第8話:狩る側と狩られる側

レギュが100万を持って体の主導権を握ってから数日後、家に知らない人が来て謎の封筒を渡して来た。受け取るかどうか迷っていたのだが、レギュが大丈夫だと言ったので受け取ってみたところ、封筒の中には現在指名手配されてる何人かの犯罪者の居場所が記載されていた。


「レギュ......俺の体の主導権を奪った時何やったの?」


その情報を見て草薙は困惑しつつレギュへ尋ねる。


「(裏社会に繋がりがある奴に100万使って頼み込んだ。これで犯罪者を狩れるぞ)」


レギュの言葉に草薙が反応する。「裏社会」それは草薙にとって漫画やアニメなどに出てくる程度のもの、言わば都市伝説に近いものだ。


「裏社会って....漫画とかでよくある裏社会?」


「(草薙が何の漫画を指してるのかは知らないが、想像通りのものではあるぞ)」


レギュの言葉を聞いて草薙は苦笑を浮かべる。「想像通り」つまりは人殺しに慣れた人間が跋扈する正真正銘命懸けの世界。そんな世界で生き残っている奴らは恐らく実力者揃いだろう。だがそんな草薙の不安をかき消すように、レギュは堂々とした声色で言葉を紡ぐ。


「(裏社会と言っても全員が全員化け物じみた実力を持っているわけじゃない。確かに人殺しに慣れてはいるだろうが、大きな組織の構成員でもなければ草薙でも勝てる。俺の特別訓練を何度も乗り越えたんだ。自信を持て)」


レギュの言葉は力強く、草薙の背中を押すには十分すぎるものだった。確かに特異区間全体で見たら、草薙はまだまだ落ちこぼれの部類なのだろう。だがそれでも、少しずつではあるが確実に成長しているのだ。今までの努力と成功体験が、しっかりと草薙の自信に変わっていた。


「なら、早速動かないとね。少しでも多く、犯罪者を捕まえて強くなるために」


草薙のその場で立ち上がり拳を握る。どうやらやる気は充分のようだ。


「(あ、ちなみに夜に動いた方がバレにくいから朝から動かないぞ)」


レギュの一言で数秒の沈黙が訪れ、草薙はゆっくりと着席して朝食を食べ始めた。


〜1時間後〜


草薙は毎日の訓練を終えて久しぶりにランニングを行っていた。立て続けに色々あったせいで前回のランニング以来一回も行っていなかったからだ。それに、また黒妖さんに会えるかもしれないという期待もあった。


「フゥゥゥ......」


草薙はランニングを行いながら魔力操作も同時に鍛錬していた。まずは足に魔力を宿し走る速度を上げ、余った魔力で体全体を覆い持久力を補う。あとはその状態で出来るだけ速い状態を保てば基礎身体能力と魔力操作の両方を鍛えられると言うわけだ。これはレギュに教えてもらったものではなく、草薙が自ら考えた鍛錬方法だった。


「まさか、草薙君かい?」


そんな時だ。草薙の背中に聞き覚えのある声が響く。次第にその声の主は草薙の隣に並び共にランニングを行う。


「お久しぶりです、黒妖さん。あれから全然ランニングできてなくて.....あんまり会えなかったですね」


「何を言う、ランニングとは無理にやるものではない。皆それぞれのペースというものがある。だがよかった。私は前回の訪問の件がきっかけで嫌われてしまったのかと思ったよ」


どうやら黒妖は前回の訪問時に草薙を犯人かもしれないと疑っていたらしく、態度に出てしまって嫌われたのかと勘違いしていたようだ。当然のようにそこまで気にしてなかった草薙は、その言葉をすぐに否定した。


「そんなことないです。確かに驚きはしましたけど、立場的に仕方ないと思いますし......」


「そう言ってもらえると私も救われる。何はともあれ今日はせっかく会えたのだ、身体作りに励もうじゃないか」


草薙は黒妖との会話を行いつつ目に魔力を宿す。少しだけ考えていたことがある。黒妖さんは王制学園の生徒だ。その実力を見れば、何か参考にできる部分が見つかるかもしれない。


「す、すごい......」


そうして黒妖の魔力を見た草薙は思わず口に出して呟く。基本的に魔力と言うのは炎のように揺らいでいるものなのだ。だが黒妖の魔力は揺らぎが極端に鋭く、まさに洗練されているような印象を抱く。さらには草薙と同じように体全体に魔力を宿しているのだ。それも、一切の無駄なく均等に。今の草薙では止まって集中した状態で無ければ均等に無駄なく宿らせるなどできない。それを黒妖はランニングしながら平然とやってのけている。


「ん?どうしたんだい?草薙君」


草薙が黒妖を見て驚愕で目を見開いていると、それを不思議に思った黒妖は草薙に対し疑問を投げかける。それに対して草薙は単純に思ったことを伝えた。黒妖の魔力を見た結果その鋭さと洗練さに驚いたこと、さらには身体への魔力操作に一切の無駄も偏りもなかったことを。


「草薙君は身体的魔力操作を知っているのかい!?」


それを聞いた黒妖はすぐに目に魔力を宿し、草薙が身体的魔力操作を行えることも理解した。すると黒妖の目は輝きに満ち、草薙の顔を覗き込んだ。草薙はそれに驚いて少し言葉が詰まるもしっかりと返答する。


「え、えっと......そうですね。まぁ、俺は1人の力で物にしたわけじゃないですけどね」


黒妖が身体的魔力操作を草薙が知っていることに驚くように、草薙もまた身体への魔力操作を黒妖が知っていることに驚いていた。草薙の中で、身体への魔力操作はレギュだけが知っている技だと思っていたから。


「それでも十分にすごい。私も学園の先生に教わるまでこの技を知らなかったんだ。だが逆に、なぜ草薙君は知っているんだい?」


草薙はその問いにすぐ返答ができない。正直にレギュのことを話しても良いが、自分の頭にもう1人の存在が居て、その存在は過去に世界を滅ぼした極悪人で、そんな強い人が稽古をつけてくれる。など誰がどう聞いても頭のイカれた人でしかない。そうして返答に困りに困った結果。


「....俺を鍛えてくれる師匠が居て、その人から教わったんです」


草薙の口から出てきたのはそんな曖昧な返答だった。だがその答えを聞き黒妖は納得したようで、楽しそうに笑いながら話を続けた。


「なるほど、なら草薙君の立ち姿がそこまで変わったのも納得だな!」


「立ち姿が変わった?」


その言葉に草薙は心当たりが無かった。確かに毎日の訓練は欠かしていないし、毎回の特別訓練も合格してきた。だが立ち姿が変わることなどあるのだろうか?疑問に思っている草薙を他所に黒妖は話を続ける。


「うむ、以前より堂々としているし隙が少ない。たった一週間合わないだけでここまで変わるとは思っていなかったぞ」


草薙は黒妖に言われて自分の体を確認する。今の自分は.....そうなっているのだろうか?実感は無かった。だけど嬉しかった。自分の努力が素直に肯定されたように感じたのだ。


「ありがとう、黒妖さん。なんか、すごく嬉しい」


草薙は素直な言葉を黒妖に伝える。わずかに頬を緩ませて、まるで小動物のように笑う。


「本当に.....草薙君は素直で良い人間だな」


そうして2人でランニングを続けていく。だが今回も最後まで黒妖さんのペースについていくことはできず、途中で息切れしてぶっ倒れた草薙であった。


〜ランニング後〜


草薙はランニングを終えた後に家へと帰る。流石に息切れするまで走ったせいかどっと疲労感が襲ってくるが、ベッドにダイブする前にレギュが声を上げる。


「(黒妖の話から推測するに、どうやら魔力操作は一部の......それも実力者にとっては当たり前の技術だったみたいだな)」


草薙はそれを聞いて疲労感と多少ガッカリとした気持ちを抱きベッドへダイブした。だがよくよく考えれば当然だ。特異区間最高峰の学園であれだけ簡単にできる身体強化方法が見つかっていないわけがない。


「まぁ、それでも俺は身体への魔力操作を極めるしかない。切り札もあるしね」


草薙は口角を上げて言葉を溢す。そう、犯罪者の情報が来るまでの数日間もまた、レギュの特別訓練は行われていた。その訓練の中で、草薙は"切り札"と呼べるものを自らの力で習得していた。レギュに教わったものではない、草薙自身が自分と向き合い手に入れた技。


「(さて、今日はもう休んでおけ。夜に犯罪者狩りを始めるぞ)」


草薙はレギュの言葉を聞き、そのまま目を閉じて意識を手放した。


〜真夜中〜


草薙は全身真っ黒の動きやすい服装に着替え、口マスクでなるべく顔を隠せるような格好をする。その後調査資料に書かれていた犯人の自宅近くのマンションの屋上へ登り、玄関部分を監視しながら周囲の一目につかないルートを確認する。


「(裏社会の人間の中でも、そこら辺のチンピラは人気のない路地裏を通って仕事へ向かう。しかも活動時間帯は基本的に夜だ。ここまでありがたいことはない。玄関を監視し、出てきたら人気のない路地裏に入ったタイミングで奇襲を仕掛ける。)」


「了解......って、早速出てきた」


屋上から玄関を監視していた草薙だったが、すぐにその目が情報通りの犯罪者を視界に捉える。レギュの言う通りその男は人気のない路地裏を通り、どこか遠くへと向かっていく。


「よし、作戦開始だ」


草薙はすぐさまビルから飛び降りて男の向かった路地裏へ走っていく。戦闘用に魔力をなるべく残したいが逃したら意味がない。草薙は3割ほどの魔力を使い一気に夜道を疾走する。


「はぁ......今回の臓器は高く売れなかったなぁ。タバコとか吸うなよ、体に悪いっての」


男は文句を言いながら人気のない路地裏を進んで行く。だが裏社会に生きるからだろうか?男はほぼ勘でその違和感を感じ取っていた。


「おい、誰か俺をつけてんのか?」


そう言って男が振り向くと、自分が通ってきた道の角から全員が黒い謎の人物が現れる。男は問答無用で戦闘体勢に入り、黒男の動きを警戒しながらナイフを構える。


「(まだまだ気配と足音の消し方が甘いな。そんなんじゃ奇襲なんて夢のまた夢だぞ?)」


草薙もボクシングの構えを取り警戒を高めると、頭の中からレギュのお叱りの声が響く。ごもっともだったため言い返すことはできなかったが、ほんの少しだけ集中が逸れる。


「殺し屋かなんかか?あんた」


少しだけ集中が逸れた瞬間だった。男は懐から円形の物体をいくつか掴んで一斉に草薙に向かって投げた。


「っ......」


反応が遅れたことで全てを回避することはできないが、この程度の速度ならば防御が間に合う。草薙はなるべく多く回避しつつも、どうしても躱せないものは魔力を宿した腕で弾き飛ばす。


生命成長グロース俺はそう簡単に殺されねぇぞ?」


草薙が回避し弾き飛ばした謎の物体は地面に触れると同時、急激に巨大な蔓となって成長する。その勢いは凄まじく、草薙の体に絡み付こうと迫り来る。もし蔓に捕まったら体を固定されるどころか、最悪は圧殺される。それを危惧した草薙は即座に魔力を足に集中させ、圧倒的な跳躍力と速度で蔓を躱していく。


「(っ!?なるほど、投げてたのは植物の種か.....)」


「おいおい、身体強化系の能力者か?」


男はその様子を見ながら逃走も視野に入れる。殺せるのならここで殺しておいた方が楽だが、それでこっちが殺されては意味がない。男は逃走用に使う種の数を先に計算し、使っても良い種の数を導き出した。


「(とりあえず、能力を先にある程度理解できたのは大きい。蔓も足に魔力を集中させれば回避できる速度だし、逃す前に攻める)」


草薙は足を強化したまま一気に男へと向かっていく。男までは多少距離がある。道中投擲されるであろう種を警戒しつつ攻めるしかない。


「死地に飛び込んでどうすんだ?」


男は懐から種を取り出し、一斉に草薙へ投擲する。だがそれは一度行ったものだ。既に対策していた草薙は即座に種を上空に蹴り上げる。


「(やっぱり、ビンゴだ)」


上空に飛び上がった種はそのまま能力で成長することはなかった。だがこれは男の能力が発動できなかったわけではなく、発動しなかった結果起きたことだ。裏社会とはいつどこに化け物が潜んでいるかわからない。だからこそ、空中でいきなり巨大な蔓が伸びるという異様な光景はより恐ろしい何かを引き寄せる可能性がある。


「テメェ.....動きは素人の癖に感は鋭いな.....」


男が次の策を思考しながら後方へ移動している間も、草薙は魔力を宿した足で距離を詰める。どうやら男は身体的魔力操作を行えないらしい。その結果、速度で言えば草薙が圧倒的に速い。


「(あと少し......)」


投擲は対策されるとわかった男は種を投げることなくその場に落とし、蹴り上げる暇なく蔓を伸ばしていく。だが自身の近くで展開され予測不能な動きで成長する蔓と違い、草薙がつく頃にはある程度の成長を終えている蔓など回避は容易い。


「(チッ、そろそろキチィな)」


男は顔を歪める。動きが素人だと油断していたのもあるが、蔓が通じないなら男に勝つ手段はない。つまり、男にとって草薙は相性最悪だ。


「(まずい、防御に回り始めた。早く決着をつけないと逃げられる!)」


蔓の成長による拘束が不可能だと考えたのだろう。男は蔓を一瞬で成長させ、自身が逃げるまでの時間稼ぎ用の壁として使用し始めた。それを見た草薙は時間がないと考え、壁のように形成された目の前に大量の蔓の塊を真正面から突破することに決めた。


「(思い出せ、レギュの圧倒的な威力を。拳に込めろ.....全ての魔力を!)」


草薙は歯を食いしばり、身体中の全ての魔力を拳に纏わせる。正真正銘、これが今の草薙の全力。


「砕け散れぇえええッ!」


瞬間、拳とは思えない轟音が響き渡る。衝撃波で辺りの建物の窓は震え、目の前の蔓の壁には大きく円形の風穴が開けられていた。


「流石に驚いたぜ。ただ年季が違ぇ.....テメェの負けだ」


だが草薙が蔓の壁に風穴を開けた瞬間、目の前に種が迫って来ていた。男は蔓の壁から少し離れたところで、勝利を確信した笑みを浮かべている。


「ッ!?(それでも!まだ間に合う!)」


草薙は全力で拳に宿していた魔力を足に戻し、先ほど同様上空へ切り上げようとする。だが先ほどと違かったのは、種が投擲中に成長を始めていたということ。結果として、草薙の近くにつく頃には完全に蔓を伸ばし始めた。


「(俺に着弾する時間を計算して成長させたのか!)」


もう回避することすらできなかった草薙は、そのまま種を蹴り付ける。だが既に成長を始めていた蔓は蹴り上げられる前に草薙の足に絡み付き、両足を巻き込んで地面と接着させた。


「お前、素人の割には強かったぜ」


気づけば男は地面を蹴り、その場から動けなくなった草薙を間合いに入れる。そうして手元に持ったナイフを使い、草薙の心臓目掛けて最短最速の突きを放つ。


「.........な」


だが驚愕で目を見開いたのは男の方だった。なぜなら草薙は、自らの掌をわざと貫かせてナイフの軌道を強引に変えたのだから。


「(なんなんだこいつ!?素人の癖に、平然と掌を犠牲にしやがった!)」


男はすぐさまナイフを抜き追撃を放とうとするが、草薙の魔力を宿した掌からナイフを抜くことができない。さらには掌にナイフの根本まで刺さったことで、草薙はナイフを持つ男の手を強引に捕まえることができた。つまり、男もまたその場から逃げることができない。


「捕まえた.....」


互いに間合い内に相手を拘束している。ならば有利なのは当然、身体能力で勝っている草薙の方だ。草薙は即座に残っている左手で拳を握り、魔力を宿して打ち放った。


「ま、待て!」


男は声を振り絞りながらも間に手を入れて防御へ回る。だがその程度で魔力強化された草薙の一撃を受け止めることができるはずもなく、男の顔面に草薙の拳がモロに突き刺さった。


「..........」


男はその一撃で完全に意識を手放し、3,4m地面を転がりながら吹き飛んだ。


「はぁ......はぁ.......」


男が意識を手放したことで蔓は元の種の状態へ戻っていき、草薙はその場で息を整えた。貫かれた右腕が未だズキズキと痛むが、草薙は裏社会の人間に勝つことができたのだ。


「(さて、後はその男を警察に届けるだけだ。それで訓練合格だな)」


レギュの言葉を聞き、ボロボロの体で交番の前まで男を持っていき立ち去る。レギュ曰く今回戦った男は裏社会の中でもチンピラレベルだったらしく、草薙はその事実に恐怖しながらもまだまだ強くなれることを喜んだ。

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