第28話

 松田は優との面会を終えた後、予約しておいたホテルの一室へと戻った。優の印象が冷めないうちにプロモーションプランを練り上げようと、缶詰になるための場所を確保しておいたのだ。


 部屋に備え付けられたデスクでノートPCを立ち上げるが、松田の胸中は葛藤で支配されていた。優と会う前に思い描いていた「令和のカストラート」という物語。悲劇的な運命と引き換えに、この世の物とは思えない美しい声を授かった、17歳の美少年。


 そんな耽美的な物語で優を世に出そうと、当初の松田は考えていた。しかし、今となってはその甘やかな構想を恥じ入るばかりだ。優が語った経緯いきさつは、あまりにも繊細で、切実で。型にはまった物語へ整形することは、罪深い行いのように思えた。


 とはいえ、優に語った「令和の音楽シーンをひっくり返したい」もまた、本心だった。あの繊細な優がのびのびと歌える舞台を用意し、かつ最高のクオリティで日本中に歌声を届けるような「作戦」。それを捻り出すのが、松田の仕事だ。


 一人では、考えがまとまりそうになかった。話し相手が欲しくなり、松田は秘書兼アシスタントを呼び出すことにした。


「……もしもし。悪いんだけど、今から少し付き合ってくれない? ……そう、あの朝比奈 優のことで、ちょっと壁打ち相手になって欲しい。うん、リモートでいいから。zoomのIDを今から送るね」


 程なくして、松田はノートPCの画面越しに壁打ち相手を手に入れた。


「……松田さん、音声入ってますか?」


「ええ、聞こえるわ。夕方なのに、急にごめんなさいね」


「いえ、いつものことですから。朝比奈 優君のことですよね。……社長からの特命、Vtuber事業の立ち上げに、彼を起用するんですよね?」


 それは、ステラ・プロモーションにおいて松田に課せられた、特命のミッションだった。同プロダクションが参入の機会を狙い続けていた、Vtuber事業。それを立ち上げて成功させることが、執行役員たる松田の使命。これまでのVtuberとは一線を画すような「素材」を探していた際に、優を発見したのだった。


「うん、その方針は変わらない。ただ……彼のキャラクター作りや売り出し方は、よく考えないといけない。今日、彼と話した印象だとね、……」


 松田は、優と話した際の印象を細部に渡るまで共有した。伝えることで、改めて「朝比奈 優」の人物像がはっきりとしてくる感触があった。彼に話していると、もやもやとしてうまく言葉にできなかったアイデアが、はっきりとしてくる。やはり、彼を呼び出して正解だったと、松田は思った。


「なるほど……そんなに繊細で、複雑な事情を抱える子だったんですね。確かに、悩ましい問題に思えます。でも、……ふふふ」


 彼は、笑った。こうして松田に急に呼び出される際は、毎回毎回、同じことの繰り返しだからだ。急に呼び出されて、松田が一方的に話して、自分は相槌を打つだけで。


「……どうしたの、何か可笑しいの?」


「いえ、すみません。いつものことだなぁ、って思ってしまって。松田さんの中では、もう答えが出ているんでしょう?」


 そう、いつも同じなのだ。自分は相槌を打っている間に、松田は一人で答えを見つけてしまう。早口で捲し立てるように解決策を語られ、話し相手になってくれたことを感謝されて、さっさと通話を切られてしまうのだ。


「……あなた、凄いわね。エスパー?」


「違いますよ。もう何度も、松田さんの『話し相手』を務めてますから。よかったら、聞かせてもらえます? 松田さんの考えを」

 

 予想通り、いつも通りだった。松田は早口に、捲し立てるように、自身の解決策を話した。かつて優を悩ませた「銀髪の歌姫」のような、意図せぬ偶像を生み出させない工夫、優が姿を表さずとも、ありのままに歌うための工夫。そして、あの極上の素材を最大限に活かし切るための工夫。その1つ1つが、松田が「敏腕プロデューサー」であることを雄弁に物語る、鋭い切れ味を放っていた。


 松田は締めくくりに、敬愛する思想家の概念を引用した。


「……今の時代はね、もはや『ハイパーリアル』だと思うのよ。『可愛さ』や『カッコ良さ』みたいな記号を、AIがどんどん増殖させてる。そいつらは、インターネットに溢れかえっている。リアルな現実を塗り潰してしまうくらいに。……前にも話したと思うけど」


「ええと、ジャン・ボードリヤール、でしたっけ? フランスの思想家の。松田さんに勧められて読みましたけど、私には難しくって」


「メディアに携わる人間なら、彼の本は必読だと思うけど。……このご時世、AIが何でも創ってくれるでしょう? 画像だって、動画だって、物語だって。うちの会社でも、AIを使ってVtuberのキャラをプロトタイピングしてみたよね? あれを見て、君はどう思った?」


 松田たちは過去に、「AIを活用してキャラクターデザインを高速化します!」と謳うスタートアップ企業を起用し、ネット上で売り出すキャラクターのプロトタイプを作成していた。AIが作り出す、美しい3Dモデルと、そのキャラの性格や設定、言い換えれば物語ナラティブ。一見するとそれらしい、魅力的なキャラクターたちに見える。しかし、幾つ作っても、松田の眼鏡に適うキャラクターは産まれなかったのだ。

 

「結局、そいつらは全部、インターネットから見つけてきた『それっぽさ』のコピーでしかない。もっと言うと、『可愛さ』とか『カッコよさ』みたいな、誰もが喜びそうな記号の集まりでしかない。インターネットのどこかから持ってきた何かのコピーなんだろうけど、もはや何のコピーかもわからない。私にはどうしても、魅力を感じられない」


 松田の声に、熱が籠る。


「そのうち、AIの作った可愛いキャラクターが、AIの作詞作曲で、AIの合成音声で歌うようになると思う。それに夢中な人も、たくさん出てくると思う。そして、誰かが言うんでしょうね。『もう人間のアーティストは要らない』って。どう? そんな未来、楽しいと思う?」


「わかりますよ、松田さん。そうならないために、朝比奈 優君をプロデュースするんですよね? 優君の『聖なるコピー』としてのVtuber、"You"を創るんでしょ?」


「ちょっと、いい所だったのに結論を先に言わないでよ! ……でも、その通り。私たちが創るVtuberは、可愛さやカッコよさみたいな記号の集まりじゃない。生身の朝比奈優って17歳の、忠実なコピー。デジタルだけど、もう一人の朝比奈優。誇張や強調は、一切行わない。その歌声も、できるだけ生のままで届ける。あの奇跡みたいな歌声なら、むしろ生のままがいい。きっと、日本中が大騒ぎになる。どう? ワクワクするでしょう?」


 松田は、興奮気味に捲し立てた。そして、いつものように、一方的に会話を終えるのだった。

 

「ああ、忘れないうちに企画書を書かないと! もう切るね。付き合ってくれてありがとう!」


 そう言ってzoomの通話を切ると、松田は猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。愛用のライティングアプリに、みるみるうちにプロモーションプランが言語化されてゆく。


 程なくして、ノートPCのメールアプリから通知が届く。優からだった。松田はそのメールを一読すると、右手で小さくガッツポーズを作った。


『今日お話しいただいた件、ぜひお受けしたいと思います。僕に何ができるのか、正直不安ではありますが、よろしくお願いします』


 日付が変わる頃、そのプランを書き終えた。松田は興奮気味の思考で、そのプランに名前を与えた。

 

 "Project Digital Castrato"と。

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