第16話
それから十数年の月日が流れた。私は38歳になり、海斗と共に、福祉士として穏やかな日々を送っている。家庭には、私と海斗の血を分けた、愛しい双子の娘がいる。
長女の「陽(はる)」は、明るく社交的で、誰にも愛される太陽のような存在。次女の「明(あき)」は、私に似て物静かだが、その瞳の奥には、鋭い観察力と、隠しきれないほどの美貌が宿っている。
彼女たちは、紛れもなく私の顔立ちを受け継いでいた。華やかだった私の実の両親の、最強の遺伝子だけを抽出したかのような、輝く美しさだ。
ある日の夕食時。海斗と私が、今日の施設の出来事を話していると、双子の娘たちが、顔を見合わせ、真剣な表情で私に切り出した。
「お母さん。私たち、決めたんだ」
「アイドルになりたいの!」
その言葉を聞いた瞬間、私の心に、激しい、そして懐かしい「皮肉」の感情が湧き上がった。
(ああ、なんと滑稽な結末じゃ。私が、百年の旅の果てに、命懸けで捨て去ったあの虚飾の光を、私自身の子どもたちが、今度は『夢』として追いかけようとしている)
私の魂は、一瞬で、かつてアイドル・ミクを演じていた、あの冷たい「仮面」の下に戻りそうになった。
海斗は戸惑っている。彼は、私の過去の苦悩を知っているからこそ、娘たちの夢に、簡単には賛同できない。
しかし、私は、深く息を吸った。もう、私は感情を拒絶しない。
私は娘たちの手を取り、私の過去の経験を、一切の悲壮感なく、穏やかな口調で語り始めた。
「アイドル、か。それは、世界で最も美しい、そして最も孤独な役じゃよ」
「お母さんはね、その役を完璧に演じすぎて、自分自身を失いかけた。お母さんの演技は、感情を借りてくるものだったからね」
陽と明は、真剣に私の言葉を聞いている。
「でもね。お前たちが追いかけたいのは、お母さんが捨てた『光』ではない。お前たち自身の、純粋な光じゃ。お前たちは、誰かの感情を借りる必要はない。お前たち自身が、心から喜び、心から笑い、心から輝けば良い」
私は、娘たちの美貌と才能を否定しない。その光は、彼女たちのものだ。
私は、かつて師匠の松岡に言われた言葉を、娘たちに、新しい意味を込めて伝えた。
「行くが良い。そして、あの華やかな舞台で、絶対に忘れてはならないことがある」
「お前たちが演じるのは、誰かの期待する『アイドル』ではない。それは、お前たちが心から望む、『相良悠と小泉海斗の娘』としての、真実の自分自身じゃ」
私は、娘たちの夢を、心から応援することにした。私の過去の苦悩は、娘たちの夢を阻む「呪い」ではなく、彼女たちを護るための「盾」となったのだ。
私の無自覚な復讐は、両親を倒すことで完結したのではない。私が捨てた光を、娘たちが、私とは違う、本物の感情を込めて再び掴み取ろうとするこの瞬間に、私の人生の再生は、真の意味で完成したのだった。
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