第29話

 その翌日から、松田はプロジェクトの具体化に奔走し始めた。


 まず着手したのは、プロジェクトチームの組成だ。優という原石を最高の形で送り出すための、最高のプロフェッショナルたちを集めるのだ。長年のキャリアで培った人脈をフル活用して、各分野のスペシャリストに声をかけていった。


 まず声をかけたのは、マサチューセッツ工科大学メディアラボ出身という異色の経歴を持つ、新進気鋭の3Dアーティストだった。Vtuberとして優の「器」となる3Dモデルの制作を任せられる人材が欲しかった。松田は、彼に電話越しに熱っぽく語る。


「――今までに無い、全く新しいVtuberを世に出したいと思う。可愛さとかカッコよさの記号は、要らない。代わりに、生身の人間の骨格とか、顔立ちとか、筋肉の動きとか。細かい表情の変化まで、全てをリアルに再現したい。それでいて、リアルすぎて気持ち悪くならない、2次元の良さも保ちたい。目指すのは、魂の宿るアバターなの。どう?貴方にしか作れないと思って声をかけたのよ」


 松田の熱弁に、彼は声を踊らせた。


「それは……とても面白そうですね!私も最近Vtuberをデザインして欲しい、って依頼は良く受けるんですけど……いつも似たり寄ったりの美少女や美少年ばかりを依頼されて……。ちょっと飽きてきた所だったんです。ぜひお受けしたいです。やりましょう。魂のこもった、とびっきりのアバターを作りますよ!」


 彼とのやりとりをしているうちに、松田が最も信頼している作曲家、佐伯から連絡があった。


 このプロジェクトで最も重要な、優のための楽曲を提供する役割。佐伯はかつて松田とともに数々のミリオンヒットを生み出してきたヒットメーカーだった。最近は現代の音楽シーンに食傷気味なのか、半ば隠居のような生活を送っていたが、優の歌声を聞けば――再び創作意欲に火がつくのではないか。そう思って、優の音源を送っていたのだった。


 佐伯は、電話越しに松田を怒鳴りつけた。


「おい、松田! なんてものを送ってきやがる!!」


「ちょ、いきなりどうしたの? 落ち着いてよ!」


「何なんだあの音源は! うっかり電車の中で聴いてみたら……泣きそうになっちまったじゃねえか! どうしてくれるんだ!」


 松田は、ぷっと吹き出した。

 あの大柄な体格で、厳つい髭面をした佐伯が電車の中で涙を流す姿を想像したら、笑いが込み上げて仕方がない。


「笑うな! ……いいから教えろ。あれは一体何なんだ? 女か? 男か? まさか合成音声じゃないよな? こんな人間離れした声、どこで見つけてきたんだ?」


「ふふん、どう? すごいでしょう? それを歌ってるの、まだ17歳の男の子なの。信じられないでしょう? ……でも、加工なんて全くしていない。生の歌声なの。どう? 彼のための曲を書いてほしくって、貴方に連絡したのだけど……まだご隠居中かしら?」


「ふざけんな! こんな逸材のための曲なんて……書かなきゃ嘘だ。書かせろ! で? どんな曲を書けばいいんだ!?」


「ありがとう! ……そうね、彼がこれまで歌ってきた音源を全部送るから、彼の魅力を最高に引き出す曲がいいな。彼にしか歌えない、彼だけの曲。ネットでの聴かれ易さとか、カラオケでの歌い易さ、バイラルヒット狙いなんて、一切考えなくていいから」


「わかった、今すぐ送れ! そいつを聴き次第、書いてやる。そいつにしか歌えない、最高に尖ったやつをな!」


 松田は"You"のチャンネルへのリンクを、佐伯に送った。その日の深夜、佐伯からメールが届いた。


「こんな声に出会えるなんて、夢のようだ。こいつは化ける、化けるぞ! こいつにしか歌えない、F1のレーシングカーみたいな曲が頭に浮かんでいる。すぐに書けると思うから、少しだけ待ってくれ」


 そのメールを読むと、松田から笑みが溢れた。『F1のレーシングカー』、最高だ。一般道を走ることはできないし、乗りこなせるのは、ごく少数の選ばれた一流のみ。しかしその走る姿、極限にまで突き詰められた機能美は、人々を魅了して止まない。松田のイメージする、新たな"You"にぴったりだと思えた。


 さらに松田は、優の心身を支えるためのスタッフも集めた。喉のケアと発声を指導するボイストレーナー。優の繊細なメンタルを支えるための、スポーツ心理学に基づいたメンタルコーチ。松田の呼びかけに応じ、各分野の一流たちが集結した。彼ら、彼女らは優の歌声を聴き、その可能性に魅せられ、プロジェクトへの参加を快諾した。


 必要な人材は揃った。松田のプランを具体化させるために十分なプロフェッショナルが集結した。


「準備は万端ね。……さあ、始めましょう」


 松田の胸には、若い頃に感じたような、熱い情熱がみなぎっていた。松田にとって、このプロジェクトは単なるビジネスではなかった。優という規格外の才能と共に、時代に挑戦状を叩きつけるのだ。


 松田は、自分のことを古いタイプの業界人だと思っていた。令和の時代、才能と魅力はネット上でいくらでも表現できる。もはやプロデューサーという職業は不要になりつつあるのではと、松田自身が考えていた。


 しかし、朝比奈 優は例外に思えた。彼だけは、あの魔法のような歌声と、ガラスの様に繊細な内面だけは。傲慢かもしれないが、自分のような存在の助けにより、初めて世に羽ばたくことができるのだ、と。


 ――ユウ君。君はきっと、きっと世界を驚かせる。……私が、そうさせてみせる。


 松田は確信と共に、次なるステップへと踏み出した。それは、優と両親への、このプロジェクトに関するプレゼンテーションだった。

 優に、招待状となるメールを送った。期日は1週間後。先日インタビューに用いた帝国ホテルに、両親と来てほしい、と。

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