第9話

 12月も中旬に差し掛かった頃、誰もが今年の終わりの感慨と、来る年への期待を感じ始める頃。教室で過ごす昼休み、いつもの四人で囲む昼食の場で、慎二は切り出した。


「あのさ、……大晦日から三が日、うちの両親は仕事で家にいないんだ。一人で年末年始なんて嫌すぎるだろ? ――良かったら、四人で俺ん家に集まらないか? 四人で年越ししてさ、そのまま近所の神社へ初詣に行こうよ。……きっと楽しいぜ?」


 その提案はいかにも慎二らしくて、梨花と優は微笑ましいとさえ思った。真由美は、もどかしさと諦めを込めて、ため息をついた。

 

 この頃には、優も梨花も、慎二たちが付き合っていることを知っていた。二人とも奥手で、その関係は遅々として進展していないこともまた、周知の事実だった。もし慎二に真由美との関係をもっと深めたい、という強い積極性があれば、こんな提案はしないはずだ。真由美と二人きりで年を越せばいい。でも、二人きりで夜を越す勇気は無い。それでも、真由美とは何とかして一緒にいたい。もしかしたら、何かチャンスが訪れるかもしれない。そんな都合の良い条件を満たすのは、この四人なのだと。そんな慎二の心境を、他の三人は知っていた。梨花はその慎二の心境を見透かした上で、普段と変わらない太陽の様な声で、明るく賛同した。


「おぉー、いいね! みんなで年越し蕎麦食べてさ、紅白観てさ! 新年迎えてすぐに初詣に行ってから夜更かしして、お雑煮を食べて……めちゃめちゃ楽しいんじゃない?!」


 真由美も、慎二の提案を現実解と受け止めて賛同する。


「そうだね、シンジが一人で年越しだなんて、可哀想過ぎる。四人で集まれたら楽しそうだね。ユウはどう?都合つけられそう?」


 優も微笑みながら首を縦に振り、四人で慎二の家へ集まることになった。


 その年の大晦日は西高東低の気圧配置から厳しく冷え込んだ、快晴だった。優はデニムのポケットで両手を寒さから守りながら、慎二の自宅へと歩く。足元から冷気が伝わってくるような、底冷えの寒さだ。だが、オーバーサイズのダウンジャケットで覆われたその胸は暖かい。優にとっては友人四人だけで年を越すなんて初めての体験で、その非日常感が心を躍らせていた。待ち合わせの15時よりも随分と早く、慎二の自宅前に着いてしまいそうだった。気がはやってしまい、家を早く出過ぎたかもしれない。そう思いながら、地図アプリの経路が示す最後の曲がり角を曲がったところで、梨花、真由美と出くわした。


「えぇ? みんなちょっと、早過ぎない?」

 

 三人とも、この催しが楽しみで仕方がなかったのだろう。三人揃って、待ち合わせ時間の20分前だった。建売一戸建ての慎二の自宅へ到着し、優がチャイムを鳴らすと、程なくしてドアが開く。ジャージ姿の慎二が三人を迎えた。

 

「いらっしゃい! ……早かったな。来てくれてありがとう、さあ上がって」


 三人とも、慎二の家は初めてだった。あまりキョロキョロと視線を泳がせるのは良くないと思いつつ、つい目があちこちへと泳いでしまう。そんな中、真由美が現実的な問いを投げかける。


「ねえシンジ、ご飯ってどうするの? たとえば、今日の夜に食べる年越し蕎麦とか……みんなで買い出しかな?」


「えぇと……、ピザやチキンとか買ってきてさ、年越しは緑のタヌキとかみんなで食べようかと思ってたけど、それじゃダメかな?」


 ピザとチキンとカップ麺。いかにも男子らしい大雑把な発想に、梨花が異を唱える。

 

「えぇー?! いやいやシンジ殿、ダメじゃないけどさぁ……折角なんだから、みんなでお料理しようよ! お雑煮作って、お蕎麦も茹でて……その方が、美味しくて楽しいよ!」


「りょ、料理かぁ……ごめん、俺、殆どやったことなくてさ……ユウだってそうだろ?」


 慎二と梨花が掛け合いをしている間に、真由美と優はキッチンを物色し始めていた。パントリーの在庫を覗きながら、ユウは答える。


「いや? 僕は料理、嫌いじゃないけど……お雑煮なら、出汁を取るのに昆布と鰹節を買わないと。在庫を切らしているね」


「ユウ君のお家、ちゃんとしてるんだね……。うちは顆粒出汁で済ませてるなぁ。明日の朝までの献立を作って、必要な食材を書き出そっか」

 

 そんな会話を進めながら、真由美と優は買い物リストを作り始めていた。その流れに乗り遅れまいと、梨花も加わる。楠本家の雑煮の具材を元に、買うべき食材を提案してゆく。慎二は、次々に事を進める三人に取り残されたかのように、遠目で見守っている。そんな慎二に、優は少しだけ同情した。


 友人が泊まりに来ると聞いていた慎二の両親は、豊富な軍資金を預けていたようだ。近所のスーパーへ買い出しに行った四人は、年末年始らしい、ささやかな奮発を楽しんだ。


「へえ……蕎麦ってこんなに値段が違うんだな。せっかくだから、一番高いやつにしとくか?」


 慎二は国産蕎麦100%の高級十割蕎麦を買い物カゴに入れた。


「あれ、この麺つゆ……この前テレビに出てた、有名な老舗の蕎麦屋さんが監修だって。食べてみたいかも」


 真由美は最も値の張る麺つゆを選ぶ。


「お蕎麦も大事だけどさ、シンジやユウ君はそれだけじゃ足りないでしょ? お蕎麦にはやっぱり天ぷらだよね!」


 梨花はパックに包まれた海老や穴子の天麩羅を、大量にカゴへと放り込んだ。雑煮の具材や餅も、カゴいっぱいに詰め込んだ。三が日の間、慎二が食べ物に困ることはないだろう。


 帰宅すると、早速料理に取り掛かった。優にとって、四人で料理をするのは楽しかった。いちいち声を発さなくても、真由美と梨花は阿吽の呼吸のように優の意図を汲み取り、作業を助け、前に進めてくれる。優も同じく、真由美や梨花の作業を、無言のうちにサポートした。料理は苦手だという慎二も、自分に出来ることを探し、大晦日の夜の食卓作りに貢献していた。


 やがて、大晦日の夜から年を越す準備が整った。年越し蕎麦は、茹で上げた十割蕎麦を冬の冷たい水で引き締めて、ざる蕎麦にした。四人で食べるには多めの天麩羅を、オーブンレンジで熱々に加熱した。明日の朝に食べるお雑煮も、梨花のレシピを元に真由美が調理して、仕込みを終わらせた。ダイニングテーブルに年越し蕎麦と天麩羅を並べ、リモコンでテレビの電源を入れる。歌が大好きな四人にとって、大晦日のチャンネルは紅白歌合戦に決まっていた。


 年越し蕎麦を啜りながら三人が会話に花を咲かせる間、優は普段通り言葉少なめだった。こんなに三人と親しくなった今でも、声を出すことへの躊躇は変わらない。低く声を押し殺し、かろうじて「地声の高い男性」を演じ続けている。しかし、転校初日に感じていた孤立感は、もう感じない。四人で食卓を囲む暖かさが、優の胸を満たしていた。やがて、近所の神社からだろうか、除夜の鐘が聞こえてきた。新たな年の始まりが、近付いている。


 おもむろにテレビのスクリーンに目を向けると、出演していたアーティストの姿に、優の目は釘付けになった。

 そのアーティストは、顔も姿も見せずに、影絵の中で歌っていたのだ。

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