第3章 形のあるもの

急に降りかかった目を閉じていても眩しいほどの光に、梓がゆっくりと目を開けると…眩しいはずの視界に黒い影が見えた

「起きろ~起きないなら俺の必殺技、鼻つまみ攻撃入りま~す!」

アーデルが梓の顔に手を伸ばす

「やめろ!」

叫びながら飛び起きた梓の額に、アーデルの指がこつんと当たる

アーデルはけらけらと笑いながら

「はいはい、今日も絶好調だな」

「死ね…」

梓は眠気とアーデルに起こされたムカつきで、ふてくされながら呟く

「元気だなぁお前、可愛いぞぉ~」

アーデルが梓のぴょこぴょこと寝ぐせのついた髪を、より崩すように撫でる

「可愛くねぇし!!」

アーデルの手をはらいながら、梓はベッドからおりる

アーデルとの生活が始まってから毎朝こんな調子だ。

でも梓は表面上は嫌がりながらも、それが不思議と、嫌ではなかった。


森へ釣に

「今日は食料確保デー!釣りに行くぞ」

アーデルが靴を履きながら、梓に言う

「魚食うの?」

「当たり前だろ!肉ばっかじゃお腹壊すわ」


梓はトコトコと、アーデルの進む道をついていく。

いまだに慣れない広いアーデルの森の中をずんずんと進む。

森の奥を抜けると、石ころがキラキラと見えるほど透き通る川が流れていた。

梓は肩をたたかれ、アーデルを見上げる

アーデルは木の枝を使った簡易の釣竿を梓に渡した

「ほい、特製あーちゃんスペシャル!」

「やめろ、その名前」

梓はすぐさまツッコミを入れる

アーデルは上を向き、少し考えながら

「じゃあ、梓特製スペシャル?」

「もっとやだ…」

「じゃあ…梓の…白髪ぴょこぴょこ竿」

「殺すぞ…」

アーデルは腹を抱えながら、大爆笑している

梓はため息をつきながら、竿を垂らす

川のせせらぎだけが静かに耳に届くような素敵な場所だが、今はアーデルの笑い声しか耳に入らない

「こういうの…悪くないな」

「だろ?」

アーデルが涙を拭きながら、少し優しい声で言う

その穏やかさに、梓は一瞬だけ視線を落とした

今まで自分ですら見たことのない表情を、している自分に不安を感じたからだ


__数分後

「お、かかった!おい見ろ梓!」

「でかっ!」

アーデルの竿がしなり、巨大な魚が跳ねた

「ふははっ、俺の勝ちだな!」

アーデルは魚を見つめながら言う

「勝負してないだろ…」

「してるしてる~」

アーデルの軽い言葉にムカつき、小さく舌打ちをする

「僕だって釣るし…」

梓は竿をぐっと握りしめた。


__数分後

「っしゃぁぁぁぁ!!見ろアーデル!!!」

梓が釣り上げた魚は、アーデルを超える大きさだった

梓は、はしゃぎながらアーデルに魚を押し付けるように見せる

アーデルは少し不満そうな顔をしている

「俺の負け…?」

「うん、アーデルの負け」

アーデルは「うぅ」と肩を落とすが次の瞬間ニヤッと笑った

「すげぇじゃん…」

「当たり前だろ…」

梓は照れくさくて、照れくさくて川に向かって背を向けた。



村への買い物

アーデルが今日もニコニコと梓の部屋に入ってくる

「あ~ずさっ!今日は村へ行くぞ!調味料とか野菜とか買いに行くぞ」

梓は驚いた顔をして、自分の知ってるアーデルの情報を整理する。

「村って…アーデルは国から追われてる身なのに…?」

アーデルは腕を組みながら、眼鏡やコートを身に着ける

「そう!俺はいろんな人に追われてるけど、変装したらバレねぇ!」

「そんなに堂々と言うなよ…」

眼鏡、コート、帽子…変装したというよりか、顔と体を徹底的にかくしたような

恰好をしたアーデルと共に、村へ向かう

梓は、この世界に来てからアーデル以外の人に、あってないので少し胸が高鳴っているようだ。



数十分歩くと、草の生い茂った道から、人声が聞こえるにぎやかな道へと変わった。

村は小さくて、石畳と木の家々が並ぶ穏やかな場所だった

「あら旦那、今日は子供を連れてきたのかい?」

市場に着くと、アーデルがおばさんに話かけられる

「子供…?あぁ梓のことか、こいつは親戚の子なんだ」

慌てて嘘をついたアーデルを鼻で笑いながら、背伸びをしてアーデルに小声で話しかける

「みんなアーデルのこと気づいてないみたい…」

アーデルはクスクスと笑う

「まぁこんだけ変装してれば誰もわからないよ」

「変装しててもアーデルの馬鹿な性格は隠せてないでどね」

間髪入れずに言葉を放った梓に、少し驚いた顔をしながらも、ニヤッと笑いながらアーデルは言う

「バレた?」

思っていた反応とは違う反応が返ってきたことに、梓は思わず吹き出してしまう


村のみんなは、愉快でとてもやさしい人たちだった。

アーデルが国に追われる身でなければ、アーデルと僕と村のみんなで、楽しく生活することができたのかな?と梓はふと考えてしまった。


家に帰ると、アーデルは得意げに荷物を広げた

「今日は豪華だぞ!トマトと玉ねぎの…なんか美味しいやつ!」

「なんかってなんだよ」

「なんかはなんかだ!」

「料理名ぐらいつけろよ…」

アーデルは数秒考えて言う

「じゃあ…"アーデル特製・赤くて丸くてうまいやつ"」

アーデルは言いきったような、満足したような顔をしている

「料理なめてんの?」

不愛想な顔をしながらも、梓のツッコミが絶えない

アーデルは腕を組んで得意げに言った

「まぁまぁ梓、食べてみろって。料理は味だ!名前じゃない、それに魔法だってうまくなる!」

「まずかったら?」

「泣く」

即答したアーデルを見て、梓は意味ありげに笑う

「じゃあ食ってやる」

梓は、アーデルの料理を口に運ぶ

「う、うま…」

「だろぉ!?」

アーデルは鼻を高くしながら、得意げに胸を張る

梓は悔しそうに、舌打ちした

「…認めるのムカつく…」

「素直に褒めろよ~」

「絶対ヤダね」

梓は文句を言いながらも料理を運ぶ手が止まらない  



真剣勝負

アーデルが魔法で作った簡易ゲーム板を出してくる。

梓の世界でいう、チェスみたいな…オセロみたいな謎のゲームだ

「昨日はお前に負けたから、今日は俺がかつ番だ!」

「負けないし」

梓が言った後、謎の間が開いたその時アーデルが言う

「調子乗んなよ白髪」

「黒髪よりマシ」

「言ったなぁ~!?」

お互いのプライドを賭けたゲームが始まり家の中は大騒ぎだ


__数分後

「おいおい!それ反則だろ!」

「は?どこが」

梓は余裕の笑みでアーデルを見つめる

「その駒の動かし方、絶対に違…いや、ある意味あってるのか…?」

「ほら負けそうになって混乱してる」


二人とも試行錯誤を重ねた結果、梓が勝利する。

「よっしゃぁぁ!!」

梓はガッツポーズをしながら、喜んでいる

アーデルは頭を掻きながら言う

「お前…まじで天才じゃね…?」

「褒めんな…」

"褒め"を素直に認めない梓に、ムカついたのかアーデルが挑発するように言う

「まぁ、まだ俺みたいに器用に魔法使えないけどね、戦ったら一瞬で死んじゃうけどね」

梓は腹を立てるが…事実なことには変わりないので、悔しながらもアーデルの言葉を認める

「認めたね~」

「そりゃ…僕人間だし」

その言葉に、アーデルは少し困ったような表情を見せる。

「そうだね梓は人間だね、そうすると俺は何になるんだ?」

アーデルは何かと問われ、梓は考える間もなく即答する


「アーデルは悪魔だろ、僕の中でそれは変わらないから」

アーデルは一瞬悲しそうな、苦しそうな目をみせた

「悪魔ってかっこよくね?」

梓はアーデルの張り付いたような笑顔に気づき、自分の言葉が何かをアーデルにあたえてしまったことに、自分の中で反省しながらも、少し考える、だが話をそらすような言葉しか出てこない……



「アーデルってバカだよね」

アーデルはいつもの笑顔に戻る

「魔法もろくに使えないガキに言われたくないんだけど~」

梓は安堵の表情をしながら、「へへっ」と笑う

部屋の中には二人の高さの違う笑い声が、広まっている

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