第7話:成り上がり
草薙は学校から帰宅し、部屋のベッドにダイブする。そのまま枕を抱き抱え足をバタバタさせながら達成感に身を震わせる。
「(ついに.....やったんだ。俺はようやく、落ちこぼれじゃなくなったんだ....)」
昔の自分では一切想像できなかった。不可能だと思っていた。落ちこぼれと呼ばれる人生から脱却し、新たな人生を歩み始めることなんて。復讐に成功し、さらには自分の成長を実感した。これほど達成感と幸福感に包まれる出来事はそうないだろう。
「(その反応を見るに.....どうやら成功したみたいだな)」
すると頭の中にレギュの声が響き渡る。どうやら今さっき起きたばっからしい。草薙はその身の興奮が冷めない内に、何が起きたらレギュに事細かく説明した。
「(なるほどな。魔力強化があればそこまで苦戦する相手じゃなかったか......)」
草薙から今日起きた出来事の全貌を聞いたレギュは一度深く考え込み、数秒経った後に口を開いた。
「(草薙、今までは「強くなる」って漠然な目的だったが.....これを機に正確な目標を決めたほうが良いだろう)」
確かにレギュの言う通り、草薙には「強くなりたい」と言う漠然とした欲求はあったが、明確にどこまでかは決まりきっていなかった。レギュより強くなると言うのも一つの目標ではあるが、それでは具体性に欠けてしまう。草薙が今後の目標について悩んでいると、レギュは楽しそうに話し始める。
「(そこで、俺から草薙に提案がある。この特異区間で最高峰の学園である「王制学園」お前はその学園でトップに上り詰めろ。正真正銘No.1だ)」
草薙はレギュの言葉に驚愕する。それもそのはずだ。王制学園はトップクラスの実力者が集まるような学園だ。その中でトップに上り詰めるなど最難関なんてレベルじゃない。
「(別に嫌なら断って良い。草薙の人生は草薙の人生だ、決して俺のものじゃない。ただ俺は、できない人間にこんな話はしない。それだけだ)」
草薙にとって、それはあまりにも温かな言葉だった。きっとレギュは、真剣に自分のことを考えて提案してくれている。何より、自分のことを心から信頼してくれている。だからこそ、この選択を後悔することは未来永劫訪れない。
「俺はずっと落ちこぼれだった。だから、言ってやるんだ。弱者でも、落ちこぼれでも、人生は変えられるんだって.....。正真正銘、王制学園の頂点で」
落ちこぼれと蔑まれ、人生を死んだように生きる青年はもう居ない。今ここに居るのは、自称極悪人と共に頂点を目指す元落ちこぼれ。草薙蓮華だ。
「(最高だ、草薙。目的地は決まった。あとは一直線だ)」
そうして草薙とレギュは進んで行く。頂点に立つと言う、壮大な願望と
決意を胸に。
〜???〜
「ねぇ蓮、幸せだった?」
女性が涙を流して手を握る。自分の体は動かない、どうやらもう.....助からないらしい。
「私はね、幸せだったよ。あなたと一緒に、いられたから.....」
女性が自分の体を抱きしめる。体から体温が無くなっていると言うのに、なぜかとても温かかったのを覚えている。
「ごめんなさい、救ってあげられなくて.....」
その言葉を最後に自分の命の火が消える。心から愛していた。心から泣いて欲しくないと願った。だけど、言えなかった。心の底から幸せだったと、言えなかった.......。
〜次の日〜
王制学園の頂点に立つと決めてから1日後、草薙は朝食を食べ終え制服に袖を通す。王制学園に途中入学することはできない。故に、大学生になるまで今の高校に通ってしっかりと卒業するしかないのだ。ありがたいことに昔から勉強自体は得意だった。後は単位を取得すれば十分に卒業できるだろう。
「行ってきます」
いつもなら裏道を使っているのだが、もう草薙を縛るものは何もない。その日から堂々と通学路を使い学校へ登校する。
「........」
ただまぁ、既に学校内で仲良しグループは作られているのだ。今更そこに入ることはできず何も言わず教室に入り自分の席に座る。
「(陰キャ)」
「(今更仲良しグループに入っていけるわけないだろッ)」
席に座ってからそうそうレギュとそんな言い合いをしていると、クラスメイトの1人が草薙の席の前へとやって来る。
「その、あの時は助けてくれて.....ありがとうございました!」
草薙はいきなりの感謝に困惑するが、よく見ると以前男子生徒に腕を掴まれていた女子だった。今まで身の危険を感じ不登校になっていたそうだが、草薙が男子生徒を倒したと言う話をクラスメールで聞き安心して登校できたそうだ。
「い、いや......その、無事なら良かったよ」
草薙が多少動揺しながら言葉を返した瞬間だった。女子が感謝を伝えたことをきっかけにクラスメイト達が一斉に草薙へ話しかけて来た。なんでそんなに強いのか?や、あの男子生徒をボコボコにしてくれてスカッとした。など人それぞれ内容は違ったが、それも草薙を賞賛するようなものばかりだった。
「え、えっと......」
確かにクラスメイト達はいじめを見て見ぬ振りした人間達だ。だけど、自分から苦しみに飛び込む存在なんてそう居ない。だからこそ、草薙はそれを責めることも恨むこともしなかった。
「はい、ホームルーム始まるぞ〜」
担任の掛け声で生徒達は自分の席へと戻っていく。だが多くのクラスメイトが昼ごはんに誘ってくれたり、放課後遊びに行こうなどの提案をしてくれていた。草薙にとって、それは当たり前のように無くなっていた当たり前。草薙は心の底から学校を楽しんでいた。
「(それで、なんで断ったんだよ)」
そうして時間はあっという間に過ぎて放課後。草薙は放課後に行う遊びの誘いを全て断って帰宅していた。
「そりゃあ鍛錬の時間が減っちゃうし、王制学園に入学するなら今から準備しないと」
そう言って草薙はネットで王制学園の入学方法を検索してレギュに見せる。色々長々と書かれているが、要約するとこうだ。
王制学園に入学するにはもちろん試験を突破する必要がある。試験は筆記試験、実技試験、面接試験の三つが存在し、それぞれの試験で合格点以上を叩き出す必要があるそうだ。筆記試験は偏差値の高い学校と大差無い難易度らしいが、問題は実技試験と面接試験だ。実技では毎年内容が変わるそうで、1年前は無人島で1週間生き残れと言うものだったらしい。そして面接試験では文字通り学園の教師陣達を前に自己アピールを行う。最高峰の学園の教師陣に面接されるという緊張感、加えて素質がないと判断されればその場で不合格を通達されるようだ。
「筆記は俺の成績ならちゃんと勉強すれば大丈夫。問題は実技と面接だけど、実技は対策なんてできないからなるべく実力をつけておくしかないし、面接は何か大きな実績を持っていないとすぐ落とされかねないって感じかな」
流石王制学園と言ったところか、入学すること自体がまず難関だ。一体何人の受験者が王制学園を夢見て散って行ったことか。
「(ちなみに草薙は大きな実績を持ってるのか?)」
「いや、持ってたら落ちこぼれなんて言われてなかったよ」
「(じゃあ今から実績を積む方法は?)」
レギュのその質問で草薙の顔が曇る。どうやら実績を積むにはちょうどいい全校の生徒が集まり実力を競い合う「
「(ならやることは一つしかないな)」
だがそれを聞いてもレギュは一切慌てることがなかった。どうやらレギュには何か策があるらしい。
「(特異区間は警察と王制学園の生徒が犯罪を取り締まってる。ならそこへ、新たな存在を追加するとしよう)」
レギュの言葉を聞いた草薙はその真意に気づき、驚いたようにレギュへ問いただす。
「レギュ、まさか俺に個人で動く警察になれって?」
「(実績がないなら作れば良い。悪人達を全員捕まえて警察に引き渡す。ただし、正体がバレないようにな)」
「なるほどね。正体隠して悪人捕まえて、面接試験で正体を明かす。そうすればインパクトも拡大した噂も利用できる.....そう言うことだよね?」
「(その通りだ。噂ってのは勝手に拡大解釈されやすい。上手くいけば草薙が捕まえた奴じゃなくても、草薙が捕まえたってことになるぞ)」
草薙は感心していた。きっとレギュが居なければこんな策は思いつかなかっただろうし、正体を隠すなんて思考にも至らなかっただろう。レギュは素の戦闘能力だけじゃなく、頭もかなり切れるようだ。
「なら早速取り掛からないとね。試験開始までの時間はかなり限られてるし」
草薙はすぐにネットで指名手配中の犯罪者を検索する。だが犯罪者ともなれば居場所を特定するのは難しい。どうしたものかと考えていると、レギュがとある質問を切り出す。
「(そう言えば草薙、バイトはやめたって言ってたが金に余裕はあるのか?)」
そう、草薙は訓練を始めた頃に全てのバイトをやめていた。理由は至って単純に、訓練に使う時間を少しでも多く確保したかったからだ。幸い金には余裕があった。母さんの今後のために貯金していた数百万が、全て自分のために使えるようになったのだから.......。
「まだ全然余裕はあるよ、200万ぐらい」
それを聞いたレギュはほんの少し思考した後、「100万だけ使うぞ」とだけ言って草薙の体の主導権を強引に奪い取った。
「時間があれば草薙にやらせたかったが仕方ない。土台は俺が作ってやるか」
レギュはそう言って100万円分の札束を袋に入れて家を出ていった。向かった先はまさかの又理病院だ。そのまま病院内に入ったレギュだったが、受付に向かうことなくその場で立ち尽くす。
「(久しぶりだが......あいつなら気づくだろ)」
そうして一度目を瞑って深呼吸をしたレギュは、一気に体内の魔力を放出させる。体自体は草薙のものだ。故に魔力量も特段多いわけではない。だがレギュはその魔力に殺気と禍々しさを宿らせる技術を持っている。
「お客様、病院内であまり暴れないでくださいね?」
魔力を放ってから数秒後、レギュの背後から聞き覚えのある声が響き渡る。間違いない、この病院の医院長。又理蓮だ。レギュは又理蓮から放たれる圧倒的な殺気にも怯むことなく、そのまま余裕のある笑みを浮かべたまま本人に向き直る。
「君は......草薙蓮華君」
顔を見た医院長は驚いたような声を上げるが、レギュはすぐさまその言葉を否定する。
「おい又理、もう耄碌しちまったか?言っておくが俺は草薙蓮華じゃねぇぞ?」
その言葉を聞いた瞬間医院長の顔が険しくなる。そうして数秒後、合点が行ったように目を丸くして驚く。又理蓮にとって、それは想定外の事実だった。
「.......本当に、お前なのか?」
信じられないといった様子で医院長が聞き返し、レギュはそれに真正面から答える。
「久しぶりだな。天理と仲良くやってるか?」
それを聞いた瞬間に医院長は涙を流しそうになるが、流石に人目のあるところで長時間も話せないと考えたのかレギュを奥の医院長室へと案内していく。
「それで、なんで俺を訪ねて来たんだ?何か手伝って欲しいことでもあるのか?」
医院長は部屋の中に置いてある紅茶を淹れ、レギュの前に差し出して話を進める。医院長の問いに対しレギュは全てを話した。今の自分の状態と、これから何をしようとしているのかを......。
「と言うわけだ。だから又理には指名手配されてる犯罪者がどこにいるかを調べて欲しい。金なら100万円ある。これで調べられる範囲で良いんだ。頼めるか?」
レギュの話を聞き終えた医院長は頷き、その頼みを承諾した。
「任せてくれ。返しきれてなかった借りを今返せる」
又理の返答を聞いたレギュは満足気に笑い、あまり時間を取らせるのも悪いと思い別れの挨拶を済ませて部屋を出ようとする。だがそんなレギュへ向かって、最後に医院長は言葉を紡ぐ。
「ちなみに、もう苗字は天理じゃない。間違えないでくれ」
医院長はレギュに指輪を見せながらイタズラっぽく笑う。
「ハッ、平和ボケしてんねぇ......」
それを聞いたレギュは口角を上げながら笑い、又理の医院長室を後にした。その後に家へと戻ったレギュは草薙へ体の主導権を返し、未来を見据えて思考を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます