第6話

 最後の組が出発して三分後、神田かんだ玲奈れいなは肝試しとは思えないご機嫌な表情でスタート地点を出発した。

 ご機嫌な理由は明白で、彼女のペアとして中島なかじま誠司せいじも一緒だったからである。


 スタート地点に残ったのは、芽依子と藤村ふじむら歩美あゆみ間宮まみや香奈かな、そして櫻田さくらだアルトだった。


「本当にもう、玲奈には困ったものね」

 間宮香奈は腕組みをして溜息をいた。歩美は不機嫌そうに押し黙ったまま、御札の予備を片付けている。

「でも、誠司も悪いわ。あれじゃあ、あの子がますます調子に乗るだけだもの。アイツ昔からそうなのよね、すぐにいいかっこしたがるんだから。だから気にしちゃ駄目よ、歩美」


 間宮香奈と中島誠司は大学と同じ市内の近所にあり、二人が所謂いわゆる幼馴染みであることはサークルのメンバーであれば誰でも知っている。

 香奈はいつも「私と誠司は腐れ縁だから」と言っているが、調子の良いところがある中島誠司に苦言を呈しながらも、いつもフォローしているのが香奈だった。


「別に気にしてない」と答えて手を動かしていた歩美が、「あっ」と小さく声を上げた。

「どうしたの、歩美」

「もー、玲奈ったらゴミ袋持って行ってないじゃん。あの子、回収した御札を手で抱えて帰ってくるつもり?」

「誠司も一緒にいるんだし、二人で手分けして持てばなんとかなるわよ」

 香奈は顔の横の髪を払いながら言ったが、半紙で作った御札は包みに入っており、手でまとめて持つには嵩張かさばる代物だ。

「ごめん芽依子。ゴミ袋、持って行ってくれない?」

「えー」

 芽依子は香奈を見たが、香奈は「私、行かないわよ」とクールに言い放った。

 先ほど玲奈と言い争った手前、歩美が行かないのはわかりきっている。しかし、どれだけ怪異を信じていないと言っても、暗い夜の池のほとりを一人で歩いて行くのは嫌だった。水辺は苦手トラウマだ。


 芽依子は仕方なく、少し離れた場所に立って一人で池を眺めている櫻田に近付いた。

「櫻田君、玲奈達の御札回収を手伝いに行くんだけど、一緒に来てもらってもいいかな」



 意外にも、櫻田はあっさりと芽依子に同行してくれた。

 彼はいつもと同じ、Tシャツにカーゴパンツといった出で立ちで、ポケットに手を突っ込んだまま、芽依子と並んで歩いていた。

 彼の両手がポケットにしまわれているため、芽依子は右手にペンライトを持ち、左手に折りたたんだゴミ袋を持っている。

 ただ、櫻田が池に近い側を歩いてくれているおかげで芽依子は少し安心することができた。幼少期に溺れた記憶をなくしてしまったとしても、水辺に対する恐怖心は確かに彼女の中に残っている。


 真っ暗な中、舗装ほそうされた道を歩く二人分の足音だけが響く。

「あのー、今日は来てくれてありがとう」

 沈黙に耐えきれず、芽依子は口を開いた。

「櫻田君、嫌がってたのに準備もしてくれたし、今日も飲み会から参加してくれたし」

「俺は別に」

 そう答える櫻田の声に重なって、どぽんと池の水が鳴った。

 反射的に芽依子の肩が跳ね、ペンライトが作る小さな光の輪が動きに合わせて飛ぶように動く。

「びっくりした……。魚かなあ」

「そうなんじゃね」

 平坦な櫻田の声に、芽依子はただの水音に驚いてしまった自分が少し恥ずかしくなった。お化けの類を信じていなくても急な音は心臓に悪いのだし、と心の中で自身に弁解する。


 藤棚の横にさしかかった。

 芽依子が調べたエナガ水源地の怪談の中にあった首吊り自殺者の霊が現れるのは、この藤棚の下とされていた。芽依子がペンライトの光を向けてみると、二メートル程の高さに作られた鉄製の藤棚に、ぼこぼことしたいびつな太い幹が巻き付いている。ペンライトの心許こころもとない明かりでは全体像はわからない。わからないから、光の外側の暗闇に何か潜んでいるような気がする。幽霊の正体見たり枯れ尾花というのは、こういうことなのだろうか。


「おい、よそ見してないで前を照らせよ。道が見えねーだろうが」

「ごめんごめん」

 芽依子は慌ててペンライトを進行方向に向けた。

 きゃあっという甲高い悲鳴が聞こえたのは、その時だった。

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