神様を殺す魔法の最大公約数

はすみらいと

第1話

 生ぬるい血の温度。

 焼け焦げた皮膚の臭い。

 

 燃え尽きた家屋の残骸。

 

 ──身体を蝕む熱。呼吸する度ヒリつく喉。


 埋め尽くすは、絶望と失望。


 灼熱を越えても尚、燻る後悔は、留まることを知らない。


 煤だらけの手のひら。


 ──何故?

 ──どうして?

  

 ただただ、疑問があふれ返る。


 見渡す限り、生命はここになどないことは明白だ。あらゆる物を燃やし尽くし、命は絶えた。


 おびただしい死の臭いが、鼻をつく。


 あんなにも溢れ返っていた生命の気配は、何処にもありはしない。なにひとつとして、原形を留めてなどいないみたいだ。


 接続されることのない記憶。




 耳を劈く悲鳴。

 逃げ惑う人々の気配。

 

 手は赤く汚れ、血まみれだ。


 殺した? 誰が?


 いったい、どうして?

 

 悔やむための涙は枯れ、もはや流す涙などなかった。あまりに多くの人々から、命を奪い過ぎた。気づけばあとに続くのは無数の死、そう理解しても、まだ進むことを止めることはできない。


 


 そこに人々の差違はなかった。あるのは死、生を奪われたという現実だけ。貴族だのという身分や生命の価値は機能していない。


 ──断末魔の叫び。嘲笑う声。


 千々に引き裂かれるは、人海。


 功績だの、身分だの、血族だの、という本来の在り方は意味をなすことは未来永劫ない。生き残れなければ、そんなものは一ミリも役に立たないと、誰もが理解していたからだ。


 そのためなら何だってする──なんとあまりに醜い光景か。しかし、それを責め立てるものも、また、ここにはもういない。


 圧倒的な死を前に、倫理や道徳など、無意味だと思い知らされたらしい。ここにいるのは狩るものと狩られるもの、それだけだ。それ以外は不要というものだろう。


 ──さあ、騒げ、そして逃げ惑えばいい。


 血に飢えた捕食者は放たれた。

 最期を迎えるその時まで叫べ! 踊れ! 彼の者の御心を充たすためだけに。


 放たれたのは、神か、悪魔か、大天使か。あるいは殺戮者か。


 判断するに足る情報は無く。聞こえるのは、絶望した人々の残響、何者かの醜い慟哭だった。


 ああ、生命の灯火が消えていく。


 その様のなんと虚しいことか。

 ここに救いはない、あるのは絶望と歓喜。


 どうやら神はこの者達を救わなかった、あるいは存在しなかったのだ。どんなに奇跡の能力を人間に授けはしても、救わなかった。


 惨たらしい光景を前にしても、神やそれに準ずる存在は、動かなかったのだろう。骸に蠅が集ろうが、異臭を放ち死んでもなお、尊厳を失われようと、神とやらにはどうでもいいことらしい。


 内戦ばかりだった国はそれにより大量の生命が失われ、その存在に怯えながらも結束し再興、その存在を子孫に伝え聞かせ。



  

 やがて魔術は魔法に取って代わられた。


 平和の国──魔法国家アヴェルゲン王国。そう呼ばれるようになり、永きにわたった恐怖の時代は終わりを迎える。


 歴史から、この出来事は存在しなかったことになっている。それでも人々は遺伝子レベルで記憶し続け、恐怖を忘れることはなかった。




 血まみれの歴史を忘れ、史実から消し去ることで得た平和。平和と呼ぶにはあまりに薄汚れ、血なま臭いものだ。


 新たなる脅威は国外から訪れて来るのだろうか? 再びの内戦か?


 否、人類が人類である限り果てはない。


 ──彼らがそうであったように。




 平和を享受する王国の民。小さな内戦、横行する犯罪。親を失った孤児。孤児を引き取り教会に運営される孤児院。かつては貴族と呼ばれた者達。行政の一部を担う三大ギルド。


 


 いつだって世界は、突然現れた異物により回りだす。そして歴史が動き、やがて終わる。

 

 アヴェルゲン王国、束の間の平和な時代。

 変革を余儀なくさせたのは、王国民であり紛れもない孤児、たった3人だった。


 世界のことも世間のことも知らない孤児、強くなることを望み続けた孤児、物知りな孤児。


  

 

 いや、訂正しよう。

 

 孤児3人が変えたのではなく、孤児3人が互いに出会ったことにより、変革が訪れるという方が正確だろう。

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