第7話

 悲鳴を聞いて、櫻田さくらだが走り出した。

 慌てて芽依子はその後を追う。


「今の悲鳴って玲奈れいなかな?」

「たぶんな」


 走る揺れに合わせてペンライトの明かりが作る小さな白い円が縦横無尽じゅうおうむじんに飛び跳ね、切り取られた景色の一部がフラッシュのように次々と視界に現れる。

 歩道の舗装ほそう、道の脇に植えられている桜の木、その下に生えている草、土手、暗い水面みなも

 芽依子は少しでも明かりを安定させようとしたが、それをしていると櫻田がどんどん先に走って行ってしまうと気付いて、走ることに集中した。


「中島!」


 櫻田の声を合図にペンライトを前に向けると、前方の植え込みの前に男性が尻餅をついて倒れている姿が浮かび上がった。

 彼にしがみつくようにしてうずくまっているのは神田玲奈だ。

 地面にはペンライトが落ち、植え込みの中を照らしている。その光の先には社があるはずだった。


「中島君! 玲奈!」


 名前を呼んで駆け寄ると、玲奈が「芽依子!」とすがりついてきた。

「今、今そこに誰かいた……!」

 玲奈が指を差す先には、植え込みの中に静かにやしろがたたずんでいる。

 皆が御札を納めたはずの扉はまだぴったりと閉じられていた。


「中島、平気か?」

 櫻田にそうかれて、中島誠司は「ああ……」と答えた。その表情は下からペンライトの明かりに照らされ、ひどく青ざめて見える。


 櫻田は芽依子からライトを受け取ると、植え込みや社をぐるぐると照らした。動くものはない。

 小さな社は、同じく小さな石の台座に載っていた。神社にまつられている末社のつくりによく似ている。ライトが当たると、朱色に塗られた木材で作られているのがわかった。

 櫻田はペンライトを持ったまま、社の方へ足を踏み出した。


「ちょっと櫻田君、大丈夫なの?」

 芽依子は自分の声が少し震えていることに気が付いた。

「何がだよ」対照的に櫻田の声は落ち着いている。

「大丈夫だ。はここにはいない」

 そう言って、彼は植え込みで囲まれた敷地に入り、周囲をぐるりと照らすと、社の背後に回り込み、そこもペンライトの光を走らせた。

「……誰もいねえな。隠れるところもない」

「そ、そんなはずない!」玲奈がヒステリックな声をあげた。

「私、見たもん! たぶんあれ女の人だった! ここに着いて、誠司君がそっちにライトを向けた時にいたの! その社の前に!」


「中島は? 見たのか?」

 櫻田に尋ねられた中島は気まずそうに玲奈から視線をらした。

「……俺は、玲奈ちゃんの声にびっくりして転んじゃって。ペンライトも落としちゃったし……だから、はっきりとは……」


「ええ-!」と玲奈が中島の言葉に被せて抗議の声を出す。「絶対いたよ! 白い着物? ワンピース? そんな感じの服を着てて、顔が真っ赤で、すごい顔でこっちをにらんでたの! すぐに見失っちゃったけど、どこかに隠れてるんじゃない!?」


「落ち着け神田。今、確認したけど誰もいねえし、人が隠れるような場所もねえ」

「ううー、櫻田君ひどい。ホントにいたのに」

 玲奈は目に涙を溜めて櫻田を睨んだ。

「と、とにかくホラ、袋も持ってきたし、中の御札を回収して皆のところに戻ろうよ。あんまり遅くなると皆心配するから」

 芽依子は持ってきたビニール袋を広げて明るい口調を作ったが、その声はむなしく暗がりへと吸い込まれてしまった。


 玲奈は立ち上がった中島の腕にしがみつき、ふくれっ面で地面を見ているし、中島は明らかに引きった表情で突っ立ったままで、二人とも植え込みで囲われた社の敷地に入る気は無いようだった。

 仕方がない、と芽依子は二人を遊歩道に残したまま社の前に進んだ。

 斜め後ろに櫻田がペンライトを構えて立ち、扉を照らしてくれる。社は小さいので扉を全開にしても中をのぞき込めるのは一人だ。


 扉を開くと、中にどっさりと作り物の御札が入っていた。自分達で作った偽物の御札だと頭では理解していたが、こうして古ぼけた木製の社の中に納められ、ペンライトの光で浮き上がる御札の山はとても雰囲気があった。


 芽依子は両腕を社の中に入れ、かき抱くようにして御札の山を引っ張り出した。

 その時、社の床にあたる部分の板が御札の折れ目に引っかかり、外れて石の台座の上に落ちた。

「あ、やば」

 かーん、と硬質な音が予想外に大きく響き渡り、芽依子は反射的に肩をすくめて目を閉じた。ばさばさと御札が足下に広がる。

「おい、何やってんだよ」

「ごめんごめん」

 芽依子は慌ててしゃがみ込み、御札をかき集めた。

 櫻田もペンライトと一緒にビニール袋の口を持ち、しゃがんで御札を集めて袋に突っ込んでいく。


「ねえー、大丈夫なのー?」

 敷地の外から玲奈が声をかけてくる。そんなに心配なら敷地に入って手伝ってくれればいいのに、と芽依子は思った。玲奈の声色からして、芽依子と櫻田を心配しているというよりは、不安なまま待たされていることが不満なのだろう。


 御札を集め、転がっていた社の床板を拾って立ち上がった芽依子は、社の中にまだ何か白い紙が残っていることに気がついた。

 それは肝試しに使った御札ではなかった。

 がれた床板のあった場所、今は一枚外れてしまったその場所に、白い和紙の切れ端のようなものが入っている。そこは今まで板で隠れていたはずだ。社の下に誰かが何かを入れていたのだろうか。

 何だろう、と芽依子は深く考えずに手を伸ばし、見えている白い紙切れを指先でまんだ。


 ひっ、と背後でおびえた声がして、驚いた芽依子は紙切れを咄嗟とっさにズボンのポケットにねじ込み、振り返った。

「玲奈? どうかしたの?」

 芽依子は社から離れて、玲奈と中島に駆け寄った。

 玲奈は小さく震え、中島の腕にしがみついている。

「な、なにか音がする」玲奈は泣きそうな声でささやいた。「誰かいるって絶対……!」


「玲奈ちゃん、落ち着いて」

 中島が玲奈がしがみついていない方の腕をあげて、彼女の手を軽く握ったが、今まではそれで喜んでいた玲奈が目を見開いた必死の形相で「静かにしてよ!」と強い口調で返したため口をつぐんだ。


 ぱしん、と小さな音が今度は芽依子にも聞こえた。


 それは桜並木の方からで、芽依子は音がしたあたりへ視線を向けた。

 夜の桜並木はただの黒い影であり、その下は短く草が生えた緩い傾斜となっている。

 芽依子は音がした方を凝視したが、いくら目を凝らしても闇しか見えない。人間の目は暗さには慣れるが、真の闇に慣れることはない。

 それでも視覚以外で感じるものがある。

「何、この音」

 ぱき、ぱき、と小枝を踏みつけるような音。かさかさと草がこすれる音。

「足音? 周りに誰かいるのか……?」

 周囲をはばかるように中島がつぶやいた。

 ぱきぱき、がさがさ、という音は小さいまま数を増す。

 中島の言うとおり、それは足音のようだった。それも多くの。

 桜並木の暗闇の下から、たくさんの足音のような小さな音がする。声もせず、姿も見えない。音だけが木々の下を移動している。

 突然、白い円形の光が桜並木を撫でるように動いた。

 櫻田が手に持ったペンライトをそちらに向け、素早くあちこちを照らしていた。

 切り取られた円の中に映るのは桜並木だけで人影は無い。


 誰もいない。

 音だけが。


 音だけが鳴って。

 四人を取り囲むように大勢おおぜいの気配がする。 


 同時に、芽依子は強い耳鳴りを感じた。


「逃げるぞ、走れ!」


 櫻田が叫んだ。

 その声を合図に四人は駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月12日 20:00
2026年1月13日 20:00
2026年1月14日 20:00

水怪 相馬みずき @souma-mizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画