入し、今度はカプセル内に蓄積された霊子を放出する。
放出された霊子は、宿主の因子と同調し、霊子場を活性化。
本来は休眠状態にある潜在妖力を、現時点で使用可能な妖力として顕在化させる。
この現象は、因喰が因子へアクセスした際、霊子の量子状態が変化することで発生する。
因子の波形が、因喰内部の量子共振により強制的に活性化されるためである。
以上。
「なんやこれ……。
阿巳蛇、アンタこれ独学で発見したん?」
籠女は、手にした資料から目を離さぬまま、大きく息を吐いた。
それは、阿巳蛇が医学書と自らの実験を基にまとめ上げた、因喰の作成理論と工程を記したものだった。
書式は簡素だが、行間から滲む執念と試行錯誤の量が、否応なく伝わってくる。
蛇ノ目タワー・六十六階──最上階部屋。
屍々子、籠女、阿巳蛇、無兎、鏑の五人は、六十二階からここへ移動していた。
一方、
無兎が屍々子を横目で睨みつけた。
「おい、屍々子とか言ったな。
阿巳蛇さんに、あんまり生意気な口きくなよ?」
その視線を、屍々子は真正面から睨み返す。
「あ? うるせぇ。アタシに指図すんな」
「なッ……!
阿巳蛇さんが条件を承諾したからいいけど、本当だったらな──」
言いかけた無兎の声を、阿巳蛇が即座に切った。
「はいそこ! 喧嘩しない。面倒だから」
一瞬、屍々子と無兎の間に火花が散る。
次の瞬間──
「「ふん!!」」
二人は同時に顔を背け、それぞれ別の方向を向いた。
それは和解ではない。
ただ、ミズト邸へ向かうために、作戦を練る間だけ結ばれた休戦。
──少しばかりの、一時結託──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます