第17話

​母・相良悠がかつて立った舞台とは比べ物にならないほど巨大で華やかなオーディション会場。私たちは、その光の渦の中に足を踏み入れた。母は私たちに言った。「お前たち自身の、純粋な光を掴みなさい」と。

​長女・陽(はる)の視点:放たれる太陽

​私は、緊張よりも興奮に胸を躍らせていた。アイドルになりたい。それは、母が捨てた虚飾の光ではなく、誰かに元気と笑顔を与える、純粋なエネルギーの輝きだ。

​控え室で、他の参加者たちがライバルを牽制し、計算された笑顔を練習しているのが見えた。私は、母から聞いた話を思い出した。

​(あれが、母さんが言ってた「仮面」なのかな。でも、私は誰の真似もしたくない。ただ、私の喜びを歌いたい)

​私のオーディションの課題は、自由曲と自己PRだった。

​舞台の中央に進み出た瞬間、審査員たちの冷たい視線が突き刺さるのを感じた。彼らは、私を「相良悠の娘」として見ている。その美貌と才能に、期待と同時に、過去のスキャンダルへの興味が混じっているのも分かった。

​しかし、私は気にしなかった。私は、母が教えてくれた通り、海斗父さんが施設の子どもたちに見せる、あの飾り気のない、心からの笑顔を歌に乗せた。

​選んだ曲は、明るいポップソング。ダンスは完璧ではないかもしれないが、私の体から溢れ出るのは、偽りのない純粋な熱量だった。

​歌い終わった後、審査員の一人が私に尋ねた。

​「陽さん。あなたのお母様は、かつて天才子役と呼ばれました。その才能を受け継いでいるとは思いますが、貴女の笑顔は、彼女の演技とは少し違うように見えますね」

​私は、まっすぐ彼を見つめて答えた。

​「はい。母は、世界を動かすために、たくさんの感情を借りて演じました。でも、私は誰の感情も借りていません。この笑顔は、父さんと母さん、そして施設のみんなの温かさで育った、私自身のものです。私は、誰かのフリをするアイドルではなく、小泉陽として、このステージに立っています」

​その言葉は、私の心の奥底から湧き出た、嘘偽りのない真実だった。私は、母が命がけで手に入れた「真実の居場所」を土台にして、臆することなく、私の光を放ったのだ。

​次女・明(あき)の視点:観察者としての輝き

​陽の熱狂的なパフォーマンスが終わった後、私は静かに舞台に上がった。

​私は、母に似ている。顔立ちだけでなく、物静かな性格、そして何よりも、一瞬で場の空気と、人々の感情を読み取る鋭い観察眼を。審査員たちの瞳孔の動き、疲労の度合い、そして陽への評価。すべてが私の頭の中で、データとして処理されていく。

​(私の才能は、母と同じ。感情を精密に再現する、器だ。だが、母が言った。自分の感情を捨ててはならない)

​私の課題は、静かなバラードだった。私の歌声は、陽の明るさとは違い、どこか深遠な孤独と、静かな切実さを帯びている。

​歌いながら、私は自分の演技の核を探った。もし、母ならこの歌をどう歌うか? 彼女は、観客が求める「哀しみ」のデータを正確に再現するだろう。

​しかし、私は母の道を選ばなかった。私は、母から受け継いだ「観察力」を使って、海斗父さんが私に語りかけるときの、あの無条件の信頼の感情を、自分の声に込めた。

​私の演技は、母が子役時代に発揮したような「天才性」に満ちていた。だが、その瞳は、凍てついていない。そこには、孤独を知りながらも、誰かの温もりを信じている、静かな強さがあった。

​演技を終えると、審査員の一人が、私にだけ向けた、鋭い質問をした。

​「明さん。あなたのお母様は、アイドルとして演技をした時期がありました。あなたは、お母様から、何か技術的な指導を受けましたか?」

​私は、落ち着いた口調で、丁寧に答えた。

​「母が私に教えてくれたのは、技術ではありません。母は、『完璧な演技』のその先にある、本当の感情の出し方を教えてくれました。私は、母が捨てた『アイドル』という役を、母とは違うやり方で演じたいのです。私という人間が、心から喜びを表現する、その真実の姿こそが、最高の光になると思っています」

​審査員たちは、私の答えに頷いた。彼らが目の当たりにしたのは、過去の天才子役の再来ではない。過去の才能と、現在の幸福という土壌から、完全に独立した、二つの新しい「光」の誕生だった。

​私の無自覚な復讐の連鎖は、この娘たちの誕生と、彼女たちの自由な選択によって、ようやく清算されたのだ。

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