第9話

私が朝ドラで一躍国民的な顔となり、その年の年末、私は最も権威ある助演女優賞を受賞した。舞台に上がるたびに、私の存在は両親の凋落を証明する光となり、無自覚な「ざまあ」の連鎖は続いていた。

​授賞式の華やかな祝賀パーティーの隅。私は、師匠の松岡が誰かと話し込んでいるのを見ていた。その人物が、私に近づいてきた。

​「相良悠さん。素晴らしい演技でした。あの瞳の深さは、並大抵の経験では出せない」

​彼は、相良 翔一と名乗った。白髪混じりの黒髪を七三に分け、姿勢が良く、細身の高級スーツに身を包んでいる。スーツの襟元には、小さな銀色のピンが飾られていた。彼は、私を褒めちぎるが、その笑顔は、どこか油断ならない、計算されたものに見えた。

​「私は以前、業界の表舞台で、幾人ものスターを育ててきました。貴女のような類稀な才能を持つ者を、現在の小さな事務所に留めておくのは惜しい。私の新しい事務所で、世界へ行きましょう」

​彼の口調は丁寧で落ち着いた敬語だが、彼の言葉の裏には「貴女の才能を私の復活の足がかりにする」という明確な意図が見えた。

​(この者もまた、私という「商品」の価値だけを見ている)

​私の老練な魂(じいちゃん)は、彼の言葉を冷静に分解した。彼の口角は微笑んでいるが、高級時計をはめた彼の左手の指先は、微かに震えている。そして、笑顔の裏で、彼の瞳は、私が彼の誘いに乗ることで得られるであろう利益を計算していた。

​そして、私は彼の襟元のピンに目が留まった。それは、華やかで場違いなほど小さな銀細工だった。

​「相良さん。貴方のそのピン、とても美しいです」

​私が話題を変えると、彼の笑顔が一瞬、硬直した。松岡師匠は、私の様子を静かに見守っている。

​「これは…ただの、お守りです」

​「お守り、ですか。貴方は、誰かに裏切られた過去があるようですね。そのピンは、貴方が『表の顔』で生き残るための、小さな呪いのようにも見えます」

​私は、彼の前世の因縁も、トラウマも知る由もない。ただ、彼の完璧な虚飾の裏にある「恐怖」を、私の観察データが正確に読み取ったのだ。

​私の言葉は、彼の心の核心を突いた。相良翔一の、作り上げた「温厚で頼れる売り出し屋」の仮面が、微かに揺らぎ始めた。

​「何を…言われるとですか?」

​彼の言葉に、一瞬、博多弁の「とですか」が混じった。彼の感情が、コントロールを失いかけている証拠だった。

​私は、彼の瞳を真正面から見つめた。そこには、過去の裏切りへの恐怖と、成功への執着が渦巻いていた。

​「私は、貴方とは一緒に仕事はできません」

​私は、断定した。私の声は静かで、一切の悪意を含んでいない。それは、彼への個人的な憎悪ではなく、純粋に「私自身の居場所と尊厳を守る」という、合理的な判断だった。

​「貴方は、私を世界へ連れて行くのではなく、貴方自身の失った世界を取り戻すために、私を利用しようとしています。貴方の求めるものは、私の成功ではなく、貴方の『安心』です」

​私のシンプルで、飾りのない「じいちゃん」の言葉は、彼の計算と虚飾を木っ端微塵に打ち砕いた。

​相良翔一の顔から、笑顔が完全に消えた。彼の姿勢は崩れ、怒りと焦燥が混じった、素の表情が露わになった。

​「…く、くそっ! こんなガキに、私の何がわかるというのですか!」

​彼はそう吐き捨て、周囲の視線に気づいて慌ててその場を離れた。彼の、緻密に計算された「再起の計画」は、私の無垢な拒絶によって、公衆の面前で完全に崩壊したのだ。

​松岡師匠は、彼が去るのを見送った後、静かに私に言った。

​「悠。君は、人の嘘を暴く天才だ。君の純粋さは、この業界の虚飾にとって、最も恐ろしい破壊兵器になる」

​この一件で、私は理解した。私が自分の居場所を探すための行動は、図らずも、この業界に巣食う、嘘と計算で塗り固められた大人たちの人生を、次々と無自覚に破壊していく連鎖となるのだと。私は、無自覚な「ざまあ」の連鎖を、さらに加速させていくことになる。


朝ドラの放送が終了し、私は13歳になった。世間の熱狂は冷めず、私の元には国内のオファーが山のように届いていたが、松岡師匠はそれらの大半を断った。彼は、私の「器」をさらに大きな舞台で試したいと考えていた。

​そして、その機会は、世界の扉をこじ開けるようにして訪れた。

​「悠。ダズニーの新作実写版映画のメインキャスト、アジア人子役の枠だ」

​師匠の松岡は、目を細めて言った。世界的なアニメーション作品の実写化。そのオーディションは極秘裏に進められていた。

​私が選ばれた理由は、松岡師匠から聞いた言葉に尽きる。

​「君の演技は、文化を越える。感情を爆発させるのではなく、感情の核、つまり純粋な『意図』を表現するからだ。言語や文化の壁を越え、君の瞳に宿る『静かな絶望』は、世界共通の哀しみとして受け入れられる」

​私は、その言葉に納得した。私の演技は、他人の感情を借りて、それを精密に再現する技術だ。それは、誰の感情でもないからこそ、誰の感情にもなれる。

​海の向こうの撮影現場

​撮影のため、私は海を渡った。ハリウッドの巨大なセット、各国から集まったスタッフ、そして異なる言語が飛び交う現場。そこは、これまでの日本の現場とは比べ物にならないほど、大規模で、そして冷徹なプロフェッショナリズムに満ちていた。

​言葉の壁はあったが、私には問題なかった。私は、スタッフや共演者たちの表情、ジェスチャー、そして呼吸のパターンを、施設で過ごした幼少期のように、再び冷静に観察した。彼らが求める感情、不安、期待。それを理解すれば、セリフは単なる音波に過ぎない。

​私の演じたのは、故郷を失い、新しい世界で生きる道を見つける少女の役だった。

​(故郷を失う…か。私には、冷たい両親の家も、温かい施設の壁も、どちらも「故郷」ではない。私の居場所は、どこにもない。だが、その居場所を探す『切実さ』は、私自身のものだ)

​私は、その「居場所の不在」という、私自身の核にある孤独を、演技のエネルギーとした。私の演技は、監督や共演者を圧倒した。彼らは、私の年齢からは想像できない、深遠な孤独と強さを感じ取ったのだ。

​地球規模の「ざまあ」

​ダズニー映画の制作発表と、私のメインキャストとしての情報は、世界中を駆け巡った。

​この頃、私はもう、日本のニュースを見ることはほとんどなかった。代わりに、私の名前は、エンターテインメント誌の一面を飾った。

​そして、この成功は、両親のスキャンダルを、完全に無意味な、地方のゴシップへと変貌させた。

​日本の週刊誌が、相変わらず彼らの近況を「落ちぶれたスター夫婦の末路」として報じても、世間の関心は薄れていた。国民の目は、彼らの醜聞ではなく、「世界の舞台で活躍する相良悠」に向けられていたからだ。

​(皮肉じゃな。彼らが最も恐れたスキャンダルの拡散は、今や私自身の「正当なバックグラウンド」として、世界の舞台での私を輝かせておる)

​彼らが必死で守ろうとした「日本のスター」という地位も、私が手にいれた「ワールドスター」という光の前では、影すら残らない。私は、彼らへの憎悪を抱くことなく、ただ自分の道を歩んだ結果、彼らが築いた全てを、地球規模で粉砕してしまったのだ。

​深まる自己の問い

​撮影の合間、私はセットの片隅で、施設の友人、海斗と交わした手紙を読んでいた。海斗は、私が世界で活躍していることを心から喜んでくれている。

​「アオ。すごいな。でも、忙しいんやろ? 無理せんと、帰ってきたらまた、みんなでトランプしようや」

​海斗の手紙には、華やかな世界の光も、計算も、偽りの笑顔もない。ただ、私という人間を、ありのままに受け入れる、純粋な友情だけがあった。

​私は、世界的な名声という極致に立ちながら、改めて自問した。

​(この成功は、私に何をもたらした? 私は、世界を味方につけた。だが、私の魂は、まだ、居場所を見つけていない。この光の中にあるのか、それとも、海斗の隣の、あの穏やかな影の中にあるのか…)

​私の心は、名声の歓喜と、海斗との平穏な日常の間で、強く、揺れ動いていた。最終的な選択の時が、近づいている。


​ダズニーの撮影を終え、世界的な注目を浴びながら日本に戻った私を待っていたのは、意外なオファーだった。それは、長年愛され続けている特撮ヒーロー番組、『マスクライダー・ユニティ』のゲスト出演、しかも、子どもの姿をした怪人の役だ。

​この怪人は、元々は家族の愛を強く求めていた孤児だが、その純粋な望みを悪の組織に利用され、絶望の果てに感情を捨ててしまったという設定だった。

​(感情を捨てた、純粋な絶望。それは、私自身の物語ではないか)

​松岡師匠は、この役を面白いと即決した。

​「悠。ダズニーのヒロインで得た『光』を、今度はこの役で『影』に変えるんだ。君の演技は、感情の模倣の極致だと言われた。ならば、この『感情を失った怪人』こそ、君の真の代表作になる」

​子どもの絶望を演じる

​撮影現場は、これまでとは全く雰囲気が異なっていた。大掛かりなアクション、爆発、そしてヒーローの熱い叫び。私はその中で、異質な「静寂」を体現しなければならなかった。

​私の役は、ヒーローに倒される直前、一瞬だけ感情を取り戻し、最後に愛を求めて絶叫するという、非常に難解なクライマックスを抱えていた。

​監督は、私に求めた。「君自身の、最も深い場所にある『悲しみ』を出してほしい。誰も愛してくれない、あの時の絶望だ」

​私は、頭の中で「悲しみ」のデータを検索した。両親の冷淡さ、施設での孤独、海斗以外の全ての人々が私に求める「役割」への疲労。

​だが、何度試しても、私の演技は「完璧な再現」で終わってしまう。観客の心を動かす力はあるが、私自身の魂が震えない。

​松岡師匠は、それを見て、初めて私を叱責した。

​「悠! それは駄目だ! 君は、ただの綺麗な抜け殻に戻っている! 君の演技は、観客を感動させても、君自身を救っていない! なぜ、君はそんなにも、感情を出すことを恐れるんだ?」

​師匠の問いに、私は言葉を失った。恐れる。それは、私が感情を出せば、再び両親から拒絶されたように、この世界からも「相良悠」という存在を拒絶されるのではないかという、幼い頃に刻み込まれた根源的なトラウマだった。

​海斗の言葉と涙

​撮影が中断された夜、私は海斗に手紙を書いた。その手紙の中で、私は初めて、自分の抱える葛藤を、飾り気のない言葉で綴った。

​数日後、海斗からの返事が届いた。

​「アオ。俺は、アオがどんなに強い怪人を演じても、アオが泣いてるのを見たことはない。もし、アオが本当に泣きたいなら、演技じゃなくて、俺の前で泣けばいい。俺は、アオが感情を捨てた怪人でも、ダズニーのヒロインでもなく、ただの俺の友達のアオが好きだ。アオは、感情を出しても、誰もアオを捨てる奴なんていないよ」

​海斗の、純粋で、裏のない言葉。

​私は、その手紙を握りしめ、次の撮影に臨んだ。クライマックスのシーン。ヒーローに打ち破られ、怪人が一瞬だけ人間に戻る瞬間。

​私は、自分の演技のデータから、全ての「模倣」を排した。そして、ただ一つ、海斗の言葉がもたらした、**「拒絶されない安堵」**という、今まで借りたこともない感情の、その裏側にある「孤独からの解放」を表現した。

​その瞬間、私の瞳から、本当に涙が溢れ出した。それは、幼い頃からずっと出なかった、百年分の魂の重さと、拒絶され続けた少女の哀しみが混ざり合った、本物の涙だった。

​カットがかかった後、私は泣き崩れた。それは、役の悲しみではなく、相良悠、そしてじいちゃんの魂が、初めて自分自身の感情を表現できた、解放の涙だった。

​松岡師匠は、静かに私の頭を撫でた。

「ようやく、君は『役』ではなく、『自分』を演じたな。その感情は、君自身の居場所を見つけるための、最初の光だ」

​この特撮の怪人役で、私は自分の心を開放する道を見つけた。それは、復讐の終焉を意味し、真の「自己の問いと選択」の始まりを告げるものだった。私は、この光の中で、自分の本当の望みを見つけなければならない。


【特撮】『マスクライダー』の怪人役で相良悠(13)が本物になった件

​1 :名無しユニティ:20XX/08/10(土) 21:05:40.15 ID:F3sR8pKZq

今週の『マスクライダー・ユニティ』見たやついるか?

ゲスト怪人役の相良悠。あの子役の演技、ヤバすぎるだろ。

クライマックスでライダーに倒される直前、一瞬だけ人間に戻って「ママ…」って絶叫するところ。あれ、演技じゃなくて本物の感情だろ。

​2 ::20XX/08/10(土) 21:08:29.66 ID:bA5hW9xRk

​1

見た。鳥肌立ったわ。

今までの相良悠って「完璧な天才」だけど「冷たい」って言われてたじゃん? 感情を完全に再現するAIみたいだって。

でも、今回の怪人役の涙は、マジで重かった。なんか、あの子の過去、全部背負ってるみたいな重みがあった。

​3 ::20XX/08/10(土) 21:15:03.92 ID:W6cXyHjYv

ダズニーのヒロインよりも、こっちの絶望怪人の方が数倍彼女の個性が出てる。

あの涙は、ただの悲しみじゃなくて、「拒絶され続けた孤独」が初めて解放された涙に見えた。

10歳の時の『殺戮遊戯』は技術で、13歳の今回は魂が入ってる。役者として完全にステップアップしたな。

​4 ::20XX/08/10(土) 21:23:44.99 ID:qN9zT0uEe

彼女の背景知ってるから余計にくるんだよな。

有名俳優夫婦に捨てられた隠し子が、愛を求めて怪人になる役を演じるって。

フィクションと現実がシンクロしすぎてて、製作者は狙っただろ、これ。

​5 ::20XX/08/10(土) 21:30:11.70 ID:P8sL7gFdA

​4

狙ってるとしても、その重圧を13歳が引き受けて、しかも完璧に昇華したのが凄い。

しかも、あの涙の後に見せた、あの穏やかな表情。あれは、諦めじゃなくて、ようやく居場所を見つけた安堵の顔だ。

マジで、あの子の人生の「結末」がどうなるのか、脚本家以外誰も読めないだろ。

​6 ::20XX/08/10(土) 21:45:09.33 ID:X3fK0oHnC

親父(桐生翔太)と母親(白石美咲)の動向が全く話題にならなくなったな。

娘が世界で活躍して、国民的な人気を得たことで、彼らのスキャンダルはもう「どうでもいい過去」になった。

これが、究極の「無自覚ざまあ」だよ。娘は憎んでないのに、存在だけで親の地位を地球規模で消し去った。

​7 ::20XX/08/10(土) 21:52:55.11 ID:F3sR8pKZq

​6

それな。親はまだ地方の小さな仕事で細々と生活してるらしいが、もう誰も気にしない。

相良悠は、親への復讐ではなく、自分の居場所を探すことに成功した。その結果、親は「居場所を失った」ってわけだ。皮肉がききすぎてる。

​8 ::20XX/08/10(土) 22:01:22.06 ID:9uC3sD1kK

あの子の友人、施設の子らしいけど、その子との交流が演技の突破口になったらしいじゃん?

最終的に、あの華やかな世界じゃなくて、施設で得た純粋な友情が、あの子の魂を救ったってのが、この物語の核心なんだろうな。

もう、この子が幸せになるなら、俺はなんでもいいわ。

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