第2章 森の家
梓が目を覚ました時、そこには見慣れない天井が見えた。木で組まれた梁、窓から差し込む柔らかな光、どこか静かで、どこか温かい匂い。
「…ここどこ?」
起き上がった瞬間、ドアがバンッと開いた。
「お、起きたか!やっとだな!」
黒髪の男__アーデルが、あまりにも無防備な笑顔で立っていた。
梓の警戒心が一瞬で跳ね上がる。
「…近づくな」
「おぉ、こわ。朝イチから剣より刺さる言葉だな」
アーデルはニコニコしながら、木のトレイをもって近づいてくる。パンとスープ、森で採れた果物が並んでいた。
「食え、アーデルお手製のスープもあるぞ…お前ひどく弱ってたからな」
「…いらない」
「じゃあ俺が食うか、太っちまっ_」
梓はグイッと皿を奪う。
「別に、僕が食べたいわけじゃないから…」
アーデルはニヤリと笑う
「お前ツンデレなの?まだ12なのに?」
「殴るぞ…」
「ほらすぐ暴力~」
そんな調子で、アーデルは朝からひたすら梓を揺さぶっていた。
だけど、
パンは温かくて、スープは優しい味がした。
母の病室で食べた冷えたおにぎりとは全然違う_
食後、アーデルが梓を外に連れ出した。
森が光に包まれている、深い緑と草の匂い、鳥の声。まるで絵本の世界に迷い込んだようだった。
「ここ、俺の家と庭な、好きにしていいぞ
まぁ、勝手に毒草食ったら死ぬけど」
「庭ってレベルじゃないだろこれ…」
「でけぇだろ?あの頃はもっとでけぇ庭だったんだけどな」
梓は一瞬だけアーデルを見た。
__あの頃?
でも尋ねはしなかった。聞くべきじゃない気がした。
昼過ぎ、家に戻るとアーデルが言った
「よし、次は大事な修行です」
「は…?いきなり何」
「魔法だ。お前みたいなひねくれ者、才能ありそうじゃん。」
梓はアーデルを睨む
「体の中にな、花火がある感じしねぇか?」
「そんなのわかるかよ…」
「じゃあこれ握れ」
アーデルが渡したしてきたのは、黒い石のついたネックレスだった
「これは"魔法を宿す器"、俺の一族だけが作れるんだぜ
簡単に言うと、それを持ってれば誰でも魔法を使えるって感じかな」
「なんで僕に…?」
「生きるためだよ、俺がいなくても、お前自身が魔法を使えりゃ何とかなる」
「…」
アーデルは真剣な顔で続けた。
「梓、魔法は命を奪うことも、生かすこともできる
その境界を見誤るな」
梓は黙ってネックレスを握りしめた。
胸の奥がほんのり熱くなる
(…だからって母さんを殺したのかよ)
梓は決して声に出さなかった。
「よし、まずは、最低限の魔法だ」
「最低限って?」
「動物を殺す魔法だ」
梓は一歩後ろに下がる。
「僕…そんなのやりたくない」
アーデルは梓の顔を覗き込む
「それができなきゃここで、生きていけねぇ」
「…僕にはできないよ、」
「できるできる、お前のその目なら、迷った獲物が泣くぞ」
「褒めてねぇだろそれ絶対」
アーデルはニコニコと笑う
「半分褒めてる」
アーデルは笑いながら、梓の手をそっと握る
梓は驚いてアーデルを見る
「怖かったら言え…無理にやらせる気はねぇから」
「別に怖くない…」
本当は怖かった。
でもアーデルに"弱いところ"を見せるほうが自分に負けたようで怖かっただけだ。
夕方
梓は初めて小さな鳥の命を奪う魔法を成功させた。
震える梓の手をアーデルがそっと、支えた
「初めてでこれは上出来だ!やっぱひねくれ者は変わってるな」
「褒めるなら、ちゃんと褒めろよ」
「褒めるよ?だってお前、今日生きたもんな」
「当たり前だ…」
アーデルはけらけらと笑い、梓はそっぽを向く。
二人の距離はほんの少しだけ縮まった。
「僕がもっと魔法を使えたら、アーデルが母さんを殺したように人を殺せるの…?」
梓は思ってもいないことを口に出してしまった
アーデルは梓を見つめる
「お前が人を殺すなら、その石を砕いて呪文を言わないとできないぞ」
アーデルは梓の頭をなでる、その手は大きく優しかった。
梓は何も言わず、死んだ鳥をみつめた。
梓とアーデルの生活が始まった。
出会ってから数日、梓の警戒は少しづつ解けてゆくが、母を殺されたという事実は消えない。アーデルはのんきに、毎日梓へいろいろな話をしている。
夜
家の外で焚き火が弾け、ふたには並んで座っている。
「なぁ梓」
「何…?」
梓は相変わらず、不愛想な顔をしている
「お前ここで…俺と生きれそうか?」
「知らない」
「そっか、」
アーデルは、火の向こうで優しく笑った
「でも、俺はちょっと嬉しいんだよ。
誰かとこうやって、飯食って、喋って生きるの」
梓は少しだけ胸が熱くなる
「アーデルは喋りすぎだ」
アーデルは笑う
梓は母のことを思い出しながら、火を見つめた。
(まだ信じてるわけじゃない…でもアーデルと過ごす時間は嫌いではない…)
家に戻り布団に入る
アーデルは横になる梓の隣に座っている。
「なんだよ…」
「まだ12歳だから一人で寝れないかなって、子守歌でも歌おっか?」
冗談交じりにアーデルは言う
梓はアーデルを睨む
「余計なお世話だ…!」
「うそうそ、ちょっと話したいことがあってさ…」
梓は顔を上げ、アーデルを見る
アーデルの真剣でどこか悲しい声に梓は耳を傾ける
「俺さ…」
アーデルは淡々と話し始めた。
自分が王家の息子なのだということ。
幼いころに病で寝込んでいた母が"楽になりたい"と言った言葉を聞いて、国では昔から使うことを禁じられていた悪魔法を使って、母を殺したこと。
そのせいで、家どころか、国から命を狙われている始末になっていること。
今は追手の目の届かないこの森で、暮らしていること……
「このことを、梓に話しておきたかったんだ、」
「僕に似てたんだね…」
アーデルは驚いた顔をするが、すぐに笑顔をつくる
「あぁ、そうだね」
「なんで僕を連れてきたの?…」
「それは…梓のお母さんにとって死は幸せだったけど、お前にとって母親がいなくなるのは、幸せじゃないだろ?」
梓はアーデルを見る
「そんなの当たり前だろ、何でここに連れてきたか聞いてるの!」
アーデルは少し考えた後、真剣な顔で言う
「母親だけ幸せになるのは不公平だろ?だから少しでもここで楽しい生活をできればとおもって…」
梓は目を丸くする。アーデルのいつもとは違う表情に冷や汗が出てくる
「それを先に言えよ…」
梓は毛布をかぶりながら小声で言う
そのあとのアーデルの反応を見る前に目をそっと閉じ、夢の中へ落ちていく。
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