第5話 肩凝りへのワインゼリー①

 デスクワークが他人よりも多いと自覚している気持ちはあった。時々だが、高くても整体に通うくらいに肩凝りが酷い自覚も持ってはいたが、改善策が見つからなくて仕事に支障が出始めていた矢先に。



「凝り解消用の、爽やかワインゼリーです」



 背が抜群に低い女性店員がトレーで持って来てくれたお菓子。器ごと冷やし固めたのか、鏡みたいな表面。ゼリーの中には甘く煮たらしいベリーの塊が幾つか。ゼリーの色合いがほんのりワイン色で美しく、食べるのがもったいないくらいだ。


 これを、肩凝りの痛みとかを代金にしていいのか、雅樹は少しびびりなところがあるので怖くなっていた。




 *・*・*





 東雲しののめ雅樹・二十三歳は、いくらか幸運に恵まれていたと自分で思っていた。


 大卒ではあるが、就職はせずにバイトを続け。その傍ら、本業に近い仕事で執筆業を日夜頑張っている。学生中にコンテストで受賞したあと、何本かの仕事が舞い込んできたこともあって……わざわざ就職する気力も起きずに、バイトだけは続けることにしたのだ。


 昨今、ライター業は専門にしない方がいいと編集たちからのお達しがあったので、それならとバイトを続ける選択肢にした。店の店長も文句は言わないし、一人暮らしの生活費とかがまかなえるなら大丈夫だろうとアドバイスをくれるくらい。


 能天気なところはもともとあったが、あくせくしてサラリーマンとかになっても、せっかく好きなことが仕事に出来るのであればそちらを優先したい。彼女とかも特にいないし、好きなことを優先していきたいと舞い込んでくるライターの仕事をこなすと思えるくらいだった。


 最初のうちは、それでよかったのだが。


 だんだんと、肩から下に『凝り』を抱えることが増えてきたのだ。ちょうど、卒業して秋口に入る頃だったろうか。激痛ほどではないが、違和感を持つ程度が最初。そこから、バイトと執筆の繰り返しをしていけば、関節に違和感が。



「あ~、これ凝りですね」



 ライターの知り合いに紹介してもらった整体技師のところに行けば。慢性ではないものの、そこそこ痛みが強く感じるくらいの凝りが生じていたと。定期的に通うことを勧められるが、帰宅してもあんまり取れた試しがない。


 風呂やリラクゼーションとかも変えてみたりしたが、効果はいまいち。そして、痛みはPCに向き合っているときに指先にも起きるくらい酷い症状になったのは……冬の手前だ。さすがに、もうこれ以上は病院へ行こうと整形外科に向かおうとしたのだが。



 チリン……リン。



 風鈴の音に似た、ドアベルみたいに軽やかなベルの音。


 痛みも少し紛らわせるくらいに、心地よく耳に届いたそれが気になって角を曲がれば。


『ル・フェーヴ』とおしゃれな看板に木の扉が美しい洋菓子店が目に飛び込んできた。ガラス窓越しに、一席だがイートイン出来そうな場所もあるとは。クリニックには予約も入れていないし、少しくらい休んでも罰が当たることはない。


 扉を開ければ、窓側の席以外は菓子のショーケースと会計カウンターだけだったが。



「いらっしゃいませ」



 誰もいないのに、女性の声が。見渡してみると、会計カウンターの向こうに背の低い女性の店員がいたので、なるほどと思った。自分も特別背が高いわけでもないが低すぎもしない。だから、彼女の背の高さは、失礼だが見下ろすのにちょうどよかった。



「こんにちは。あの、こちらでケーキかなにか食べていきたいのですが」

「お食事ですね? もちろん、お待ちしてました」

「お待ち?」

「待っていたんですよ。お兄さんみたいなお客さんを」



 店員の不思議な言葉を引き継いでくれたのは、雅樹よりも断然背が高くて男らしい顔立ちの男性パティシエだった。タイの部分には銀の星が描かれた留め具をつけていたので、あれはかっこいいなと次のコンペに使いたい題材にしようと片隅に置いておく。


 それよりも、彼の言葉の方が不思議だった。



「……俺を、待ってたって?」

「ご注文はすでに承っているとも。彼女が持ってくるので、是非窓の席に」

「は……はあ?」



 パティシエは店長も兼任しているのか、店員の女性にあとを頼むと雅樹を席に案内してくれた。ご丁寧に、鞄とかを荷物ラックにわざわざ入れるように勧めてくれたりと、接客はバイト慣れしていたつもりの雅樹よりも上だ。


 椅子に腰かければ、何故か彼も向かいの席に腰かける。なにか、質問とかでもされるのか……それか、食べているところを見られなくてはいけないのだろうか。



「ああ。支払いは普通じゃないから、金銭は気にしないように」

「へ?」

「ここは、客の『痛み』を代金に経営している特別な場所。僕は、ここの二代目店主なんだ」

「……『痛み』って。俺の、肩凝りとか?」

「現実的な痛みもだけど、それ以外もね?」

「ん?」



 言っている意味がよくわからないでいると、先ほどの店員が戻ってきて雅樹の前にゆっくりと注文をしたという菓子を置いてくれた。



「凝り解消用の、爽やかワインゼリーです」



 食事を中途半端に済ませる雅樹にとって、ゼリーは馴染みの深い菓子だ。正確には、エナジードリンクのゼリーとかで胃袋を適当に誤魔化したあれだが。


 しかしこのゼリーは、それとはまったく違う。ショーケースの中にはきらびやかなケーキたちがあったのでそれかと思ったのに……どれとも違う。外観からお高めの洋菓子店と思ってはいたが、それに違わず、素敵にデコレーションしたかのような器と中身。



「……まるで、おもちゃの宝石箱みたい」

「面白い表現をしてくれるね? 若いのに、想像力が高い」

「あ……一応、そういうの書く仕事してるので」

「それで肩とかを……適度にストレッチなどをしても、根本的なところを改善していく必要があるかもしれない」

「根っこ?」

「まずは、ひと口どうぞ? お代は『今』もいただいているから安心したまえ」




 その言い方だと、キャラ文芸部門であるような『あやかし』がお菓子でもらうのは魂とかなんとかとも言いそうなセリフに近い。目の前の店長や、近くで控えている店員がそれなのか……確かめるにしても、能力なんてなにもない雅樹には全然無理だ。


 しかし、この美しくも美味しそうなゼリーの味を知りたい欲求はある。食べて、感想を述べたいくらいに込みあがってくるのは食欲以上に、創作欲とやらかもしれない。


 ネーミングはいまいちに思うが、『痛み』が抜けるのであれば……もう騙されてみようと、添えてある大きめのデザートスプーンを手に取った。

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真心スイーツとは、あなたの『痛み』が代金です 櫛田こころ @kushida

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